今、大沢町の人たちが滞在しているホテルの宿泊期限は3月中旬に迫る。
状況は流動的だが、次の住まいを確保するよう、市や県の担当者から求められている。
賃貸アパートを探す住民も出始めた。
「明日の暮らしがどうなるか。
故郷がなくなってしまうのではないか」。
行く末にもハードルが山積する・・・
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毎日新聞
孤立集落は今 現地確認の輪島住民に同行 徒歩2時間、見えぬ復旧
集落に通じる県道の崩落現場を確かめる大箱洋介区長(前列左)ら=石川県輪島市大沢町で、2024年2月13日午後0時27分、中尾卓英撮影
能登半島地震で孤立集落となり、ヘリコプターで救出された石川県輪島市大沢(おおざわ)町の住民4人が今月中旬、山中を歩いて地区に戻った。半島の北岸にあり、集落に通じる海岸沿いの県道は崩落や土砂崩れで今も通れない。本紙記者が1月10日に入った際、住民は取り残され、外の様子を問いかけてきた。それから1カ月あまり。古里はどうなっているのか。地区の様子を確認しに帰る区長らに同行し、記者が再び現地に入った。
住民によると、大沢町には60世帯100人ほどが暮らし、1月1日は帰省客も約50人いた。発生直後に電気や水道、通信が途絶え、沢水をためて生活に用いた。6日に自衛隊ヘリが救援物資とともに届けた新聞で地震の惨状を初めて知ったという。最後の住民が町を出たのは14日。80人ほどが県南部の加賀市にあるホテルに2次避難した。
同行取材は2月13日、輪島市中心部から始まった。基幹道路の県道は集落の東西とも崩れており、山道からのルートを確認するのが目的だ。乗用車を約40分運転し、土砂崩れの現場を前に車を降りた。「帰りたいという人がいるからね。頑張らなくちゃ」。大箱(おおはこ)洋介区長(75)が先頭を歩く。避難中の住民は多くが高齢者で、集落を見に帰れたのは数人だけという。
ぬかるんだ道に足を取られながら進んだ。人の背丈を超える巨岩が転がり、なぎ倒された木々が道を塞ぐ。1人がようやく通れる空間しかなく、一歩間違えば滑落する。約2時間かけて大沢町にたどり着いた。
長い竹を組んだ「間垣(まがき)」が海風から集落の家を守っていた。「懐かしいな。潮の匂いがする」との声が漏れる。大沢漁港は隆起し、船が地面に乗り上げていた。避難所として使われていた公民館のボードには、最後の脱出者だった大箱区長や駐在の警察官らの名前が書かれていた。
会社員の小崎慎太郎さん(47)は集落の家々を写真撮影して回った。「避難しているみんなに、家がどうなっているか撮ってきてと頼まれた」。小崎さんの家は壁にひびが入り、屋根がへこんでいた。ブルーシートで応急措置し、「早く帰ってきて修理をしたい」。元日の発生時、小崎さんは母の香代子さん(76)や近所の人と高台に駆け上がった。海底隆起のためか津波は襲って来なかった。「小さな懐中電灯で一晩中、海を見て津波を警戒した。あの日からよく眠れない。今のホテルでも夜間、眠れない人が喫煙所に集まる」と打ち明ける。
大箱区長は干上がった岩場のサザエやウニを見つめ「かわいそうに」とつぶやいた。62歳で建設関係の会社を退職し、金沢市内から妻と故郷に戻った。父から譲り受けた船で釣りをするのが趣味だった。遠くなった波打ち際まで行くと、サザエを見つけて岩でたたき割り、口に放り込んだ。「うん、うまい」。変わらぬ海の味を確かめた。
夜、公民館の灯油ストーブの周りに一行は集まった。懐中電灯だけが頼りだ。「手のひら以上のアワビを取った。殻は玄関に並べた」。懐かしい故郷の自慢話に花が咲く。でも、会社員の橋今栄(はしこんえい)さん(53)は「隆起で海が遠くへ行ってしまった」とポツリ。厳しい現実に引き戻される。
翌14日、山道を戻る途中に重機の音が聞こえた。道を塞いでいた倒木がチェーンソーで切られている。大岩の横に砂利道が整備された場所もあった。大箱区長は「1日でこんなに作業が進んでいるとは」と声を弾ませた。
集落には全壊した家もあったが、窓枠が壊れたり、屋根の一部が壊れたりした家がほとんどで、修理すれば住むことも可能に見えた。当面の鍵は、集落に通じる道の復旧だ。車道がなければ電気や水道、通信などインフラを元に戻す作業も進まない。しかし、輪島市の広報担当者は取材に対し、県道の復旧には数年単位の時間が必要と説明。これに代わる山道を開通させることが急務となる。
大箱区長は輪島市中心部に戻ると、市役所に向かった。「大沢への道はいつ通れるようになりますか。大沢に仮設住宅を建てられませんか」。写真を見せながら職員に聞いたが、担当課を回ってもはっきりした答えは返ってこなかった。
今、大沢町の人たちが滞在しているホテルの宿泊期限は3月中旬に迫る。状況は流動的だが、次の住まいを確保するよう、市や県の担当者から求められている。賃貸アパートを探す住民も出始めた。「明日の暮らしがどうなるか。故郷がなくなってしまうのではないか」。行く末にもハードルが山積する。
【横見知佳、小坂春乃、中尾卓英】