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5/19(日) 15:17プレジデントオンライン

 

泥酔して住居侵入した検事は"ミスター検察"になった…問題を起こしても出世できる"検察庁のいびつな慣習"

 

 

最高検察庁、東京高等検察庁、東京地方検察庁、東京区検察庁などが入る中央合同庁舎第6号館(=2024年5月5日、東京都千代田区霞が関) - 写真=時事通信フォト

 

犯罪を取り締まる検察官や警察官は、どんな人物なのか。関西学院大学名誉教授の鮎川潤さんは「ロッキード事件で田中角栄元首相を有罪へと導き、のちに検事総長となった伊藤栄樹氏は、泥酔して他人の庭に侵入する不祥事を二度も起こしている。検察が身内に甘さを見せるべきではない」という――。

 

  【画像】第64代内閣総理大臣 田中角栄

 

 ※本稿は、鮎川潤『腐敗する「法の番人」 警察、検察、法務省、裁判所の正義を問う』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。 ■大きな権限を持っている検察官  犯罪者の処罰で、実質的に最も大きな権限を持っているのは、じつは検察官である。検察庁は、複数の地方検察庁に設けられている特別捜査部(特捜部)を除いて、直接捜査には携わらないが、犯罪の被疑者を裁判所に起訴する権限を持っている。  警察から送られてきた事件に関して、被疑者を起訴して処罰するかどうかを決定する。犯罪の嫌疑が十分に証明された証拠がないと考えれば不起訴にするし、処罰するに値しないと考えれば起訴猶予にする。警察の取り調べた内容と証拠を再確認し、起訴に値すると考えられる事件については調書を取り直して、裁判所に起訴する。  日本では警察は起訴する権限を持っていない。起訴する権限を検察庁が独占的に持っていることを「起訴独占主義」と呼ぶ。警察から検察庁へ送致された事件のうち、起訴され通常の裁判が行われるのは約一割にすぎない。起訴には違いないが、事実関係について争いがなく罰金を支払って終了する略式起訴と合わせても、起訴されるのは約三割である。  不起訴と起訴猶予は合わせて6割を超える(2021年)。このように、起訴するかしないかを決定する権限は検察官が持っている。これを「起訴便宜主義」と言う。起訴して裁判になれば、検察は最終段階で求刑を行う。これが判決の量刑のガイドラインとなる。検察官は求刑することによって、実質的に裁判官が下す判決を決めていると言っても過言ではない。

 

■検察官は「バランスの取れた判決」を望んでいる  最近では、「求刑」を「意見」と呼び替えているが、呼び名を変えてもこのことは変わらない。過去の求刑のデータの蓄積に基づいて作成された基準で求刑を行うのである。  検察官は単に重罰を求めているわけではない。求刑を超えた刑罰を科されることは好まない。じつは、裁判官や裁判員に勝手に刑期を加重されるのは迷惑と考えている。量刑の基準から逸脱することになるからだ。また、公判担当の検察官にとって、求刑が妥当であったかという責任問題を発生させることにもなるからだ。  裁判官は求刑の8割程度の刑期を言い渡すことが相場となっており、こうした点からも刑事裁判を実質的に掌握しているのは検察官だと言ってもいいだろう。検察官は法廷で被告人の責任を厳しく問う役割を果たしているが、検察官が罪を犯さないわけではない。殺人や強盗を除いて、非常に多様な種類の「犯罪」を行っているのだ。 ■酔っぱらって住居に侵入した新米検事  以下の引用文に示されているような犯罪を二度まで行った検察官は、その後どうなったのだろうか。引用文の次に示す八つの選択肢から選んでみよう。 ---------- 60年の晩秋、大阪・北浜の弁護士事務所で、厳格だが面倒見がよいとされるB弁護士がこう言った。「I君には駆け出しのころの思い出がある。東京地検の宿直室に泊まっていると、夜遅く警察電話が鳴った。若い事務官の応対を聞いていると“I? そんな検事はいませんよ”と言う。“ちょっと待て”と制して名簿を繰ると、末席にいるんだな。あわてて用件を聞き直すと、相手は“住民から、生け垣をかきわけて庭へ侵入した者がいる、と急報があった。 酔漢を保護し本署へ同行したら、検事だと言うので照会に及んだ”と答える。みなまで言わせず、私は“わかった。すぐ伺う”と、車で渋谷署へ急行、その場をおさめ、彼と一緒に地検へ引き揚げた。何か勘違いがあり、記憶もハッキリしないようだった。 その晩は宿直室に泊めたが、馬場義続次席検事は規律に厳格で、I君は新人だ。成り行きでは、気の毒なことになりかねない。そこで『あすは朝早く出て、馬場さんの出勤を事務局で待ち受け、今夜の事実を報告して素直に詫びるのだ。間違っても、言い訳をするな』と“作戦”を授けた。 翌朝は早く起こして朝食をとらせ、激励して送り出した。彼は上手に謝ったのだろう。いらい、馬場さんのお気に入りになった。だが、彼はそれで懲りず、そのあとで、もう一度Sさん(後に検事長)のご厄介になったそうだ。(後略)」(澤田東洋男『検察を斬る』図書出版社、1988年、218~219頁)*なお、当事者の固有名詞をイニシャルへ変更した。 ----------

