牧野知弘

月島・佃のタワマンはなぜ、豊洲・晴海のタワマンより格上なのか…人工的な街の限界と高騰する庶民の街

 

月島は工業用地として開発された、戦前の下町情緒が残る街

 私事で恐縮ですが、私は東京の中央区明石町で育ちました。1964年の夏、まだ4歳だった私は、母に連れられ、隅田川の対岸にある月島まで渡し船に乗ったことがあります。初めて船に乗る体験でした。「もう渡し船はなくなっちゃうの。だから乗っておかなきゃね」と私に言った母の姿を今でも鮮明に覚えています。

 船は東京都が運航していて、渡し船には現在でも使われている都の紋章(太陽を中心に6本の光が放たれている紋章)が印されていました。船は、築地や東銀座方面で行商をしてきた商売人や月島で働く屈強な工場労働者などでごったがえし、大きな自転車がそのまま船に乗り込んできます。その圧倒的なパワーと喧騒に、私は母のスカートの裾を掴んで船の隅の方で小さくなっていました。特に月島に用事があるわけではなかったようで、母は幼い私に渡し船の記憶を刻んでおこうとしたのでしょう。

 私が乗った「佃の渡し」は明石町と月島を結ぶ隅田川の渡し船でしたが、1964年の佃大橋の完成と同時に姿を消しました。

 月島の歴史は長くはありません。月島は隅田川の河口、佃島と石川島の間にあった砂州でした。砂州は大型船の航行には邪魔となるので溜まった砂や小石を除き、2つの島の拡張工事として埋め立てによって造られました。小石や砂で築く島、つまり築島がなまって月島になったとされます。当時の埋め立て計画では1号地から4号地までがありましたが、現在の月島はそのうちの1号地に該当します。ちなみに2号地が現在の勝どきで、3、4号地が晴海。いずれも、いまや湾岸タワマンエリアの代表格のエリアです。当時、月島は工業用地として活用され、多くの中小工場や倉庫が立ち並び、そこで働く労働者が住むための木造の長屋が設けられました。長屋の軒が並ぶ間に路地が形成され、子供たちの遊び場はもっぱらこの路地になりました。

 太平洋戦争での空襲を免れた月島の街は戦後もこうした街並みが残され、下町の風情を至る所に感じることができます。

値上がりし続ける月島・佃のタワマン。豊洲との差は「歴史」

 そんな佃の街が激変したのが、三井不動産が中心となって開発した「大川端リバーシティ21」です。1979年、三井不動産と日本住宅公団(現都市再生機構)が9万2000平方メートルに及ぶ石川島播磨重工業の土地を買い付け、東京都や都の住宅供給公社と共同で開発した、都市部における新たなニュータウンです。街路整備などでは、当時のニューヨークのバッテリーパークやロンドンのドッグランズなどの開発事例を参考にしたともいわれ、1989年に入居が始まりました。

 

 

 

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×××不動産評論家「晴海フラッグはおすすめしません」…転売で億万長者続出!「イマイチ感」がある物件に明るい未来はあるのか

 東京都内のタワマンの中でも、特に注目を浴びているのが、タワマン・晴海フラッグ(HARUMI FLAG)だ。軒並み値上がりしている他のタワマンに比べて、比較的コスパが良いという評判から、実需と投資需要の両方から買いが殺到している。  とはいえ、今から晴海フラッグを買うのはどうなのだろうか。東大卒不動産評論家の牧野知弘氏は、「築地育ちの私からしたら、晴海フラッグはおすすめできません」というーー。

タワマン・晴海フラッグが大人気…販売における最高倍率はなんと266倍

 東京五輪選手村跡地に建設されている分譲・賃貸マンション「晴海フラッグ」が大人気です。  晴海フラッグは、五輪選手村跡地に分譲19棟4145戸、賃貸4棟1487戸のほか商業施設や介護住宅、保育施設などを併設した巨大マンション群を開発するプロジェクト。五輪レガシーはもちろん、希少な都心立地にもかかわらず販売価格が周辺時価の2割から3割安いことがあいまって、最高で266倍もの高倍率の住戸が出現するなど大変な人気物件となっています。

