・・・ヤブロコフ博士がアップできたのでごらんください。

被曝が何をもたらしたのか、危険な汚染レベルをどう考えるのか、

チェルノブイリの体験をもとに明確に語っています。

日本にひきつけて考えられるよう福島原発事故の汚染地図を加え改訂しました。

 

追悼・ヤブロコフ博士「チェルノブイリの教訓」改訂版

 

 

 

 

モスクワ生まれ。1956年、モスクワ州立大学(現モスクワ大学)生物学部卒業。

生物学博士号(海生哺乳類)取得。

1974年より、ソビエト連邦科学アカデミー・ロシア科学アカデミー客員。

1998年より、ロシア科学アカデミー生態緊急問題に関する科学評議会副議長。

1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故当時、ゴルバチョフ書記長のアドバイザーを務め、被曝者のその後について25年以上追跡調査を続けている。

1988年-1991年ソ連水産省の魚類学委員会議長。

1989年-1991年ソ連最高会議生態委員会副議長ソ連人民代議員。

1991年-1993年生態・公衆衛生に関するロシア大統領顧問。

1993年-1997年ロシア連邦安全保障会議省庁間生態安全委員会議長、この間旧ソ連による日本海への原子炉投棄問題を調査した。

1993年-2005年ロシア環境政策センター創立者および代表。

1996年-アメリカ芸術科学アカデミー名誉会員。2008年-国際海生哺乳類学会会員。

 

1997年に発足した欧州放射線リスク委員会(ECRR)の共同設立者。

2005年ヤブロコ 党主席。

2007年、ベラルーシのベルラド放射能安全研究所初代所長ワシリー・ネステレンコ、同所員アレクセイ・ネステレンコ(現所長)とともに、英語文献や、ロシア、ウクライナ、ベラルーシなどスラブ系の諸言語の記録や文献をもとに報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(日本語訳書『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』)をまとめ、同事故による死者数は1986年から2004年の間で少なくとも98万5000人に達するとの推計を発表した。

 

2011年3月の福島第一原発事故後、チェルノブイリ事故との違いを指摘するとともに、放射能被害の過小評価の危険を警告している。

 

集団生物学、進化生物学、放射線生態学、環境政策に関する28の著書がある。

 

 

 

 

ソ連科学アカデミー

1991年11月21日、RSFSR議長の布告により、現在機能しているロシア科学アカデミー(RAN)がソ連科学アカデミーに基づいて創設された