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若者から収奪する「日本学生支援機構」 奨学金一括請求の“秘密指令書”とは
違法回収の“指令書”とみられる「法的処理実施計画」。開示請求に対して、支援機構はほぼ黒塗りで応じた。
ついに国会でも問題視された繰り上げ一括請求。これを受けてか支援機構の公式サイトに微妙な変化が。だが一方、裁判ではその問題性がなお続々と表面化しつつある。 「支払能力があるにもかかわらず割賦金の返還を著しく怠った」時にのみ認められている繰り上げ一括請求(注1)を、返済に困窮している者に対して容赦なく行なう。独立行政法人日本学生支援機構(以下、支援機構)法施行令5条5項に明白に反する違法回収を、支援機構は遅くとも2013年以降続けている。筆者は繰り返し問題を指摘してきたが一切耳を傾けることはなかった。施行令5条5項の存在や最小限の内容を公式サイトで説明することすら怠ってきた。
この公式サイトが、およそ10年の月日を経てようやく「改善」される運びとなった。3月2日の衆議院文部科学委員会で宮本岳志議員(共産)が追及した成果である(本誌3月25日号参照)。 件の公式サイトには、「督促」と題して従来こんな記載があった(https://www.jasso.go.jp/shogakukin/entai/tokusoku/index.html)。
〈(人的保証の場合)長期間延滞が続くと、次のような民事訴訟法に基づく法的措置を執ります。(1)支払督促予告……〉 〈(機関保証の場合)延滞が続いた場合、次のような督促を行うことになります。(1)一括返還請求……〉
これらの記載の後に次の一文が付け加えられることになった。 〈督促を受けても返還期限猶予等の手続きや連絡がない等により、延滞を続けている者については、独立行政法人日本学生支援機構法施行令第5条第5項に定める「支払能力があるにもかかわらず割賦金の返還を著しく怠った」と判断すること等により、一括請求します〉
一切説明がなかったころよりはましだろう。大きな前進である。だが、これでは「延滞者=支払能力あり=一括請求可能」という意味にしか読めない。支払能力を調べたうえで一括請求の可否を判断する。それが本来あるべき法令遵守の姿ではなかろうか。支援機構の法令軽視体質がよく現れた一件である。 さて、「支払能力」無視の違法な繰り上げ一括請求の被害が本人のみならず保証人にも及んでいるのではないか。そんな疑いが、ある裁判の場で浮上した。
その裁判とは「奨学金ローン」の保証人が支援機構に「過払い金」返還を求めた、いわゆる「分別の利益」(注2)訴訟である。単純保証人(連帯保証人ではない通常の保証人)の場合、ほかに連帯保証人がいれば最大で債務額の2分の1の支払い義務しか負わない。にもかかわらず支援機構は残債務全額を単純保証人に請求した。保証人は払わねばならないと誤信して言われるがままに支払った。後日、「分別の利益」のことを知り、払いすぎた金を返してほしいと訴えた。しかし支援機構は返さない――という事件だ。
この事件の本人尋問が、4月26日午後、東京地裁であり、原告の一人である男性Aさん(75歳)が証言台に立った。
年金暮らしのAさんは、1999年から2002年にかけて姪の保証人になった。そして18年10月初め、元金全額と延滞金など計約920万円の一括弁済を求める請求書を支援機構から受け取る。
Aさんの姪は高校と大学の学費として当時の日本育英会に3件780万円を借りたが、一切返済をしなかった。連帯保証人の父親も返していない。Aさんと姪一家とは没交渉で、なぜ払わなかったのか、正確な事情はわからない。
920万円の請求書の冒頭には「理事長・遠藤勝裕/顧問弁護士・熊谷信太郎」の文字があった。また、赤と黒が混じった大文字が躍るヤミ金まがいの文書も同封されていた。
〈重要/必ずお読みください!/最終通知〉
支払い期限は1カ月足らず後。この請求書を受け取った時の心境について、Aさんは法廷でこう証言した。 「どうしても払わなきゃいけないのかなと……脅し文句だなあと思いました」 請求書には「強制執行」という文句もある。放置すれば、いま住んでいる家を差し押さえられるかもしれない。そんな不安に駆られ、もはやどうにもならないとAさんは思った。そして老後の生活費として貯めていた資金を崩して一括で払う。
裁判の争点は「分別の利益」の解釈にあった。Aさんが払った920万円のうち半分が不当利得にあたるかどうか。これについては先行する札幌地裁・高裁の裁判で、弁済金のうち2分の1を超す額の返還を命じる判決が確定しており「全額弁済は有効」とする支援機構の主張が認められる余地はほとんどない。
【保証人にも「一括請求」か?】
このAさんが受け取った支援機構の請求書をよく見ると、右に述べた「分別の利益」を無視した違法回収の問題とは別に、違法な繰り上げ一括請求を疑う余地があることに気がつく。 「請求書」は3通(いずれも概数)。
① 89万円(元金61万円、延滞金28万円)
② 273万円(元金244万円、延滞金28万円)
③ 560万円(元金480万円、利息23万円、延滞金58万円)
この3件の請求のうち、分割弁済の返還期日がすべて過ぎているのは①だけだ。②と③は分割返済の期日がまだ残っている。その証拠に、それぞれ「内訳」としてこんな記載がある。 1 期日到来分 2 期日未到来分 期日未到来分の元本は、②が133万円、③が269万円、合わせてざっと400万円だ。
返還期日が来ていない「期日未到来分」を前倒しして請求する法的根拠について、請求書には何も書かれていない。施行令5条5項の「繰り上げ一括請求」だとみるのが自然だろう。そうすると、主債務者(Aさんの姪)に支払能力があることが前提となる。姪に支払能力があるとは考えにくい。つまり、支払能力を無視した違法な繰り上げ一括請求が行なわれた疑いがある。
もっとも、姪や連帯保証人が破産するなどしていれば状況は違ってくるかもしれない。しかし、Aさんへの請求にあたって支援機構は、主債務者や連帯保証人の経済状況を書面で説明していない。払わない者に対しては全額請求するのは当然だ、保証人なら全額払うのが当然だ、と言わんばかりの乱暴なやり方なのだ。
【黒塗り取り消し求め提訴】
支援機構による違法回収の内幕を知る手がかりがある。「法的処理実施計画」と題する文書だ。その内容は黒塗りによって秘密にされている。文書を開示すれば、奨学金ローンの利用者の中に、自身の所在や財産を隠す者が出てきて回収が困難になり、奨学金事業に支障が出るというのだ。
不自然な説明ではなかろうか。実はこの説明は口実にすぎず、知られると都合の悪い事実が書かれているのではないかと勘ぐりたくなる。
そこで筆者は6月7日、日本学生支援機構を相手どり、黒塗りの取り消しを求めて行政訴訟を東京地裁に起こした。8月26日10時40分から同地裁703号法廷で第1回口頭弁論が開かれる。(つづく)
(注1)分割で返還する奨学金ローンを、返還期日を待たずして前倒しして全額一括弁済を求める回収方法。日本学生支援機構は「支払能力」を調査せず、生活困窮者に対しても一括請求を乱発している(本誌2021年4月2日号など参照)。
(注2)「分別の利益」に関する民法の条文は以下の通り。 第427条 数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。 第456条 数人の保証人がある場合には、それらの保証人が各別の行為により債務を負担したときであっても、第427条の規定を適用する。(本誌2021年7月2日号など参照)。
(三宅勝久・ジャーナリスト、2022年7月1日号)