「政治資金の透明化は重要な課題だが、
より本質的な問題を見失ってはならない。
それは、過剰な権力の行使をチェックする機能が十分働いているかどうかだ」
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田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問
岸田首相の下で露呈した裏金問題 「権力に守られている」傲慢な錯覚
首相官邸に入る岸田文雄首相=東京都千代田区で2024年2月5日、竹内幹撮影
民主主義が民主主義であるためには、常に権力をチェックし過剰な権力行使を防ぐ機能が最も重要だ。今日の自民党政治にはその部分が欠けてしまっているのではないか。
米国や英国の政治制度でも三権分立や政権交代の機能が中枢的役割を果たしている。改めて裏金問題で混迷する日本政治を考えてみたい。
米英では不可欠なチェックとバランス
ロシアや中国など権威主義国家といわれる国においては、プーチン大統領や習近平国家主席への独裁的な権力集中は顕著だ。
ロシアの場合には憲法改正により今年3月の大統領選挙で勝利すれば、過去の大統領経験はカウントされず、プーチン大統領はさらに6年が2期、2036年まで大統領に留まる展望が開かれる。今年3月の大統領選では有力な候補者も排除されている。
習近平総書記も鄧小平時代以来の2期10年の総書記任期についての内規を廃し、22年以降、既に3期目に入っていて、政治局常務委員7人の集団的指導体制は名ばかりとなっている。
権威主義国家と民主主義国家の違いは、権力の過剰な行使をチェックする仕組みが存在するかどうかだ。民主主義諸国では、選挙によって選出される行政府の長の権限はチェックされ、バランスさせる仕組みが注意深く構築されている。
米大統領の任期は4年、再選されても計8年とされている。米大統領制の下で最も重要な概念は国民の直接投票により権力が集中しがちな大統領の権限をチェックしバランスする三権分立のシステムだ。
大統領が権限を逸脱する場合に備え、議会の弾劾手続きが用意されているし、議会の立法に対しては大統領の拒否権が行使されうる。トランプ前大統領は在任中に権力の乱用などで2度下院の多数で弾劾訴追されたが、いずれも上院の3分の2の賛成票を得ることはなく、無罪とされた。弾劾のハードルは高いが、実際に弾劾訴追されうるというのは過剰な権力行使の抑止力として働く。
英国の場合に権力をチェックする基本的な枠組みは2大政党間の政権交代だ。小選挙区制の選挙制度で、候補者も地縁ではなく中央からの落下傘候補者であり、与党対野党の党営選挙だ。
選挙で敗北した野党は常に「影の内閣(Shadow Cabinet)」を組閣し、与党の政策を監視する。現在の与党は保守党であり、過去14年の長期にわたり政権の座にあるが、欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)、新型コロナウイルス、対露制裁後の経済混迷の影響もあり支持率は低迷し、24年中に行われると想定される選挙では労働党の有利が伝えられる。
サッチャー首相から始まり18年続いた保守党政権も、緊張感を欠いた結果、労働党に取って代わられたが、今回も長期政権の弊害が出てきていると言われる。
日本で弱いチェックとバランスの仕組み
日本の選挙制度は1994年の政治改革で小選挙区制が導入され、政党助成金など党が運営する選挙の色彩は強まったが、権力をチェックしバランスする政権交代は頻繁に起こったわけではなかった。
中選挙区制で自民党の派閥が割拠した時代には選挙自体に多額の資金が必要となったが、派閥の長を首相に押し上げるプロセスで激しい競争が起こった。ある意味、派閥間でチェックとバランスの仕組みが働いていたと言える。
ようやく、09年の衆院選で民主党が大勝して政権交代が起こったのは特記すべきであるが、民主党政権は3年という短命だった。12年以降12年にわたり再び自民党が主体となる政権が続いている。
では、自民党1強体制が続く中で、権力をチェックしバランスさせる仕組みはどう働いたのだろうか。
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1947年生まれ。69年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官、在サンフランシスコ日本国総領事、経済局長、アジア大洋州局長を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、05年8月退官。
同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、
10年10月に(株)日本総合研究所国際戦略研究所理事長に就任。
06年4月より18年3月まで東大公共政策大学院客員教授
著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、19年)、
『日本外交の挑戦』(角川新書、15年)、
『プロフェショナルの交渉力』(講談社、09年)、
『外交の力』(日本経済新聞出版社、09年)など。2021年3月よりTwitter開始
岸田首相の下で露呈した裏金問題 「権力に守られている」傲慢な錯覚
首相官邸に入る岸田文雄首相=東京都千代田区で2024年2月5日、竹内幹撮影
元外務審議官の田中均氏は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。
「民主主義が民主主義であるためには、常に権力をチェックし過剰な権力行使を防ぐ機能が最も重要だ。今日の自民党政治にはその部分が欠けてしまっている」と語った。
田中氏は、「岸田政権には裏金問題の事実関係を徹底的に究明するという姿勢は明らかではない。岸田文雄首相は率先して岸田派の解散を宣言し、派閥解消に先陣を切ったのは確かだが、もし裏金問題をはじめ政治資金の実態を明かすことなく幕引きをしようということならば、国民の信頼を取り戻すことにはならない」と言う。
「派閥解消や政治資金規正法改正、特に連座制の導入など政治刷新本部がどのような具体的行動を起こすかは重要だが、それにつけても、裏金がなぜ必要とされたのかの実態が明かされねばならない」と強調する。
そのうえで、「政治資金の透明化は重要な課題だが、より本質的な問題を見失ってはならない。それは、過剰な権力の行使をチェックする機能が十分働いているかどうかだ」と指摘した。