デジタル庁の故意又は重過失
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2023.04.26
あなたの「マイナ保険証」から個人情報が漏れていく…これから起こりうる「ヤバすぎる事態」
荻原 博子
経済ジャーナリスト
プロフィール
実に日本人の4人に3人が取得しているマイナンバーカード。政府はこれに健康情報を紐付けた「マイナ保険証」の導入まで推進しています。
しかし数々のデメリットがあることはこれまでにお伝えしてきた通り。ここからは前編記事『2万円分の「マイナポイント」に釣られて「マイナ保険証」を作った人が抱えている「恐ろしいリスク」』に引き続き、マイナンバーカードに潜む「情報漏えいのリスク」についてレポートします。
個人の医療情報が、民間企業で使われる!?
ではマイナンバーカードを普及させて集めた情報を、政府はどのように使おうとしているのでしょうか。特にマイナ保険証が義務化されるのに伴って、医療関係者のあいだに、大きな不安が広がっています。
なぜなら、マイナ保険証で集められた情報が、医療関係者だけでなく民間企業でも使えるようになるからです。
政府は、マイナ保険証を使って診療情報や処方・調剤情報などを集約したオンライン資格確認システムを基盤として「全国医療情報プラットフォーム」を整備し、患者の医療情報を国が収集・管理できる「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」の実現を目指しています。
簡単に言えば、個人の健康に関する医療情報・データなどの記録を、患者本人や医師、薬剤師など関係者であれば誰でも利用できるようにクラウドなどを通じて一元的に管理し、さらには民間企業もその情報を使えるようにするということ。
民間企業が利用する場合には個人が特定できないよう匿名データとすることになっていますが、情報漏れが多い昨今、本当に守られるのかという不安があります。
国は、国家戦略としてPHR(Personal Health Record:生涯にわたって保持する電子カルテ)を推進するべく、図のような構想を描いていて、富士通やエーザイ、KDDIなど民間事業者15社はすでにPHRサービス事業協会(仮称)を設立し、スタートを今か今かと待ち構えています。
こうした状況に対して、2月22日、東京保険医協会に所属する医師274名が、「マイナ保険証」に対応したオンラインシステムの医療機関への導入義務化は、本来は健康保険法の改正が必要であり正規の手続き踏んでいないということで、東京地方裁判所に訴訟を起こしました。
訴えを起こした背景として最も大きいのは、患者を第一に考えた場合、医師には個人情報の秘匿義務があり、情報漏洩の恐れがある政府が推進するシステムでは、その義務が守りきれない可能性があるということです。
多くの医師が反対の声を上げていて、今後計画されている二次訴訟では原告が1074人(4月10日現在)に達しており、その規模が拡大しています。
東京保険医協会の理事であり医療法人社団いつき会ハートクリニックの佐藤一樹院長は、「医療界では、2022年だけで、少なくとも全国39施設で医療情報セキュリティ問題(情報漏洩、不正アクセス、ランサムウエア等ウイルス感染)が起きていますが、民間業者に情報を利活用されたら、さらに被害が広がるでしょう。
しかも、厚労省でも指定難病患者5640人の個人情報が流出していて、オンラインの回線を独占的に使うことになっているNTTデータは9万5000人分の情報を不正に取得する事件を起こしているのですから、大切な医療情報を国に委ねるのは、医師としては背徳行為です」と語っています。
同じく協会理事で関町内科クリニックの申偉秀院長も、「私たちだけでなく患者も不安を感じていて、現場でのアンケートでは、診療情報が流出するのが心配だという方が8割を超えています。
診療情報の民間企業との共有については拒否感が強く、やめてほしいという人が7割。マイナンバーカード持参での受診については、不安・どちらかといえば不安という人が7割を超えています」とのこと。
ネット炎上で規約を急いで改定
多くの人が危惧する中、もし個人情報が流出したら誰が責任を取るのでしょうか。
これまでデジタル庁は、マイナポータル利用規約第23条で、事故が発生しても「一切免責」としてきました。ところが、昨年末に、この利用規約を急遽改定。第24条「免責事項」で「デジタル庁の故意又は重過失によるものである場合を除き、デジタル庁は責任を負わないものとします」としました。
同時に、「通知を行うことなく、いつでも同意なしに(利用規約を)改正できる」としていた第25条の条文を、「(改正は)利用者の一般の利益に適合し、又は、変更の必要性、変更後の内容の相当性その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」と限定しました。
なぜ急に免責の条文を変えたのかといえば、河野太郎大臣が昨年10月28日の記者会見で、「一切免責というのはおかしいではないか」と記者から問い詰められ、「民間のインターネットサービスの利用規約と比べて、極めて一般的なもので特殊な要素はない」と回答。
河野太郎デジタル担当大臣[Photo by gettyimages]
「例えば、地震などの災害時に利用できなくなった場合に責任を負わないのは一般的なルールだと思うし、暗証番号を他人に教えた結果、それを悪用されるような時があってもデジタル庁は責任を負わず、自分で利用を管理して下さいということを利用規約で申し上げている」と言い放ったのです。
この発言に、ネットが炎上。「大切な個人情報を預かりながら、あまりに無責任だ」という非難が集中し、そのために規約を変えざるを得なくなったという事情なのは明らかです。
しかも、「デジタル庁の故意または重過失」というのは、誰が認定するのでしょうか。うっかりミスだったら、デジタル庁に責任はないということになるのでしょうか。
それ以前に、一度漏洩してしまった情報は、元に戻すことができません。
医師の中には、このシステムが本格的に稼働したら、患者の情報を保護するという医師の義務が守れなくなるので、医師をやめるという人まで出てきています。
政府の情報管理に対する不安感と、預けた情報がどう使われるかわからないという不信感が根強い以上、強引な閣議決定を見直す必要があるのではないでしょうか。それなのに、ろくな審議もしないまま、4月27日には数の力で衆議院を通過しそうな勢いです。
しかも、この問題は、戦後60余年かけて守り続けて来た「国民皆保険」という日本が世界に誇る制度を、内側から崩壊させる危険性をはらんでいます。
次回は、5年後に来るかもしれない「国民皆保険」の崩壊の兆しについてお伝えします。