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飯塚 真紀子 文春オンライン
《性犯罪に厳しい米国なら終身刑も…》アメリカ人がジャニー喜多川氏の性加害事件を聞いて“耳を疑ったワケ”
「日本のジャニー喜多川氏の性的虐待スキャンダル:478人の被害者が名乗り出る、社名変更する企業は愚かだと非難されている」
アメリカの著名なエンターテインメント紙「ハリウッド・レポーター」(10月2日付)のタイトルだ。サブタイトルでは「かつて強力だった芸能事務所は社名を変更し、被害者に補償する計画を明らかにしたが、あまりにも小さくあまりにも遅い対応で“ジャニーズの芸能活動は完全に中止されるべきだ”と主張する声もある」と述べられている。
欧米メディアは被害者が“何百人もいたこと”に言及
アメリカでも多くのメディアがジャニー喜多川氏の性加害問題を報じた。報道に対し、SNSでは「全然驚かない、ハリウッドも同じだ」との声も上がっていたが、同紙は被害者の数には驚いたのだろう、478人という数をタイトルに入れ、問題の重大さを伝えている。
同紙に限らず、欧米メディアは被害者が“何百人もいたこと”に言及しているが、当然かもしれない。2017年、アメリカのエンターテインメント業界で発覚したセクハラ事件の被害者数とは桁が違う多さなのだ。その事件とは、日本はもちろん世界中で話題となった、ハリウッドの著名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが犯したセクハラ事件である。ワインスタインの被害者は約90人。その多くが駆け出しの女優やモデルだった。
アメリカでは性犯罪に対する刑期は非常に長い
そのワインスタインは、強姦、犯罪的性行為、性的虐待の容疑で起訴され、実刑判決を受けて、今、獄中で服役している。ニューヨーク州及びカリフォルニア州で起訴されたワインスタインに科された判決はそれぞれ、禁錮23年と禁錮16年。同時に服役することはできないため、ワインスタインはニューヨーク州での服役を終えた後、カリフォルニア州での服役に入ることになるが、計39年間の獄中生活は、齢70を超えている同氏の年齢を考えると生きては出所できない可能性が高い。
実際、アメリカでは性犯罪に対する刑期は非常に長く、終身刑か終身刑に等しい長い刑期が科されるケースもある。今年7月には、9歳の女児をレイプしたオハイオ州の男が終身刑の判決を受けたが、このようなケースは茶飯事だ。
10月からは、12歳未満の子供をレイプした場合、死刑が求刑される可能性がある新たな法律がフロリダ州で施行された。共和党から大統領選に出馬している同州知事ロン・デサンティス氏肝入りの法律だ。 有名な事件では、アメリカ女子体操代表のチームドクターだったラリー・ナッサーがオリンピックの金メダリストを含む数百人の選手に対し、“治療”と称して性的虐待を行い、2018年に、禁錮175年の実刑判決を言い渡されている。
日本の人権保護の遅れを問題視しているメディアも
喜多川氏が、もしアメリカで、478人の被害者たちに告訴されて有罪になった場合、終身刑に等しい実刑判決が下るのは必至だろう。しかし、彼は重罪を免れたどころか、他界した時は多くの人々がその功績を賞賛した。だからか、SNSを見ると、こんなコメントも上がっている。 「奴が生きて告発者に向き合っていないことが悲しい。悔しい」
日本の人権保護の遅れを問題視しているメディアもある。 フォックスニュースは「批評家らは、ジャニーズ事務所で起こったことは恥ずべきことであり、民主的な経済大国と言われている日本が、人権保護においていかに遅れているかを示していると述べている」とし、日本では法律的に子供に対する人権保護が強化され始めたのはごく最近のことだと以下のように指摘している。
「日本での動きは、子供に対する暴力を正式に禁止する法改正がやっと3年前に施行され、児童虐待や育児放棄の報告が蔓延している国(日本のこと)にとってはリトマス紙となるかもしれない。 日本は今年初めて性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げた」
アメリカでも被害者が少年であるケースは少なくない
比較までに、アメリカの性交同意年齢は州により異なるが、16~18歳。アメリカではリベラルなカリフォルニア州では性交同意年齢は18歳で、この年齢未満の人と性行為を行った場合、法律的に強姦罪に問われる可能性がある。喜多川氏の性加害による被害者の中には、当時18歳未満の少年もいたことを考えると、カリフォルニア州においては立派な強姦罪が成立する可能性もあったわけだ。
もっとも、性犯罪に対して厳しいアメリカでも、被害者が少年であるケースは少なくない。牧師が少年に対して性的虐待を犯すというケースも度々報じられてきた。2004年に、「米カトリック司教協議会」の下で行われた調査によると、1950年~2002年の間に、神父や助祭などカトリック教会の全聖職者の約4%にあたる4,392人が、10,667人の被害者から、未成年に対する性的虐待(セクハラ発言からレイプに至るまで、性的虐待の程度は幅広い)を理由に告訴されている。
また、米ボーイスカウト連盟の内部では、80年間にわたって、成人の男性リーダーたちがボーイスカウトの少年たちに対して性的虐待を行い、多数の訴訟が起きた。同連盟が2020年に破産後には、米連邦裁判所に9万2000件を超える性的虐待の訴状が提出された。2021年には同連盟の保険会社が、性的虐待のサバイバーのためのファンドに8億ドル支払うことに同意、2022年にも和解の一環として、ファンドに24億ドル以上を支払うことに同意している。
日本とアメリカでは“問題の発覚の仕方”が大きく異なる
しかし、今回の喜多川氏の性加害事件同様、アメリカでは、少年に対する性的虐待は昔から行われていても、被害者たちは同性男性にセクハラされるという恥辱感やホモセクシュアル視されたくないことから、長い間、声を上げてこなかった。その結果、メディアからもあまり光が当たらなかった。その意味で、日本とアメリカは同じ状況だったと言える。
もっとも、大きな違いがある。それは、問題の発覚の仕方だ。日本は一般的に外圧に弱いと言われているが、今回もご多分にもれず、英BBCのドキュメンタリー番組が報じて初めてテレビや新聞などの主要メディアは問題にメスを入れ始めた。そのことは米紙でも報じられているので、X(旧ツイッター)を見ると、以下の声が上がっている。 「日本のメディアは非常に腐っている。何十年も、性的虐待のことはわかっていたのに、海外メディアが報じて、やっと報じ始めた」
では、アメリカではどのようにセクハラの事実は発覚しているのか?
