愚かで残酷・無責任な首長たち

 

 

 

 

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毎日新聞2022/3/11 東京夕刊

五輪は「理念なきエンタメ」 小笠原博毅・神戸大教授「負債の全貌不明」

 
防護服を着た航空会社職員に案内されながらスマートフォンで帰国に必要な手続きをする中国の五輪関係者ら=成田空港で2021年8月2日午後1時19分、小出洋平撮影

 

 北京オリンピックが閉幕したと思ったら、次の次、2030年冬の五輪・パラリンピック招致を目指し、札幌市が市民らの意向調査に乗り出した。半年前の東京五輪はもはや過去のこととしてほとんど顧みられない。「東京オリンピック始末記」を1月に出版した小笠原博毅・神戸大教授(文化研究)は、五輪は「消費されるエンタメ」と化していると論評する。札幌招致の議論を始める前に、詳しく聞いた。

 

 「東京五輪のスローガンを思い出してください。確か、招致の際、安倍晋三首相は『復興五輪』を掲げ、開催時の菅義偉首相は『人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして開催する』と言っていませんでしたか。レガシー(遺産)との言葉も繰り返されました。結局何がレガシーとして残ったのでしょう。顧みられることはありません。わずか半年前のことですよ」

 

 

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万博はもう中止できないのか?「オリンピックと同じ末路に」専門家は警鐘、でも政府は「能登」を横目に開催へ突き進む

G7貿易相会合の会場でも大阪・関西万博をPRした公式キャラクター「ミャクミャク」=2023年10月、大阪市

 

 2025年大阪・関西万博は、4月13日で開幕1年前を迎えた。国家的イベントが近づくにつれ、世論の期待は高まっている…と思いきや、SNS上では今も「万博中止」のハッシュタグが目立ち、延期を求める声も飛び交う。「期待一色」には程遠い状況だ。

 

  【写真】「ミャクミャク」の像につけられた複数の傷 大阪市役所前

 

前売り入場券の販売促進イベントに展示された、「ミャクミャク」のパネル=2023年11月、大阪市

 

 なぜか。多額の税金が投入される会場整備費は、当初見込みの約2倍となる2350億円まで膨らんだ。独創的なデザインを競う海外パビリオンは想定よりも建設スケジュールが大きく遅れ、着工はわずか十数カ国(4月上旬時点)にとどまる。負担増や課題ばかりが目立つ中で、期待値を上げる方が無理というものだ。  そこに、2024年の元日に起きた能登半島地震が追い打ちをかけた。今も避難を余儀なくされる被災者からはこんな声が聞こえてくる。「万博どころじゃない」。国民に理解が広がらなければ、新型コロナウイルス禍の中で開催された東京五輪・パラリンピックと同じ末路をたどる、と警鐘を鳴らす専門家もいる。  逆風は強まるばかりなのに、政府や関係機関は予定通りの開幕をかたくなに維持する。万博は中止できないのか。費用や手続きの面から「なぜ開催にこだわるのか」に迫った。(共同通信=大阪社会部万博取材班) ※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 

木造巨大屋根「リング」などの整備が進む万博会場=2月、大阪市の夢洲

 

 ▽「0.14%」と「27%」  吉村洋文大阪府知事は3月28日、万博と能登半島地震との関係についてこんな発言をしていた。「復興を最優先するべきだ。しかし万博を中止、延期して復興が進むのかと言うと、違う」。開幕1年前を控えたインタビューで、国内で実施されている各種建設工事のうち、万博が占める割合はわずか0.14%だとして計画変更の選択肢を否定。こう言葉を重ねた。「復興を理由に万博に反対するのは違う」

 

  ところが、国民感情はそう単純ではない。共同通信が2月に実施した世論調査では、能登半島地震からの復興を踏まえた上で万博を開催するべきかどうかを尋ねたところ「計画通り実施するべきだ」としたのは27.1%にとどまった。「延期するべきだ」が27.0%で拮抗し、「規模を縮小するべきだ」26.7%、「中止するべきだ」17.6%と続き、計画変更を求めたのは全体の7割を超えた。

 

 

