◆ 高校政経教科書、安倍氏らの攻撃にめげず自衛隊違憲論明記
武器禁輸三原則空洞化や改憲への反対意見、載せない出版社も (マスコミ市民)
永野 厚男(教育ジャーナリスト)
書きぶりはやや慎重だが、「憲法改正国民投票の投票用紙」
まで載せてしまった、第一学習社の政治・経済教科書
文部科学省が「大綱的基準として法的拘束力あり」と主張する学習指導要領の、2018年3月の改訂(高校)を受け、今年3月同省の検定に合格し、23年4月から使用開始の政治・経済(高学年選択科目)の教科書は、5社6種ある。
安倍晋三元首相や下村博文(しもむらはくぶん)元文科相らが自衛隊違憲論を敵視する発言を繰り返す中、教育基本法第14条2項の「政治的中立性」に則り、自衛隊の合憲論だけでなく違憲論もしっかりと併記する出版社がある(傍線部参照)。だが政府広報誌のようなものもある。
本稿では紙幅の関係で、自衛隊・日米安保条約等の記述に絞り(非核三原則・PKO・沖縄米軍基地問題は割愛)、実教出版の『詳述政治・経済』(同社は同一科目で難易度が異なる『最新政治・経済』も発行。だが、今回は取り上げない)の内容を詳しく紹介し、清水書院・第一学習社は際立った箇所に絞り分析する(東京書籍と数研出版は次号以降に回す)。
◆ 実教出版は自衛隊イラク派遣違憲訴訟・名古屋高裁判例を掲載
実教出版はまず憲法の平和主義について、「1 日本国憲法の成立」の項で、「過去の侵略戦争の反省の上に立って、日本国憲法は恒久平和主義を採用した。第9条は戦争の放棄・戦力の不保持と国の交戦権の否認を定め、前文で全世界の国民の平和的生存権を保障している」旨、記述。
この後、「2 平和主義」の項で、日本が「アジア太平洋戦争でアジアの人々にきわめて大きな犠牲を強いた。国民も原爆を投下されるなど、大変悲惨な体験をした・・・厳しい反省のうえに立って・・・徹底した平和主義を採用した」と記し、前文の「政府の行為により再び戦争の惨禍を繰り返さないこと」や平和的生存権、9条を再度明記している。
続けて1950年の朝鮮戦争勃発を機に、「警察予備隊→ 52」年保安隊→54年にMSA協定締結と自衛隊発足」となり、その後、自衛隊は「世界有数の規模に増強されている」と記述後、「自衛隊の創設は、憲法違反ではないかという激しい議論を巻き起こした。これに対し政府は自衛隊は『自衛のための必要最小限度の実力』であって、第9条で禁じられている『戦力』ではないという見解をとってきた。自衛隊をめぐるこのような議論は、裁判所にももち込まれた」と、違憲論と合憲論を併記している。また、「コスタリカ憲法は常備軍の廃止を定めており、注目されている」との脚注を載せている。
軍事費(防衛費)については、50年度から20年度の5・31兆円へと膨れ上がっていく事実を折れ線グラフで明示し、日本が世界8位になった事実も棒グラフで示している。ただ日本の軍事費は、後年度負担を入れたりいわゆるNATO方式で計算したりすれば、本当はもっと高額になってしまっている事実は書いていない(この点は他社も同)。
「日米安保体制」とその「変容」の小見出しにおいては、①60 年安保条約改定時の「激しい反対運動の展開」と日米地位協定の不平等性、②78年ガイドライン以降、「日米の共同作戦研究・共同演習実施、思いやり予算」、③96年日米安保共同宣言での「アジア太平洋地域での日米防衛協力強化への再定義」、④99年周辺事態法での「自衛隊の米軍後方支援」、⑤15年ガイドライン再改定を受け「周辺事態という地理的限定を外した重要影響事態法制定」で「後方支援として新たに武器・弾薬の提供や兵士輸送が可能になった」等を記述。
その際、③④については「このような防衛協力の拡大は、憲法違反であるとの批判もあった」、⑤には「海外で米軍支援をおこなう自衛隊が、戦闘にまきこまれる危険性がさらに高まったとの批判もある」と的確に説明している。 「戦地への自衛隊海外派遣」の小見出しにおいては、①テロ対策特別措置法=米同時多発テロ事件のテロリストの拠点・アフガニスタンを攻撃する米軍等艦船への海上給油を、②イラク復興支援特別措置法=主要な戦闘終結後も武力衝突が続くイラクに――と、〝非戦闘地域〟としつつ、戦地への派兵である事実を明記した。
