外務省香典サイバー攻撃被害を放置し続け、しゃもじ持参でウクライナに戦争をあおりに行った岸田文雄の犯罪…

 

 

 

 

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外務省公電に中国がサイバー攻撃、大規模な情報漏えい…主要な政府機関のシステム点検

 

 

 外交上の機密情報を含む公電をやりとりする外務省のシステムが中国のサイバー攻撃を受け、大規模な情報漏えいが起きていたことがわかった。米政府は2020年に日本政府に警告して対応を求め、日本側は主要な政府機関のシステムを点検し、対策の強化を急いでいる。

 

 複数の政府関係者が明らかにした。公文書の中でも、特に秘匿が求められる公電のシステムが破られるのは極めて異例だ。日本のサイバー防衛の安全性に、米国が強い懸念を持っていることが浮き彫りになった。

 

 関係者によると、米政府は安倍政権当時の20年夏、「日本の在外公館のネットワークが中国に見られている」と日本側に伝えた

漏えいした情報の具体的な中身や、攻撃をどのように把握したのかは明らかにしなかったが、北京の日本大使館と外務省本省間などで交わされた公電が中国当局に幅広く読み取られていることを示唆した。

 

 当時、米国家安全保障局(NSA)のポール・ナカソネ長官らが急きょ、来日して日本政府高官と会談したほか、日米の実務者が対応を協議した。

 

 その結果、外務省に加え、機密情報を扱う防衛省と警察庁、公安調査庁、内閣情報調査室の計5機関がシステムを点検し、脆弱(ぜいじゃく)性のあるプログラムを改善することで一致した。

 

改善の状況は日米間で共有され、米側は点検・強化の継続を求めている

 

 公電には、日本の外交官が外国政府などから得た極秘の情報も含まれる。

外部の傍受を防ぐため通常のインターネットを介さない閉域ネットワーク「国際IPVPN」で送受信し、特殊な暗号を用いる

 

 外務省は、サイバー攻撃があったことを含め、詳細を明らかにしていない。公電を所管する外務省情報通信課は読売新聞の取材に、「本件については、情報セキュリティー上の理由から回答を差し控える」と答えた。

 

 日本へのサイバー攻撃を巡っては、米紙ワシントン・ポストが昨年8月、中国軍のハッカーが防衛機密を扱う政府のコンピューターシステムに侵入したと報じたが、外務省の公電システムの被害が明らかになるのは初めてだ。

 

 政府はサイバー防衛の抜本的強化に向け、平時から情報システムを監視して予兆を察知し、重大なサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の導入を目指している。ただ、通常国会での関連法案の提出は見送られる方向だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

岸田首相キーウ訪問、1時間前に伝達…「外務省なんかいらねえ」計画公表論にいらだち

 

 岸田首相がウクライナの首都キーウ訪問を決断したのは2月下旬だった。安全上の理由から情報管理を徹底し、計画は極秘裏に練り上げられた。日本の首相が戦後初めて、戦地に足を踏み入れた舞台裏を検証した。

資材搬入用エレベーターでホテル脱出

 

 「今からウクライナに行きます。誰にも言わずに準備してください」

 3月20日夜、インドの首都ニューデリー。首相が滞在する「タージ・パレスホテル」で、警護員(SP)や医務官らは、政府関係者からこう告げられると、驚きの表情を浮かべた。

 

 

 

 首相と一緒にキーウを訪問したのは、木原誠二官房副長官や秋葉剛男国家安全保障局長ら約10人(SPや医務官を含む)。ホテル内で訪問団に入るよう指示を受けた一人は、「体調が悪いから部屋で仕事をします」と同僚に伝え、訪問団に加わった

 それから約1時間後の午後8時過ぎ。首相らは、食材などを運ぶ資材搬入用のエレベーターに乗り込んだ。ホテルをひそかに抜け出すと、定員10人程度の車でニューデリーの空港に向かった。車内からは「ばれなかったですね」とつぶやく声が漏れた。

 政府が当初公表していた日程では、首相はインドのナレンドラ・モディ首相との首脳会談を20日に終え、21日午前に帰国の途に就くことになっていた。

 

 

 

 

1か月保秘徹底

 

 岸田首相のキーウ訪問は、「計画が浮上しては消える」(外務省幹部)ことを繰り返した。昨年12月に情報が外部に漏れると、首相は「これでは行けない」と周囲に憤りをあらわにした。

 

 

 

 日本は今年、G7(先進7か国)の議長国を務め、5月には広島市でG7首脳会議を開催する。首相には「広島で被爆の実相を見てほしいと訴えている自分が、戦争の実相を見ないままでは議論を主導できない」との強い思いがあった。

 

 「保秘の徹底ができないなら、外務省なんかいらねえ」

 首相は2月下旬、外務省の森健良次官に声を荒らげた。外務省が、外部に非公表のまま訪問することは困難だとの判断に傾いていたからだ。

 

 2月に入ると、20日に米国のバイデン大統領、21日にはイタリアのメローニ首相が相次いで訪問した。ロシアのウクライナ侵略が始まった昨年2月24日以降、現職のG7首脳でキーウを訪れていないのは、岸田首相だけとなっていた。

 首相は「さすがにこれ以上は先送りできない」と判断し、2月下旬にはインドの外遊に併せて、キーウに向かうことが固まった。外務省は首相官邸の指示を受け、山田重夫外務審議官ら数人のチームで準備を整え、3月20日夜を迎えた。

 ニューデリーの空港に向けて走り出した車は、すし詰め状態だった。土砂降りの雨による交通渋滞にも巻き込まれ、空港到着には30分以上を要した。航路や飛行データを公開する民間インターネットサイト「フライトレーダー24」や同行筋の証言を総合すると、午後8時56分に首相らが搭乗したチャーター機はポーランドに向けて離陸した。

 

 

 

 7時間半近く飛行し、ポーランド南東部の空港に到着したのは、現地時間同日午後11時41分。首相らはウクライナ国境に近いプシェミシル駅に車で移動し、列車に乗り換えた。

 

 

 首相は携帯電話を取り出し、与党幹部ら数人に訪問を告げた。ウクライナとの国境が迫ると、訪問団全員が携帯電話の電源を切り、電波を遮断する「シールドボックス」と呼ばれる機材の中に入れた。携帯電話の電波を端緒に、居場所が特定されかねないためだ。

 列車は、ロシア軍によるミサイル攻撃を警戒し、速度に緩急をつけ、時には停車することもあった。細心の注意を払いながら目的地のキーウにたどり着いた。

 

 

 21日にキーウで行われたウォロディミル・ゼレンスキー大統領との首脳会談。「こんなに遠くから来てくれたリーダーは岸田首相が初めてだ。本当にありがたい」と歓迎を受けた。

 首相はこの後の共同記者会見で、「何としてもG7広島サミットまでにウクライナで直接話し、揺るぎない連帯を伝えたいと強く願っていた」と語った。被害の実態に触れた首相は、サミットを見据え、ウクライナ支援で主導的な役割を果たす覚悟だ。