 
 
■その後、厳しい処分も受けず検事総長になった ---------- 〔選択肢〕 a 二回目に同様の犯罪を行った際に、懲戒免職になった。 b 二回目に同様の犯罪を行った際に休職処分となり、辞職願を提出した。そのため退職 金を得て退職した。 c 三回目に同様の犯罪を行った際に、懲戒免職になった。 d 検察官として出世はせず、地方検察庁の長である検事正などの役職には就かないで定 年を迎えた。 e 地方検察庁の検事正となって定年退職した。 f 地方検察庁の検事正をしていたときに、飲酒の上、今度は他人の民家の屋内に入り込 み、懲戒免職となった。 g 高等検察庁の検事長になって退職した。 h 検事総長になった。 ----------  このように飲酒して、他人の家の庭に勝手に入り込むような酒癖の悪い検察官は辞めさせたほうがいい。きちんと起訴して刑事罰を与えるべきだ。その後もまた同じことをしたというのだから、初回のときに厳しく処分しておくべきだった……。多くの読者は、このように考えているのではないだろうか。  しかし、もしこの検察官をそのように処分していたら、ロッキード事件の田中角栄元首相に対する有罪判決はなかったかもしれない。正解は“h”である。 ■田中角栄を有罪に導いた「ミスター検察」でもあった  この検察官は、じつは、のちに検事総長となる伊藤栄樹である。伊藤栄樹は、田中角栄元首相を有罪へと導いた検察庁の裁判時の刑事局長であり、中心的な役割を担った検察官である。  有罪の一審判決を受けた際の最高検察庁の次長検事であり、控訴審では検察庁の最高位の検事総長となっていた。彼が、その能力を見込まれて東京地検特捜部を経験し、その後、検事総長まで昇りつめる人材でなかったならば、ロッキード事件の公判を維持することはできなかったであろう。仮に、この侵入事件で処分されていたならば、日本の歴史が変わった可能性は十分にある。  田中角栄に立場が近かった秦野章法務大臣は、伊藤栄樹が検事総長になることを阻止しようと策を尽くしたが果たせなかったという逸話もある。伊藤栄樹は「ミスター検察」とまで言われ、検事総長就任時には「巨悪は眠らせるな」――「巨悪は眠らせない」として知られている――という名言を残した。しかし「巨悪」を逃してしまうことはなかったろうか。「巨悪」だと思って追及したものが、じつは、結果として「小悪」だったということはないだろうか……。
 