その上で、これら時限立法を恒久法にした15年の国際平和支援法について「戦闘地域であっても『現に戦闘がおこなわれている現場』でなければ自衛隊の活動を認めたため、戦況の変化により、現場の判断で武器使用をおこなう危険性が高まったとの批判もある」と明記。
そして、46年吉田首相答弁から、集団的自衛権での武力行使を可能にする14年安倍内閣閣議決定までの、「憲法第9条と自衛権に関する政府解釈の推移」を掲げた後、「全国で訴訟が提起された、自衛隊イラク派遣違憲訴訟」から、08年名古屋高裁の判例を、次の通り紹介している。
「イラクの戦闘状況や、自衛隊の活動の実態を詳しく認定したうえで、航空自衛隊による米兵などの空輸活動は、第9条の禁止する『武力の行使』に当たると判断した。ただし、原告らの損害賠償と差し止めの請求は退けた」。
続く「戦後の安全保障政策の転換」の小見出しでは、前記・集団的自衛権行使を限定的に容認する閣議決定、安全保障関連法の内容、自衛権行使の三要件を詳述し、「自衛隊の活動の拡大により組織の変容も進んでおり、憲法の平和主義は大きな転換点に立たされている」と記述している。
最後の「平和主義と日本の役割」の小見出しにおいては、次の3点の大切さや責任を明記。
①「平和国家」としての国際的評価を築き上げてきた先人の努力を引き継ぎ、将来の世代につないでいく、②武力による威嚇や武力行使に安易に訴える国々に対して、政府は憲法の理念である「武力によらない平和」の立場から、粘り強く外交努力をしていく、③唯一の被爆国として核兵器全面禁止に向け各国政府と国際社会に働きかけていく。
そして、「安全保障には軍事力以外にどのような政策があるか、100字程度でまとめてみよう」という問いで、締め括っている。筆者としては〝国家安全保障〟ではなく、軍事力に依らない「人間の安全保障」(実教出版『詳述政治・経済』は後の方の「国際連合と国際協力」の項で言及している)の重要性に気付く生徒が多く出てくることを期待する。
なお03年6月の有事関連3法等、いわゆる有事法制については「有事の際、自衛隊の活動を円滑化し、国民の協力を確保するためのものであるが、広く人権が制約される危険があるため、制度化には強い批判が出されてきた」と記述。憲法改〝正〟については、1頁分を使っているが、比較的慎重な記述をしている(この点は後掲の清水書院も同様)。ただ、武器禁輸三原則の意義と安倍政権による空洞化の危険性に言及していないのは残念だ。
◆ 清水書院はハーグ市民平和会議の「各国は憲法9条を見習って」を紹介
清水書院は「7 平和主義と安全保障」の項で最初に、第9条の発案者の一人とされる幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)国務大臣の「・・・武力制裁ヲ合理化、合法化セムトスルガ如(ごと)キハ、過去ニ於(お)ケル幾多(いくた)ノ失敗ヲ繰返ス所以(ゆえん)デアリマシテ、最早(もはや)我ガ国ノ学ブベキコトデハアリマセヌ」等の46年8月貴族院本会議発言を載せ、憲法前文の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起おこることのないやうにする」と平和的生存権につなげている。
そして第9条を引き、「世界の憲法史に前例を見ない画期的な意義をもつ平和憲法といわれている」と記述後、第一次世界大戦後の不戦条約(ケロッグ‐ブリアン条約)に比し、「戦争の違法化を一歩押し進めた点で先駆的なものであった」と記している。
また、憲法の平和主義の意義に関連し、「99年ハーグ市民平和会議で『日本の憲法第9条をみならい、各国議会は自国政府に戦争をさせない決議をすべきである』とする文書が採択された。世界のNGOに憲法第9条の価値が認識された意味は大きい」と明記している。
「日本の安全保障政策の原則」の小見出しにおいては、78年ガイドライン以降、「日米安保体制の強化と自衛隊の増強がおこなわれたことは、憲法の平和主義に反するのではないかという批判がある。これに対して政府は、憲法上または政策上の『歯止め』として、次のような安全保障政策の原則を表明してきた」と、記述。その〝歯止め〟政策として、「個別的自衛権行使に基づく専守防衛」の基本方針の下、自衛隊海外派兵禁止等と並べ、「武器輸出三原則」を明記した。
