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ジャニー喜多川氏の“戦後最大の性犯罪”を黙認した日本メディアの大罪

 

 60年以上にわたって数百人規模の未成年男子に性加害を繰り返してきたジャニー喜多川氏(87歳没)。長い年月、社会ぐるみで隠蔽されてきた“戦後最大の性犯罪”はようやく世間が知るところとなった─。

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「外部専門家による再発防止特別チーム」の調査報告を受け、9月7日、ジャニーズ事務所の会見が開かれ、オーナーの藤島ジュリー景子氏が初めて公の場に姿を現し、会見冒頭でこう語った。 「特別チームも公表されましたが、事務所としても個人としてもジャニー喜多川に性加害はあったと認識しております」  これはジャニーズ事務所が創業者ジャニー氏の性加害を認めた初めての言動である。5月の謝罪動画では、ジュリー氏はおじの性加害を「知らなかった」と説明していたが、一転、事実を認定した。特別チームの調査報告にあるようにジャニー氏は顕著な性嗜好異常者で、20歳頃から80歳代半ばまで、未成年相手に間断なく頻繁かつ常習的に性加害を繰り返した。  筆者は週刊文春時代からジャニーズ事務所の人権蹂躙(教育欠如や不公正な労働条件、不当な報酬配分)や組織体質などの問題を20年以上取材し続けてきた。99年10月から14回に及んだ週刊文春の「性加害キャンペーン」においても記者として参加。ジャニー氏の性加害の実態を克明に報道したが、まさにそれは“悪魔の所業”で、未成年を自身の身勝手な欲望のために凌辱し、彼らの人格をことごとく崩壊させていた。大人の恋愛や性行動がどんなものなのか知らない子どもたちは、性虐待によって深刻なトラウマを未発達の心と身体に刻みつけられる。親やきょうだいにも打ち明けられない背徳を負い、「自分が悪いのではないか」という自己否定を伴うこともあり、うつ病やPTSD、解離性障害に苦しむのだ。  自分の子どもたちがそんな目にあったら。想像するだけで虫唾が走る話である。こうした犯罪から子どもたちを守るのは大人の義務であるが、ジャニー氏はそれと真逆、子どもたちの魂を殺してきた。そして「デビューさせてあげるから」「目立つポジションに立たせる」と甘言を弄して、グルーミングで洗脳し、芸能界に憧れる少年たちをコントロールしてきたのである。

 

 

「ユーはダメ。いらないでしょ」

 文春のキャンペーンの際、ある元タレントを取材すると当時の苦しさと悔しさを吐露し、分別盛りの大人がボロボロと涙をこぼして唇を震わせるのを目の前で見た。彼は地方出身で、スカウトに来たというジャニー喜多川氏が実家に宿泊した際に、性加害を受けた。スターを目指していたという彼はこう証言した。 「ジャニーさんが狙うのは地方から出てきて、夢を諦めたら行き場がなくなる子ども。普段は優しいのですが、機嫌を損ねると露骨にいじめや意地悪をしてきて、自分は子どもだったからそれが悲しかった。(身体の)そういうのも本当に嫌で、断ったことがあるんです。そしたらいつも行くファミレスで、ジャニーさんは『好きなもの頼んでいいよ』とみんなに言うんだけど、『ユーはダメ。いらないでしょ』と僕からだけメニューを取り上げて……。いま思い出してもすごく悲しい。この気持ちわかりますか……」  彼は心根の優しい人だ。そこにつけ込むのがジャニー氏の狡猾なところである。

 別の元タレントも言う。 「合宿所でトランプしていたら、ひとりがジャニーさんに部屋に呼ばれた。勝手を知った奴が手招きして、こっそり隙間から覗いたら、『痛い、痛い』って突っ伏して泣いていた。一緒に覗いた奴は『芸能界でやっていくために我慢しなきゃいけない。お前は実家住まいでいいけど、田舎から来ている俺たちはここを出たら帰る場所がないんだ』と諦め顔でした」  悲惨な現実は知りたくないという意見もあるだろうが、あえて書いたのは大もとの犯罪の悪質性を知らずして、ジャニー氏の本性を語れないと思ったからである。