■ロッキード事件はなぜ起きたのか  首相級は巨悪だという答えが返ってくるだろう。さらに金権選挙批判、金権選挙を退治するという名分も返ってきただろう。だが当初から、この事件に関して、ロッキード社による売り込みは、田中角栄が関与したとされる民間航空機であるトライスターではなく、自衛隊のPXL(次期対潜哨戒機)をめぐるP-3C対潜哨戒機の売り込みのほうがメインではないかと指摘されていた。  元共同通信社ワシントン支局長の春名幹男が、アメリカ合衆国の国立公文書館等で解禁された文書を調査した。当時のキッシンジャー国務長官がニクソン大統領へ、田中首相を信頼できない人物であるとして告げ、排斥しようとしていたことが明らかになった。ニクソン大統領も、一国の首相である田中角栄に対して侮蔑的で失礼な発話をしている。  とりわけ田中角栄がアメリカ合衆国に先んじて日中国交正常化を成立させたことがキッシンジャー国務長官の逆鱗(げきりん)に触れたとのことである(春名幹男『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』KADOKAWA、2020年)。  そもそもロッキード事件に児玉誉士夫がフィクサー(黒幕)として関与していたのであれば、児玉誉士夫は田中角栄ではなく岸信介元首相と――「刎頸(ふんけい)の友」と言えるほどかどうかは別として――非常に懇意であり、1960年安保のときには、岸の要請を受けて右翼や今で言う暴力団を組織して日米安全保障条約の継続に反対するデモ隊へ対抗しようとしたほどの関係である。 ■「巨悪は眠らせない」にふさわしい功績と言えるのか  国防に関しても共通の認識を持っており、防衛予算にも明るい。先に簡潔に触れたが、伊藤栄樹は、ロッキード事件に関して田中角栄元首相の逮捕・起訴にあたり、裁判の開始後には法務省刑事局長の要職にあり、捜査の進展と裁判で有罪の立証に寄与した。  田中角栄が東京地方裁判所で懲役四年の実刑の有罪判決を受けた際には、最高検察庁の次長検事であった。さらに東京高等裁判所で公訴棄却の判決が下りた際には検事総長であった。一貫してロッキード事件とともに検察官の経歴を重ね、トップまで昇りつめた。確かに、いわゆる金権選挙を行ったとされる政権党の最大派閥の領袖(りょうしゅう)である元首相に対して、有罪の実刑判決へ導いたという意味では、この言葉は妥当なのかもしれない。  しかし、春名が指摘するように、より大きな「巨悪」を逃して眠らせるとともに、日本の独自外交を頓挫(とんざ)させ、他国に追従し、その支配に甘んじるという結果をもたらしたというように見ることもできるだろう。

■盗聴犯の捜査員を追いつめられなかった検察  また、伊藤栄樹が検事総長だったときに、特捜部の検事たちが、政治家に対する捜査をストップされたことを不満とし、抗議の辞職を行ったこともあった。伊藤栄樹は、検事総長の退官後に新聞に連載し、その後に出版された本のなかで、「おとぎ話」を述べている。非常に意味深長で、興味深い内容であろう。 ---------- その国の警察は、清潔かつ能率的であるが、指導者が若いせいか、大義のためには小事にこだわらぬといった空気がある。そんなことから、警察の一部門で、治安維持の完全を期するために、法律に触れる手段を継続的にとってきたが、ある日、これが検察に見付かり、検察は捜査を開始した。やがて、警察の末端実行部隊が判明した。ここで、この国の検察トップは考えた。末端部隊による実行の裏には、警察のトップ以下の指示ないし許可があるものと思われる。末端の者だけを処罰したのでは、正義に反する。さりとて、これから指揮系統を次第に遡って、次々と検挙してトップにまで至ろうとすれば、問題の部門だけでなく、警察全体が抵抗するだろう。その場合、検察は、警察に勝てるか。どうも必ず勝てるとはいえなさそうだ。勝てたとしても、双方に大きなしこりが残り、治安維持上困った事態になるおそれがある。 それでは、警察のトップに説いてみよう。目的のいかんを問わず、警察活動に違法な手段をとることは、すべきでないと思わないか。どうしてもそういう手段をとる必要があるのなら、それを可能にする法律をつくったらよかろう、と。 結局、この国では、警察が、違法な手段は今後一切とらないことを誓い、その保障手段も示したところから、事件は、一人の起訴者も出さないで終わってしまった。検察のトップは、これが国民のためにベストな別れであったといっていたそうである。こういうおとぎ話。(伊藤栄樹『秋霜烈日 検事総長の回想』朝日新聞社、1988年、165~166頁) ----------  これは、伊藤栄樹が検事総長をしているときに発生した、ある政党の国際局長自宅の電話を警察が盗聴していたという事件である。 ■民事裁判では事実認定されたが…  検察庁が盗聴の実行犯を訴追しないため、被害にあった国際局長が損害賠償の民事訴訟を行ったところ、その事実が認定されて、国及び県は数百万円の損害賠償を支払うという命令がなされた。  それを受けて、国際局長が実行犯とされる者を電気通信事業法違反、有線電気通信法違反、偽計業務妨害罪及び公務員職権濫用罪で検察庁に告訴した。しかし検察庁は、実行犯を特定して取り調べを行った結果、電気通信事業法違反については起訴猶予、有線電気通信法違反については嫌疑不十分、偽計業務妨害罪及び公務員職権濫用罪については嫌疑なしとし、不起訴処分とした。