  市民団体「どないする大阪の未来ネット」(大阪市)には、開催中止を求める署名がオンラインを含めて14万件集まった。事務局長の馬場徳夫さん(84)は訴える。「延期してもコストが上がる一方だ。震災復興のためには中止が最適だ」。署名は日本国際博覧会協会(万博協会)や近畿経済産業局に提出している。

 

 能登の被災地からは冷たい視線も向けられている。万博会場となる大阪市の人工島・夢洲から300キロ以上離れた石川県珠洲市内の避難所に身を寄せる井上等さん(65)は、自宅が全壊し、高齢の母との避難を余儀なくされた。会場整備費は国、大阪府・大阪市、経済界が3分の1ずつ負担することとなっており、石川県民も納税者として費用を賄う。井上さんは正直な胸の内を明かした。

「今は万博どころではない。地震の前からある話なので、開くなら開けばいい。けれど正直、万博に使うお金があるなら、家を建て直す費用が欲しい」  ▽「不可抗力」なのか  今回の万博を中止することは可能なのか、中止すると何が起きるのか。経済産業省の博覧会推進室に聞くと、浮かび上がってきたのは「不可抗力」というキーワードだ。

 

  その前におさらいすると、2025年大阪万博の開催が決まったのは2018年11月。パリで開かれた博覧会国際事務局(BIE)の総会で、加盟国の投票で選ばれた。5年に一度開かれる大規模な万博の日本開催は1970年大阪万博、2005年愛知万博(愛・地球博)に続き3回目だ。

 

2025年万博の開催国を決めるBIE総会に登壇した日本の誘致委員会メンバーら=2018年11月、パリ

 

 仮に万博を延期する場合は、BIEの総会で3分の2以上の賛成が必要だ。根拠となるのは、万博の定義を定めた国際博覧会条約。2020年に予定されていたアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ万博は、新型コロナウイルス感染の世界的拡大が直撃。BIE加盟国から必要な同意を得て、延期が決まった。 

 

 では中止にはどのような手続きが必要になるのか。博覧会推進室によると、実は中止については国際博覧会条約には規定がない。関係者間の合意があればいいということになっている。

 

  そこで、とある書類が重要になってくる。開催が決まった国がBIEに提出する「登録申請書」だ。2025年大阪万博の登録申請書を読むと、開幕まで1年となる2024年4月13日から開幕前日の2025年4月12日までに中止する場合、参加国とBIEに最大計5億5700万ドル(約840億円)を支払わなければならない、とある。 

 

 これは、時期ごとの準備状況に合わせて算出された数字で、補償額はパビリオンのタイプによって参加国ごとに異なる。各国が「相当の資金を負担して参加をしている」(万博協会幹部)だけに、直前の中止は影響が大きいというわけだ。政府中枢の首相官邸からはこんな声も聞こえる。「万博の開催は国際公約だ。中止や延期は国の威信にかかわる」

 一方、経産省が把握する中で、これまで中止に伴う補償金が生じたケースはないという。直近ではアルゼンチンで開催が計画されていた2023年ブエノスアイレス万博が新型コロナウイルスの影響で取りやめとなった。ところがBIEの執行委員会で新型コロナによる中止は「不可抗力だ」と報告された。

  2025年大阪万博の登録申請書の中では、この「不可抗力」についてこう言及している。「自然災害とみなすような事態に起因する『不可抗力』により中止された場合には、補償金は支払われない」

 経産省の担当者は言う。「能登半島地震が不可抗力とみなされるかどうかは執行委員会で議論してみないと分からない」。では、補償金が生じる恐れがあるから開催を中止できないのか、と問うと「全くそうではない」と返ってきた。「万博には意義がある。その意義は震災には左右されないと思う。そもそも復興は『土木』のフェーズ、万博工事は『建築』のフェーズにあり、ニーズは重なっていない。むしろ、延期すれば復興の妨げになる可能性が高まる」

 

大阪市役所前に設置された「ミャクミャク」の巨大モニュメント=1月

 