この後、83年の対米武器技術供与の例外化に言及。87年の「防衛費GNP比1%枠突破」等と共に、「従来の安全保障政策が80年代には大きく変更」「自衛隊はアジアで突出した『自衛力』をもつに至った」と記述している。
また、テロ対策特措法に基づく海自艦船のインド洋派遣について「戦闘地域に隣接する他国の領域内での自衛隊の支援活動は、相手側からは広い意味での武力行使と一体であると見なされる可能性が高く、戦力不保持と交戦権の否認を規定した憲法第9条に抵触する、との批判がなされた」と、違憲だという批判意見の存在を明記している。
更に、安倍政権が武器禁輸(輸出)三原則を「武器輸出を可能にする防衛装備移転三原則」に改悪した事実や安保法成立等の「変化」に対し、「時局にあったものだとして賛成する声もあれば、日本国憲法の平和主義の原則やこれまでの日本の安全保障政策の原則に反すると批判する声もある」と、両論併記している。
なお、60年の「安保闘争・国会を取り囲んだデモ隊」の白黒写真も掲載している。
◆ 憲法改〝正〟に計2頁分も使う第一学習社
政治経済の教科書は「第1編 日本の政治と経済」と「第2編 国際社会」という、大きく2つの柱で構成する出版社が大多数。「憲法の平和主義・第9条」と自衛隊等については、第1編で詳述する出版社が多い。だが第一学習社だけ、「平和主義」は第1編では僅か1~2行触れるだけで、第9条の内容等はずっと後の第2編・第2節「国際平和と人類の福祉に寄与する日本の役割」に回している(一方、第1編で「憲法改正手続き」「憲法改正と国民投票のしくみ」「憲法改正の国民投票の意義」等を含む「憲法改正」に計2頁分も使い「国民投票の投票用紙」の画像まで載せた)。
その第2節は最初に「ソマリア沖で貨物船を警護する自衛隊の護衛艦(09年)」「道路整備のためにごみ拾いをおこなう自衛隊員(南スーダン)」の2枚のカラー写真を載せ、「CHECK 国際平和を実現するために、どのような国際貢献が考えられるのだろうか」と問いかける。主任務が武器使用する危険性の高い〝駆け付け警護〟だった、戦地の南スーダンへの派兵隊員について、にこやかな作り笑顔を見せるごみ拾いの写真を載せるのは、真実を隠す悪質な編集方針だと言わざるを得ない。
一方、「1 日本の安全保障と国際貢献」という項で始まる本文は、憲法前文の「政府の行為によつて・・・」は載せているものの、実教出版や清水書院のような「過去の侵略戦争の反省の上に、憲法9条ができた」という記述は一切ない。そもそも「日本の安全保障と国際貢献」という項目立て自体、「戦争放棄」となっている平和憲法の第二章を「安全保障」なる文言に変えようとする、自民党の改憲草案に似た表現だ。
この第一学習社は9条について、「解釈改憲」という項を設け「自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上問題ない」と、政府見解の〝合憲〟論だけを記述。加えて「現在は14年閣議決定の『武力行使の新三要件』にそった集団的自衛権の限定的行使が容認されている」と明記。集団的自衛権行使ですら、自衛隊違憲論を一切書かないのは偏っている。
この後は「武器の輸出については、従来の武器輸出三原則に代わる原則として、14年に防衛装備移転三原則が閣議決定された。これにより、武器の輸出が原則禁止から原則容認されることとなった」と、政府や保守政党の言い分通りの記述(詳細な側注まで掲載)。日本の平和ブランドであった武器禁輸(輸出)三原則を安倍政権が空洞化し、日本を死の商人に貶おとし めてしまった政策への批判を全く書かないのは、ロシアと同じ全体主義国の教科書のようだ。
ただ、15年の安全保障関連法については「制定に際しては、憲法違反であるとして反対運動も起きた」と唯一、違憲論を載せている。但し国会前デモ等の写真掲載はない。
※ 永野厚男から皆様に、追加情報
冒頭の画像は、23年4月から使用開始の第一学習社政治・経済教科書の49頁。「憲法改正国民投票の投票用紙」まで載せてしまったこの上段部分は慎重な書きぶりだ。しかし、中段では世論調査で「9条改悪には反対が多い事実」を隠し、「新しい権利」の加憲を宣伝。下段では改憲は自民等の右翼議員が数の力で発議してくるのが事実なのに、自民がキャッチフレーズにしている「憲法改正決めるのは国民」的なイメージを宣伝している。なお、原文はカラー印刷である。
『マスコミ市民』(2022年6月号)