“マイナンバー戦争”に惨敗して「デジタル焦土」と化すだろう。

 

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「医師も患者もマイナ保険証を必要としていない」欠陥だらけのマイナンバーシステムに拘泥する岸田政権の迷走

 

マイナンバーカードを巡る混乱は拡大するばかり(写真:イメージマート)

 

 マイナンバーを巡るトラブルは終息の兆しが見えない。「政府は欠陥だらけのマイナンバーシステムに拘泥した結果、いまや間違いを認めて引き返すことができなくなっている」とは経営コンサルタントの大前研一氏。10年以上前からシステムの欠点を指摘してきた大前氏が、この制度の本質的な問題点について解説する。

 

  【イラスト】岸田首相は間違いを認めて引き返すこともできないのだろうか

 

 * * *  マイナンバーカードを巡る混乱がますます拡大している。だが、本連載で10年前からたびたび指摘しているように、本質的な問題は20年以上も前の古い技術や仕組みで構築された住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)システムに無理やり税・所得、年金、健康保険証などを“接ぎ木”していることであり、それを政府が理解していないから泥沼に陥っているのだ。政治家も役人も、なぜこんな基本的なことがわからないのか、呆れて物も言えない。 

 

 最近はマイナンバーカードを健康保険証として使う「マイナ保険証」のトラブルが続発している。たとえば、全国健康保険協会(協会けんぽ)や健保組合などで、マイナンバーと健康保険証の紐付け作業が完了していない人が約77万人に上ることが明らかになった。

 

  岸田文雄首相はマイナンバーに関する総点検が終了する11月末をメドに紐付け作業を完了するよう指示したが、それを担当する現場の人たちは過重労働でいっそう疲弊するだろう。 

 

 一方、私の友人が通っている病院によれば、マイナ保険証だけを持参する人は1か月に1人くらいしかいないという。その病院の医師は「マイナ保険証はソフトの起動に時間がかかるし、薬の調剤日や処方内容も紙やスマホアプリのお薬手帳のほうがわかりやすくて手っ取り早い」と言っている。つまり、マイナ保険証が必要だと思っている人は、患者にも医師にもほとんどいないのである。

 

  にもかかわらず、岸田首相は来年秋の現行保険証廃止を強行する方針だ。マイナンバーカードを持たない人に発行される保険証の「資格確認書」については、当初は申請した人にだけ交付するとしていたのに、申請がなくても交付する「プッシュ型」を検討する方向に転換した。しかし、資格確認書を交付するなら、現行保険証を廃止しなければよいだけの話ではないか。

 

  このようにお粗末なマイナ保険証は、今後もトラブルが絶えないだろう。となれば、現行保険証を存続させて併用すべきであることは論を俟たない。マイナンバーカードを普及させるために保険証を“人質”として利用するのは、あまりにも姑息な政府による恫喝だ。

 

 

 そもそもマイナンバーカードは用途ごとに「利用者証明用電子証明書」など4つの暗証番号が設定されているが、そのうち3つは数字4桁で、残る1つも英数字6文字以上という単純なものである。数字4桁を同じにしている人も多いだろう。これでは情報漏洩リスクは避けられず、詐欺が横行するのは目に見えている。 

 

 すでに山ほどトラブルが起きているのに、もしこのままマイナンバーカードが広く使われるようになったら、日本は大混乱するだろう。しかし、政府は欠陥だらけのマイナンバーシステムに拘泥した結果、いまや間違いを認めて引き返すことができなくなっている。

このままでは「デジタル焦土」

 やはり本連載で何度も説明してきたように、生体認証のないマイナンバーシステムなどあり得ない。すでに同姓同名・同じ誕生日・同じ県内に住む人の紐付けミスが続出している。住民票と違う住所に住んでいる人が少なくない以上、誤登録は避けられない。日本は名前の読み方も複雑だから、生体認証がなければ個人を特定することが難しいのだ。

 

  アドハーを手がけたIT大手インフォシス元共同会長のナンダン・ニレカニ氏は国民13億人分の指紋・顔・虹彩を組み合わせた生体認証付きデータベースを3年で作り上げたから、彼に任せれば、人口1億2500万人の日本なら1年以内に完成させるだろう。

 

  そもそも、インドの生体認証、欧米や中国の顔認証などには日本のNECの技術が活用されている。“本家”の日本がそれを使わない理由がわからない。

 

  岸田首相はことごとく思いつきで政策を決め、批判されるとすぐに軌道修正する。「聞く耳」はあっても、理念も信念も定見もないのだろう。専門家の意見を辛抱強く聞く、という真摯な態度も見えない。福島第一原発処理水の海洋放出と水産業支援、ガソリン補助金など迷走のオンパレードだ。 

 

 このままだと、日本は大東亜戦争と同じく“マイナンバー戦争”に惨敗して「デジタル焦土」と化すだろう。

 

 

※週刊ポスト2023年9月29日号