 ▽頼みは公式キャラクター 

 万博旗振り役の経済産業省が言う「意義」とは何なのか。テーマの「いのち輝く未来社会のデザイン」や、コンセプト「未来社会の実験場」から国民が読み解くのは難しく、大阪府と大阪市が強調するメリット「2兆円の経済効果」のみが一人歩きする。  万博協会は昨年ホームページをリニューアルし、企業や海外勢によるパビリオンの紹介ページを充実させた。とはいえ、それだけでは「そもそも万博に興味がある人」への受け身のアプローチに過ぎず、万博でどんな体験ができるのかという点を広く知らせるには物足りない。  さらに、PRのけん引役が公式キャラクター「ミャクミャク」頼みになっていることも、意義が伝わらない一因といえる。  開幕500日前を迎えた昨年11月以降、大阪府内の各地では「くるぞ万博」と書かれたポスターがあちこちで見られるようになった。その中央でおどけたポーズを取るのがミャクミャクだ。

 大阪市役所の前には涅槃(ねはん)像のように横たわったミャクミャクの巨大モニュメントを設置。府内で開催される自治体系のイベントには必ずと言ってもいいほど、ミャクミャクの着ぐるみが登場するようになった。  大阪府と大阪市が昨年12月に実施したアンケートでも、ミャクミャクの認知度は全国で88・3%と高く、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」の認知度を30%近く上回った。  もちろん、公式キャラクターの人気はどんなイベントでも成功の柱になる。だが、現時点でミャクミャクの人気が万博への来場意向に与える影響は限定的だ。  アンケートで「万博に行きたい」と答えた人は全国で33.8%にとどまり、1年前から約7ポイント下落。ミャクミャクであふれる府内に限っても36.9%で、2023年度の目標に設定した55%を大幅に下回った。ミャクミャクの人気にあやかるのにも限界がありそうだ。  チケットの売れ行きも芳しくない。万博協会が設定する販売目標は2300万枚。前売り販売は昨年11月末に始まったが、4月3日時点で約123万枚と、目標の6%にも満たない。前売り販売目標の約半数は企業購入分に頼っており、今後はどれだけ個人購入を促せるかが焦点となる。

 

インタビューに答える神戸大大学院の小笠原博毅教授=3月、大阪市

 

 ▽秘策は「ビビッドな情報」?

  運営側の取り組みの粗雑さについて、社会学者で神戸大大学院の小笠原博毅教授は厳しく指摘する。

  「意義があると言いながら、伝えない。誰が本気で開催したがっているのかが見えてこない」

 

 2020年東京五輪・パラリンピックの開催に一貫して反対してきた小笠原教授は、万博の現状に五輪との共通点を見いだす。「世論を無視して強行した五輪と構図が似ている。多額の税金が使われるのに中身が空疎だ」。期間の短縮やテーマの分かりやすい説明を求める。

 

  新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京五輪は直前まで開催を疑問視する声が絶えなかった。開催1カ月前の世論調査でも中止を求める声が3割ほどあり、国民理解を十分得られないまま開会式を迎えた。小笠原教授は、万博も同じ末路をたどるとみている。 

 岸田文雄首相の国会答弁からは、能登半島地震の被災地復興という文脈で万博への理解を広げようという思惑がにじむ。「万博で被災地をPRし、復興につなげる」。小笠原氏はこうした言葉を「空虚なリップサービスだ」と突き放す。「万博開催による『2兆円の経済効果』をうたうならば国民の暮らしへの支援や好影響、復興に割く金額を具体的に示すべきだ」

 国民の幅広い歓迎に向けて、秘策はあるのか。4月1日に報道各社のインタビューに応じた万博協会の石毛博行会長の言葉は、現状とは裏腹に自信にあふれていた。「開幕に向けて、これからビビッドな情報を出していく」。全国的な機運が広がっていない現状は「経費の増加や海外パビリオンの遅れといったネガティブな報道が影響した」と分析。SNSやメールマガジンを使った地道な取り組みで挽回を宣言した。「万博へのイメージをアップデートする。世界が日本に2025年の万博開催を信任した。きちんとやり遂げるという形で世界との約束を守ることが、われわれにとって極めて重要なミッションだ」