晴海フラッグにはちょっと「イマイチ」感がある

 すでに販売が終了し、物件引き渡しが終了した板状棟に加えて昨年より、新築されるタワー棟2棟1455戸(25年10月引渡予定)の分譲も開始されていて、今年5月中旬開始予定の第2期(最終期)をもってすべての販売が終了します。最後の募集を前に、大人気の晴海フラッグ、乗り遅れてはなるまいと、抽選に手ぐすね引いている人もいると聞きます。  晴海フラッグは東京中央区晴海という、中央区アドレスがまず注目されますが、最寄り駅は都営大江戸線「勝どき」駅です。駅から物件までは徒歩で約20分。決して駅近ではありません。都営大江戸線は地下深く走るので、駅出入口からホームまでは遠く、階段も狭く、乗降客は増えるいっぽうなので、時間距離を長く感じます。もちろん晴海フラッグの敷地も広大なため、敷地内の徒歩、エレベーターの待ち時間などを含めると家から駅ホームにたどり着くのに最低30分はかかるとみてよいです。もちろん電車待ち時間を含みません。  価格は安いものの実際に住むとなった場合にちょっと「イマイチ」感があります。

 

なぜ「イマイチ感」があるにもかかわらず大人気だったのか

 晴海フラッグがこれだけの人気を誇ったことには訳があります。  実はこの物件は販売開始時から購入申し込みにあたってなんの制限もかからないという異例の物件募集だったのです。異例というのは、自治体などの公共用地、あるいは都市機構(UR)などが絡む不動産物件では、マンションなどの分譲にあたっては、投機的な動きを防ぐ意味で、購入する住戸について「一定期間での転売の禁止」や「業者などの法人による購入の禁止」「業者を介在させたサブリース(転貸)の禁止」などを謳うのが一般的であるのにもかかわらず何らの規制も課せられなかったのです。  結果は案の定、業者による転売を狙ったまとめ買いや個人でも投資用としての取得を目指す動きが激しくなり、自分たちの住まいとして購入しようとする一般個人を押しのける形となってしまいました。

一般サラリーマンの間でも「晴海フラッグ買って一儲け」が合言葉に

 晴海フラッグの販売期間中、私が仕事の打ち合わせに向かうため都内JR駅前で信号待ちをしていた時のことです。昼食を終えたであろう30歳代くらいのサラリーマン2人の会話が忘れられません。 先輩「おう、おまえ、晴海フラッグ申し込んだか?」 後輩「えっ、いやまだ家買おうと思っていないし」 先輩「ばか、あそこ申し込むと儲かるらしいんだよ、知らねえのかよ」 後輩「え、そうなんすか?先輩申し込んだんですか?」 先輩「あたりまえだろ。買って即転売すれば、何千万も儲かるんだよ」 後輩「でも、どうやって?」 先輩「住宅ローンで買うのさ。奥さんとペアローン使えば銀行は貸してくれるぞ」 後輩「でも、うちは晴海に住むつもりもないし、ローンの返済が」 先輩「ばか、だから即転売すんだよ。そこで金つくって、違うとこ買えばいいだろが」  すごいですよね。一般のサラリーマンの間にも「晴海フラッグ買って一儲け」が合言葉になっていたなんて。

分譲価格8110万円の物件が、すでに希望価格・1億5000万円で販売に出されている

 どんな一攫千金になっているのか板状棟の分譲価格でみてみましょう。棟の位置や住戸の階数、方角によって価格は異なりますが、販売資料によるとたとえばある棟の3階、3LDK 90.67㎡(27.43坪)の住戸は分譲価格が8110万円でした。坪あたり換算で295万7千円。おおむね坪300万円前後での販売だったことがわかります。  この物件は3月末に引き渡しが終了していますが、現在中古不動産を取り扱うネット上で、売却希望で掲載されている住戸はサイトによって異なりますが、ある業者サイトではすでに10数戸が常時掲載されています。サラリーマン先輩が言った「引き渡し即転売」の思惑によるものが早くも出現していることがわかります。  階数は異なりますが同じ棟、同じ面積の4階と思われる住戸の売り希望が掲載されていて、希望価格はなんと1億5000万円! 坪546万9千円。3階の購入価格の1.85倍、7000万円近くの売却益を目論んでいることがわかります。  ちなみにこのサイトに掲載されている晴海フラッグの中古売り出し価格は平均しておおむね坪当たり550万円前後です。いかにみんなが一攫千金を狙って買っているかがわかりますよね。

 

 