徹底した素顔を見せない主義

 ジャニー氏は多くのタレントを発掘・育成し、「ジャニーズ帝国」を築いた。スターになった彼らはジャニー氏がいかに愛すべきキャラなのかをテレビで嬉々として話し、ファンからも支持された。2019年に死去したときは、「子どもたち」と称するタレントに家族葬で見送られ、東京ドームのお別れの会には9万人以上が参列、安倍晋三総理も弔電を送った。朝日新聞『天声人語』は「希代のプロデューサー」と持ち上げ、芸能界やメディアは最大の賛辞を送り、国民栄誉賞を授与すべきだという意見も出た。だが、これほど有名な人物なのに訃報の写真は帽子とサングラス姿。素顔を見せない主義は徹底しており、リハーサルで音楽記者が声をかけると身を隠してカーテン越しに会話をしたという逸話がある。NHKが一番のお気に入りだったというジャニー氏は、そのポリシーを曲げ一度だけ番組に出演したが、なんと後ろ姿のみを映すという異様な出方であった。 「素顔を頑なに出さないのは後ろめたいからでしょう。密着映像で正面を映さなかったのは前代未聞で、番組にしなきゃいいという意見もあった。それだけNHKはジャニーズとズブズブの関係で、公共放送なのにジャニーズしか出さない『ザ少年倶楽部』が批判されても20年以上続いているのはその証。リハーサルスタジオも優先的にジャニーズのレッスンに提供されていて、他部署から苦情があっても、ジャニーズの印籠が効いていました」(NHK関係者)  “天下のNHK”でさえジャニーズにひれ伏すのであるから、ドラマや広告などで利益をともにする民放は、NHK以上に言いなりになっていても不思議ではない。特別チームが、ジャニー氏の性加害が長期にわたった背景に「マスメディアの沈黙」があったと言及したのも当然である。  今回の一連の出来事の端緒になったのはBBCのドキュメンタリー『プレデター(捕食者)』である。3月に放送され世界で反響を呼んだが、日本の大手メディアで後追いするところはなかった。被害者のカウアン・オカモト氏が外国人記者クラブで会見したことでようやく共同通信が報じたが、ほとんどの大手メディアは様子見をしており、習慣化したジャニーズへの忖度を相変わらず続けていた。

 

 

 ジャニー氏の少年への性加害は1965年の新芸能学院との裁判で取り沙汰されたが、訴訟では事実認定されず終わった。1980年代には元フォーリーブスの北公次が著書『光GENJIへ』で性被害を告発するも、その事実を検証されるどころか、「頭がおかしい」と流布された。元タレントの告白本も「暴露ビジネス」という扱いで、積極的に報じようとするメディアはまずなかった。

 

  99年の文春報道ではジャニーズから裁判を起こされ、最大のポイントである「少年への性加害」が高裁で事実認定されたのだが、その詳細を報じた大手メディアは皆無。ジャニー氏らの上告棄却を報じた新聞はベタ記事で肝心の内容はまったく伝わらなかった。重大な性犯罪と報じたのはニューヨークタイムズなどの海外メディアのみで、今回のBBCの構図と同じである。文春取材班は自民党の阪上善秀議員に国会で質問・追及してもらい、多くのメディアに「連帯して報じよう」と呼びかけたが、「上が乗り気ではない」で終わった。あのとき世間に真実が伝わっていれば、カウアン氏ら若い世代の被害者が生まれなかったのではないか、と今も悔やまれる。