 
■「警察も反省している、同じことは起きない」と答弁した総理大臣  その理由について、他の政党の国会議員が衆議院に提出した質問主意書に対する回答書――回答者名は当時の総理大臣となる――において、以下のように説明している。 ---------- これらのうち、電気通信事業法違反については、同検察庁検察官は、被疑者両名による通信の秘密侵害の未遂の事実を認めたが、被疑者両名は個人的利欲に基づいて本件を犯したものではないこと、被疑者両名が本件の首謀者ないし責任者的立場にあるとは認め難いこと、警察において、本件につき深く遺憾の意を表するとともに、かかる事態の再発防止に努めることを誓約するなどしており、今後本件のような事犯が発生しないことを期待し得ること等の諸事情を総合勘案して、起訴を猶予するのが相当と判断したものである。また、有線電気通信法違反については、被疑者両名が電話線を切断するなどして通信を妨害したと認めるには至らなかったことから、犯罪の嫌疑が不十分であり、偽計業務妨害罪については、被疑者両名の行為がO氏による電話の通話及びこれを利用してなされる業務を妨害するようなものであったとは認められないことから、犯罪の嫌疑がなく、公務員職権濫用罪については、被疑者両名の盗聴行為は、警察官によるものであることを他人に察知されないようになされたものであって、公務員の職権行使の外観を装って行われたものではない上、通信を妨害しようとしてなされたものでもないので、犯罪の嫌疑がないと判断し、それぞれ嫌疑不十分又は嫌疑なしを理由とする不起訴処分をしている。(平成十年三月二十七日受領、答弁第一七号 内閣衆質一四二第一七号 平成十年三月二十七日内閣総理大臣 衆議院議長殿 「衆議院議員H君提出N党幹部宅盗聴事件の事実認定と責任所在などに関する質問に対する答弁書」)*なお、引用にあたって固有名詞はイニシャルとした。 ---------- ■さまざまな理由をつけて起訴猶予に  この論理でいけば、電気通信事業法違反に関して、公務員によって通信の秘密侵害の未遂があったことは認める。しかし、盗聴は、ある行政機関が組織決定の下に行ったものであり、組織的ゆえに、自己の私欲のためにしたわけでもないので、電気通信事業法違反によって処罰するのはふさわしくない。当該機関が「深く遺憾の意を表」し、「再発防止に努めることを誓約するなどして」いるので、起訴猶予とすることになる。  有線電気通信法違反については、同検察庁検察官は、盗聴行為をしても、電話を聞き取りにくくするなど通話を妨害していないので有線電気通信法に違反しない。警察官の警察官の制服など公務員として分かる外見で、この盗聴行為を行ったわけではないので、偽計業務妨害や公務員職権濫用にはならない、ということになる。
 
 
■検察はいまもなお公安をコントロールできていない  国家権力によって、憲法で保障されている通信の秘密が侵害されたと言ってもよい行為がなされたにもかかわらず、この行為は行政機関が組織決定の下に組織的に行ったものなので、処罰には値しないとされた。  個人が自己の利益のために行ったならば処罰の対象となるが、国家の社会統制機関が、組織決定によって組織的に行った場合は、処罰の対象とならないということになる。個人によるものよりもはるかに重大な影響と結果をもたらす、国家の正当性を揺るがす、それほどの巨悪と考えられる社会統制機関の犯罪を眠らせてしまった、とも言えよう。  なお、先の「おとぎ話」のなかでは、「どうしてもそういう手段をとる必要があるのなら、それを可能にする法律をつくったらよかろう」と語られていることに関して、その法律の制定のために自ら議員のところへ出向いて説明するなどの尽力をして成立させたのが、制定当時に法務省の事務次官であり、のちに検事総長となる原田明夫であった。  伊藤栄樹検事総長の公安警察への対応策は功を奏しただろうか。「違法な手段は今後一切とらないことを誓い、その保障手段も示した」という、その誓いと約束は守られているだろうか。残念ながら、事態はそうはなっていないように思われる。検察は今日に至るも公安をコントロールできない。 
 
---------- 鮎川 潤(あゆかわ・じゅん)
 
 関西学院大学名誉教授 1952年愛知県生まれ。東京大学卒業。大阪大学大学院修士課程修了。専門は犯罪学、刑事政策、社会問題研究。南イリノイ大学フルブライト研究員、スウェーデン国立犯罪防止委員会、ケンブリッジ大学等の客員研究員、中国人民大学等への派遣教授、法務省法務総合研究所研究評価検討委員会委員等を務めた。博士(人間科学)。保護司。著書に『新版 少年犯罪 18歳、19歳をどう扱うべきか』(平凡社新書)、『幸福な離婚 家庭裁判所の調停現場から』(中公新書ラクレ)、『腐敗する「法の番人」 警察、検察、法務省、裁判所の正義を問う』(平凡社新書)などがある。 ----------