晴海フラッグの売却希望価格はマーケットに見合っているのか

 ではこの売却希望価格は現在のマーケットに見合っているのでしょうか。晴海フラッグの位置するエリアは業界でいう「晴海・勝どきエリア」に該当しますが、相場観は坪あたり550万円から650万円です。湾岸エリアにマンションを欲しい人を狙って、エリア内では交通便などで劣る晴海フラッグはマーケット相場の低めで出しておけば売れると判断しているように思われます。  少し欲張ってもっと上値を狙おうという人たちもいます。ネット上の賃貸仲介サイトを覗くと、晴海フラッグ物件が百花繚乱状態です。しばらく賃貸で運用し、しかるべきタイミングで今よりも高値で売り抜けようというものです。  あるサイトによれば掲載物件数はなんと116件。月額賃料は30万円台を中心に高層階や海を臨む部屋になると40万円から60万円台。これを坪当たりに換算すると1万5000円から1万6000円、高い物件では2万円か2万5000円となります。投資利回りで換算すれば、坪300万円で買って月額坪1万5000円で運用するわけですから、表面利回りで6%です。住宅ローン金利は0%台だから6%の賃料を得られれば当面は困りません。ローン返済も楽々ですね。悪くない運用です。借りる人がいればの話ですが。ちなみに住宅ローンで購入した物件を賃貸で運用するのはご法度ですが、勝手に運用しているケースが後を絶ちません。

なぜ晴海フラッグは投機商品になってしまったのか…元々デベロッパーは引き受けたくない案件だった可能性

 こんな投資ゲーム状態になってしまった晴海フラッグ、どうしてこのような事態になってしまったのでしょうか。  まだ東京五輪開催が決定して間もないころ、私はある東京都の関係者から相談を受けました。 「牧野さん、選手村の跡地利用としてデベロッパーに卸して、マンションとして売却してもらおうと考えているのだが、どの大手も及び腰で引き受けてくれない。なぜなのか」  これに対し私は 「そうだと思います。今首都圏1都3県で新築マンションは年間3万戸程度の供給にすぎません。そこに1か所で4000戸もの販売をするのはしんどいです。私がデベの社長だったら逡巡しますよ」  と答えました。  このことを映し出すかのようにデベロッパーはリスクを分散して11社もの連合を組んでこの事業を受けました。都は都内の不動産開発で大きな許認可権限を持っているので、デベロッパー側もおいそれと断るわけにはいかないのです。そこで呉越同舟でリスクを分散させて何とか事業を受け、その代わり、土地はかなりの安値で、しかも通常であれば設定される転売禁止や法人買いの制限、サブリース禁止などの制約条項などを付さずに事業を受けたものと推測されます。

 

 

批判があって、一応「やってる感」演出のために販売戸数に制約をつけた

 ところが計画中、アベノミクスによる大規模金融緩和で不動産価格は高騰。これに引きずられた不動産投資需要が大いに盛り上がった結果、業者だけでない「猫も杓子も晴海フラッグに申し込もう」のブームを招聘したものと考えられます。  昨年から始まったタワー棟の販売から、申込にあたっては1者2戸までの制約が付けられていますが、これはこうした指摘、批判に対する「やってる感」の演出にすぎません。だって法人なんていくらでもペーパーカンパニーを作れるし、個人でも夫婦や友達、親戚を使って申し込むことだってできるからです。

晴海フラッグ住民に明るい未来はあるのか

 さて興味深いのは晴海フラッグの今後です。たしかに坪300万円で都内他エリアではなかなか手に入らない広さの住宅を確保してずっと住み続けるのならば、悪くない選択かもしれません。  ですがさすがに坪550万円です。30坪(100㎡)で1億5000万円の中古住宅が続々サイトにでてくるとなると、これに食らいつく需要がどれほど見込めるのかは疑問です。  また「投資家が買えばよい?」と思っても無理筋ですね。坪300万円であれば、利回り6%ですが、550万円であれば利回りは3.27%に落ち込みます。管理費や修繕積立金負担を考えれば利回りはさらに下がります。  借手側からみても月額30万円から40万円も出せるなら都内の四谷や小石川あたりで十分借りることができます。交通利便性で劣るこの物件を賃貸で利用しようとする借手はせいぜいバス直行で行ける新橋、虎の門付近の勤め人に限られるでしょう。  晴海フラッグでは賃貸棟が事業者により供給されていますが、価格付けは坪あたり1万円から1万3000円程度、月額10万円台から20万円台が主流であり、まずはこちらを検討するのが筋というものです。

東大卒不動産評論家「築地育ちの私としては、晴海フラッグはおすすめしない」

 住み心地はいかがでしょうか?私は東京中央区の築地明石町で育ちました。晴海あたりの土地には詳しいですが、はっきりいってオススメはしにくいですね。海に近くて潮風はきついです。徒歩20分は季節のよいときはまだしも、台風、ゲリラ豪雨、蒸し暑い夏、しんしんと冷える冬、いやですよね。  投資で一儲けは面白いかもしれませんが、住んで面白いかは疑問です。ましてや坪550万円の「新古」物件を掴むのは「おやめなさい」が結論です。

牧野知弘