メディアとの結託

 ジャニーズとビジネスで密接に結びついているのはテレビ局だが、なぜ、普段国民を啓蒙する立場の“社会の木鐸”がジャニーズ性加害問題を積極的に取り上げなかったのか。 「ひとつは一般紙とスポーツ紙、テレビ局のクロスオーナーシップが根底にあります。系列グループとして自分たちが損するようなことはしたくない。ふたつ目はジャニーズファンの多さを無視できない。ある意味“信者”ですから、反発を避けたいという心理があります。最後は現実的な話ですが、ジャニーズから多額の新聞広告をもらっているからです。そこは弱腰です」(全国紙社会部記者)  ジャニーズの権力に着目すると、圧倒的な経済力が浮上する。1962年創業のジャニーズ事務所はジャニー氏と彼を経営で支える姉、藤島メリー泰子氏(93歳没)の両輪で発展してきた。  飛躍のもとは国民的アイドルとなったSMAPの成功で、1993年に約16億円だった売上は2001年には120億円を突破。現在ファンクラブの会費収入だけでも520億円とされ、非上場ゆえ情報を公開していないが、グループ売上は最低1000億円以上。  テレビや新聞だけでなく、批判記事を書いていた週刊誌も、カレンダーや写真集の権利と引き換えに転向する経緯を見てきた。金と権力を有するジャニーズは、接待や利益供与でメディアをコントロールし、現場では新人をバーターブッキングしたり、要求を飲まないと「ウチのタレントを全部引き上げる」という圧力を使いながら、長い年月をかけ「ジャニーズを最優先に考える」ことをテレビマンの常識にしてきた。オワコンと揶揄されてもテレビは依然メディアの王道であり、宣伝のメインストリームである。

 
 

 メディアとの結託が日本人の価値観にジャニーズを刷り込ませ、少々のことではびくともしないシステムを完璧に作り上げた。彼らの辞書にこれまでスキャンダルという文字はなく(なぜならばメディアが扱わないから)、商品のイメージアップになる健康的で明るいイメージのタレントがきれいに陳列されてきた。200社以上のスポンサーがジャニーズを支えていたのはそれを物語っている。

メリー氏は「ぶん殴りたい」「いい死に方しない」と…

 しかし一方で、ジャニー氏の性犯罪がここまで蓋をされてきたことに不可解さは残る。 

 

 そこまでメディアが口をつぐむのは利益だけの問題であろうか。その鍵となるのはジュリー氏の母、故メリー氏の存在だ。

 

  10月の会見で代読されたジュリー氏の手紙には「母メリーは私が従順な時はとても優しいのですが、私が少しでも彼女と違う意見を言うと気が狂ったように怒り、叩き潰すようなことを平気でする人でした」と記されていたが、メリー氏のような強烈な人物はなかなかいない。ジャニー氏に代わってトラブル処理や交渉事をやっていたのは彼女であり、実に老獪であった。身内可愛さから弟の犯罪を「病気」と哀れんだ彼女は、その事実をひたすら隠蔽し、力で周囲をねじ伏せようとした。

 

  筆者は2010年12月、週刊文春で同事務所の成り立ちを連載記事で執筆した際、メリー氏に呼び出された。顧問弁護士から連絡があり、乃木坂にあったジャニーズ事務所本社を訪れたところ、大勢の幹部に囲まれるなか“吊し上げ”にあった。メリー氏は「ぶん殴りたい」「いい死に方しない」などとすごい剣幕で悪態をつき、筆者が「帰る」と言っても激昂してそれを許さず、やりとりは深夜に及ぶまで5時間以上続いた。証拠のある事実を述べても「私が知らないものは事実ではない」と支離滅裂だった。何度も「謝れ」と詰め寄られたが、「文春が性加害報道を謝罪した」と喧伝されるのは予想できたので耐えた。

 

  ジャニーズ事務所が飴を与える一方で、メディアの担当者を鞭打ってきたことは有名な話だ。自分が絶対に正しく、奴隷にならないと許さない。功労者のSMAPの解散劇もその例のひとつである。

 

  特別チームの調査報告に課題が羅列されていたが、それを解決するにはどれだけの年月がかかるだろう。ハラスメント体質は、ジャニーズ事務所が本来持つ企業的DNAではないか。23年間嘘をつき通していたことを考えれば、いくら弁明したとしても問題企業である。 

 

 海外メディア記者はマフィア的体質と断罪しており、「存続することはありえない」と指摘しているが、日本でもおかしいと思う人は多いはずだ。一般的にSDGsやコンプライアンスをうたうならば、まずフェアでなければ土台が崩れる。

 

  世間の信頼を完全に失わないうちに、大手メディアもその本分に気づくべきである。 

 

 

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2024年の論点100 』に掲載されています。