メディアと“共謀”してスクープを抹殺したワインスタイン
アメリカでも、セクハラの被害者たちがなかなか声を上げないことから、性的虐待問題はメディアでもあまり取り上げられなかったが、それを問題視したジャーナリストがいた。ウッディー・アレンとミア・ファローの息子とも言われているローナン・ファローである。
ファローは、ハリウッドでは“公然の秘密”であり、みなに見て見ぬふりをされていたワインスタインの性的虐待問題に注目、カミングアウトするのを躊躇していた性的虐待の被害者たちを説得してインタビューし、性的虐待の証拠となる録音テープを得ることに成功した。
しかし、スクープを掴んでも、メディアは冷たかった。ワインスタインは、喜多川氏のようにメディアに対する影響力があまりにも大きかったからだ。実際、ファローは当時仕事をしていた米3大ネットワークの1つNBCにスクープを持ちかけたが、スクープは抹殺された。ファローが調査取材をしていることを知ったワインスタインがNBCに圧力をかけ、両者の間で“スクープを抹殺する”という約束が交わされたからだ。NBCはまたファローに証拠の録音テープを提出するよう圧力をかけてきた。ワインスタインの方はスパイを使ってファローを監視するようにもなった。
ワインスタインとメディアの“共謀”により抹殺されたファローのスクープ。一方、喜多川氏のケースでは、メディアが芸能界で絶大な権力を持っていた喜多川氏に対して忖度していたと言われている。『週刊文春』で1999年にすでに喜多川氏のセクハラ問題が報じられていたことを考えると、日本の主要メディアは2023年に至るまでの長きにわたって忖度して沈黙、自ら、事実を抹殺してきたことになる。SNSにはこんなコメントも投稿されている。
「日本の主要メディアが沈黙する中、60年間、多くの子どもたちが構造的虐待に遭い、レイプされてきた。問題があることはわかっていたのに、誰も止めようとしなかった」 しかし、ファローのスクープはNBCでは抹殺されたものの、雑誌『ニューヨーカー』での掲載に至り、ワインスタインの性的虐待の事実は明るみに出された。身の危険を感じながらも地道に行った調査取材が実を結び、ファローは、2018年、ノンフィクション賞の最高峰「ピューリッツァー賞」を受賞する。
セクハラ問題の解決の糸口になるのは何なのか
一方、抹殺されてきた喜多川氏の性加害問題は、英BBCの調査取材により、ようやく世界に明るみに出された。BBCが報じることができた一つの理由として、喜多川氏が欧米の一般人にはほとんど知られていないという知名度の低さがあると思う。実際、性加害問題が多くのメディアで報じられた後は、17日にジャニーズ事務所が「スマイルアップ」へと社名変更したことは一部のメディアでは報じられたものの、事務所の看板が撤去された件までについては報じられていない。
欧米では喜多川氏はその程度の知名度ゆえに、ジャニーズ事務所と日本のメディアの間にあったと言われている“癒着”が生じることがなかった。何も忖度するものがなかったBBCは事実をそのまま報じることができたのだろう。
忖度するものがなければ、セクハラ問題の解決の糸口になるものは何か?
求められるのは“告発する勇気”と“報じる勇気”
ファローは「ワインスタインの性的虐待を明るみに出すことができたのは、被害者たちにカミングアウトする“勇気”があったからだ」と述べている。確かに、喜多川氏の性加害問題が発覚したのも、泣き寝入りしていた多くの被害者たちが、カミングアウトする“勇気”を呼び起こしたからだ。しかも、実名で、である。実際、実名報道については、「当社は、通常、性的暴行を受けた人々を特定しないのだが、喜多川氏のことを告発した人々はニュースで名前を公表する決意をした」とAP通信も指摘している。
日本の報道の自由度は世界的に低い。メディアにもまた、被害者たちの“勇気”に応え、権力におもねることなく、事実を伝える“勇気”が求められている。 喜多川氏の性加害問題は日本の恥を世界に晒したが、日本がそこから得た“告発する勇気”と“報じる勇気”という教訓を踏まえて、今後も起きうるセクハラ問題にどう対処するか注目したい。