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身体拘束は“必要悪”か 突出して多い日本の現状
松沢病院にある拘束具。今はほとんど使うことがないという=東京都世田谷区の都立松沢病院で2019年11月5日、上東麻子撮影
2016年、石川県の精神科病院に入院していた40歳の統合失調症の男性が、6日間にわたる身体拘束を受け、解除直後に急性肺塞栓(そくせん)症(エコノミークラス症候群)で死亡するという事件がありました。
両親が病院を相手に損害賠償を求めて提訴しましたが、1審の金沢地裁は、医師の主張を認めて原告敗訴。しかし、2審の名古屋高裁金沢支部は一転、精神保健福祉法(正式名称「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」)の規定に基づいて示されている身体拘束に関する要件を満たさないとして約3500万円の支払いを言い渡します。病院は上告しましたが、21年、最高裁判所が上告を棄却して判決が確定しました。
17年には、27歳のニュージーランド人男性が、神奈川県の精神科病院で10日間に及ぶ身体拘束後に急死するという事件も起こりました。被害者が外国人であったために、事件は大きく報道され、内外で注目されました。
精神保健福祉法37条1項に基づく基準では、自殺企図または自傷行為が著しく切迫している場合、多動または不穏が顕著である場合、このほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合に、身体拘束を認めています。
同時に身体的拘束については「制限の程度が強く、また、2次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見いだされるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならない」という規定もあります。
上記に挙げた二つの事件は、いずれも身体拘束が6日間、10日間と長期に及んでいます。加えて、肺塞栓症という、当然予測すべき「2次的な身体的障害」に対して対応を怠って患者さんが死亡しており、精神保健福祉法の定める要件を逸脱していることは明らかです。
精神科病院における身体拘束は古くて新しい問題です。
松沢病院には、20世紀初めに、着任後数日で身体拘束をゼロにした呉秀三先生という伝説の名院長がいました。しかし、100年後に私が院長になった時には、身体拘束が普通に行われており、およそ5人に1人の患者さんがベッドに体を拘束されていました。
私たちはそれを7、8年かけて3~4%まで減らしました。精神科病棟の身体拘束は、不断の努力失くしては、減らすことも、その状態を維持することもできないのです。
手続きの整備に力点が置かれた法制度
精神科病棟での身体拘束には、精神保健福祉法と関連する通知等で決められた法手続きが必要です。日本の法制度の中で、こうした手続きが初めて明記されたのは、1987年に精神衛生法が「精神保健法(現:精神保健福祉法)」に改正された時でした。
この法改正の契機になったのが、1983年に起きた報徳会宇都宮病院事件です。
看護職員の暴力により2人の患者さんが死亡した事件をきっかけに、病院内で行われていた、さまざまな不正が次々と明らかになります。日本の人権擁護団体が国際社会に問題を提起し、国連人権小委員会が勧告を出すなど、国際的な一大スキャンダルになりました。
この時、批判の先頭に立ったのは、国内外の法律家団体です。そのために、日本の強制入院、入院後の隔離、拘束を含む行動制限が、法手続きを欠いているという点に批判が集中。法改正はもっぱら、法手続きの整備に力点が置かれることになりました。
私は当時、精神科医になりたてでしたが、この時の法改正に違和感を持ちました。内外の法律家にとっては大きな成果でしたが、臨床の場では医者の事務仕事が増えただけで、患者さんの人権を守るという目的には寄与していないと思ったからです。
法手続きは必要条件であって十分条件ではありません。法にのっとって書類を整えさえすれば、実際に病院の中、保護室の中でどんな処遇を受けようとほとんど干渉されないという状況をこの法改正が生み出しました。
以前、コラムで取り上げたことのある滝山病院事件では、数々の虐待行為が行われていたにもかかわらず、毎年行われていた行政監査では明らかにされませんでした。法手続きに関する書類は、きちんと作られていたからです。
身体拘束の実態
精神科病院、精神科診療所等を利用する患者さんの実態を把握し、精神保健福祉施策推進のための資料を得ることを目的に、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は毎年6月30日に実態調査(630調査)を行っています(https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/data/630.html)。
この調査によると、精神科病床における身体拘束は、03年の5109件から右肩上がりに増加し、17年の1万2528件をピークとし、1万件前後で高止まりしています。
630調査をもとにした研究(報告「『精神保健福祉資料』 (630調査)から考える精神科病院の身体拘束実施状況」 加藤博之、長谷川利夫)によると、拘束実施率は03年が1.55%、18年は4.05%と2倍以上に増加しています。18年の年齢階級別では、75歳以上が最も高く5.07%、診断別では精神遅滞(知的障害)、アルツハイマー型認知症、血管性認知症などが6%を超えて高値です。
一方、精神科の急性期病棟だけを対象とした野田寿恵氏らによる論文「隔離・身体拘束施行時間に影響する…