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人口8000の町で起きた「公益通報」の不可解 不正をただすつもりが…「懲戒処分はあまりに不当」

国見町役場庁舎

 

「公益通報」したら、重い処分を受けてしまった――。福島県の最北端、人口約8200人の国見町で、町の事業に不審を抱いた職員が、関係資料を町監査委員事務局に提供し告発した。事業をめぐって町議会が調査に乗り出すなど町は大きく揺れ動くが、その渦中、職員に鉄槌が下された。公益通報であるなら法律で守られるはずでは?

 

 処分の是非をめぐる問題を報告する。

 

  【写真】国見町が公表したAさんの懲戒処分書はこちら 

 

 職員は課長職にあった50代のAさん。Aさんの処分は今年3月1日付で、減給1/10(6カ月)、そして降格ならぬ「降任」処分も加わり、現在は管理職から退いている。 

 

 処分の内容はこうだ。

(1)町の事業に関係する職務外の文書(電子データ)を取得し、町監査委員事務局に送付した

 

(2)取得した職務外の文書で個人的な取りまとめ文書を作成、このなかに、企業版ふるさと納税に匿名条件で寄付した企業名が含まれていた

 

(3)本人の所管外である町議会一般質問に際して、町側の答弁案を事前に質問予定の議員に情報提供した――など。

 

いずれも職務上の権限を逸脱して取得しており、町情報セキュリティ対策要綱及び町職員服務規程に違反している、という。

 

 ■不自然な事業内容に監査委員も疑問視 

 

「全体の奉仕者として、公共の利益のために通報しました。公務員として当然の責務を果たしたまでで、懲戒処分はあまりに不当です」 

 

 AさんはAERA dot.の取材に応じ、その経緯を語った。 

 

 Aさんが不審に思ったのは、企業版ふるさと納税を使った4億円規模の高規格救急車事業である。企業からの寄付金を原資に、民間企業とともに高規格の救急車(12台)を開発、製造し、これを近隣の自治体等にリースする。防災に強い町をアピールし、新産業として育てるという計画だった。

Aさんは救急車事業そのものに違和感を抱き、また、事業の公募に町の事業と関係の深い1社だけが応募、落札したことなどから、官製談合防止法や独占禁止法に抵触する疑いを持ったという。地元紙の河北新報がこの問題を取り上げたため、記事の内容を確かめる目的もあった。

 

 

 

 危惧は的中した町監査委員は昨年9月に公表した決算審査の意見書で、事業の計画書がない▽救急車の仕様書の作成に受託企業が関与したことが推察され公平性に欠けるのではないか――などと指摘した。町議会も事業の背景に何らかの不正があったのではないかとみて、地方公自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委員会)を設置し、調査に乗り出している。

 

Aさんの処分はまさにこの渦中で起きた。

 

 ■ 公益通報に該当なら処分は問題 

 

 監査委員事務局への情報提供が正当な行為と言えるかどうか。そこが大きなポイントになりそうだ。Aさんは「紛れもない公益通報だ」と主張する。公益通報とは、公益通報者保護法で規定する内部通報のことで、目的は公益に資すること

労働者が自分の働く職場の不正を勤務先の窓口や、監督官庁、マスコミなどに通報することを指す。通報者は保護の対象となり、勤め先は懲戒処分など、通報者に不利益な取り扱いをしてはならない。

 

  Aさんの情報提供後、監査委員はこの事業に問題ありとした。この流れをみれば、Aさんの情報提供は典型的な公益通報であるように映る。なぜ町はAさんを懲戒処分にしたのか。町側の言い分はこうだ。

 

 ■「権限外の情報を勝手に取得」と町側 

・処分は、企業版ふるさと納税を利用した事業のみでなく、町のさまざまな事業について職務上の権限を逸脱して文書の収集を行っていたという事実による ・公益通報の準備行為として職務を逸脱した情報収集が認められれば、職員としての守秘義務や情報セキュリティー対策の順守などは意味をなさなくなる 

・当該職員が指摘する事案について、具体的に法律のどの部分に触れるのかの明示がなく、ただ単に個人的な思慮のもとに内部通報することは公益通報者保護法の適用外となる 

・職員には3回にわたって事情聴取したが、「内部通報」や「公益通報」という発言はなかった。新たに弁明の機会を与えたところ、突如として一連の行動の理由が内部通報、公益通報へと切り替わった

 

 公益通報には当たらないため、懲戒処分は妥当だという。

 

果たしてそうか。

公益通報制度に詳しい中村雅人弁護士に聞いた。 

 

■「違法性は阻却される」と弁護士 

――Aさんの行為に違法性はあるか。 

 

 現象面だけをみれば、地方公務員法に違反している可能性はあるように思う。しかし、その行為が公益に資する目的で行われていれば、違法性は阻却されるつまり免責されると考える

 

 ――Aさんは今回の通報以外にも町のさまざまな情報を取得している。

 

  余計な情報をたくさん取っていたことが問題になった判例がある。しかし、公益通報が目的であれば、取得した情報の範囲は問題ない。ピンポイントに情報を取得するのは困難であり、許される情報収集は広く捉えるべきだ。

 

 ――どの法律に抵触しているか、通報者側は明確に自覚する必要があるか。

 

  法律家でもない通報者本人の自覚は関係ない。不正があると認識するだけで足りる。プラスになる通報をしてくれたら保護する、というのが本来の法の趣旨だ。 ――百条委などの結論が出る前に懲戒処分が行われた。  事業に問題ありとする結論が出れば、通報者の業績と捉える見方も出てくる。町民のためにいいことをした人を早々に罰することは、公益通報とは別の観点でも問題があると考える。  町議会の百条委員会は関係者の尋問などを既に終えており、報告書のまとめ作業に入る。来月にも報告する予定だという。 (AERA dot.編集委員・夏原一郎)