=たんぽぽ舎です。【TMM:No4485】「メディア改革」連載第98回=
◆ 誤振込返金拒む男性の逮捕・実名報道は必要か
浅野健一(アカデミックジャーナリスト)
◎民放テレビ各局は連日、山口県阿武町が8日に4630万円のコロナ給付金を誤って個人に振り込み回収できなくなっている問題を大きく報道してきたが、山口県警は振り込みを受けた24歳の男性を電子計算機使用詐欺の疑いで5月18日夜、逮捕した。
県警は20日、山口南署に留置されていた男性を山口地検に送致した。最近、警察はキシャクラブに対し、被疑者の顔を送検時に撮らせるよう仕組んでいるが、さすがに、この事件では、移送の車両の窓をカーテンで閉めて、撮影させなかった。メディアの取材報道は異常だ。
共同通信(電子版)は<送検のため山口南署を出る□□○○容疑者を乗せた車=20日午前8時25分>(記事では実名)という説明を付けて写真をアップした。
https://nordot.app/900173733532532736?c=39546741839462401
共同通信の記事は、<容疑者(24)が総額の約8割を特定の決済代行会社に送金したことが代理人弁護士への取材で分かった。県警によると「オンラインカジノに使った」と供述している>と書いている。
◆ 阿武町職員の誤送金、確認ミスが被疑事件を誘発
◎テレビが大騒ぎを始めたのは、誤送金から約1カ月経った5月12日、町が「不当利得の返還」を求めて男性を提訴。誤振込み分に加え、弁護士費用や諸経費を含んだ約5116万円の支払いを求めてからだ。
民放の情報番組は20日には、県警の捜査員が車2台で男性の住宅を捜索していると生中継した。男性に非はあるが、男性への送金手続きの際、給付対象者全員分の振込用紙を銀行に出した町職員と、チェックを怠った上司が一番悪い。
職員がすぐに気付き、銀行に連絡し、男性の口座を凍結すれば終わっていた。花田憲彦町長は被害者面で何度も会見を開き、「真実が知りたい」と叫んでいるが、町職員による誤送金の真実をまず調査すべきではないか。
◎キシャクラブメディアが煽って、警察が動いた。男性には弁護士が付き、任意の聴取にも応じてきたのだから、逮捕までする必要性があったとは思えない。
中村格警察庁長官は警視庁刑事部長だった15年、伊藤詩織氏が準強かんで告訴した山口敬之・TBSワシントン支局長(当時)の逮捕状執行を直前に止めている。
中村氏は「週刊新潮」に「逮捕は必要ないと私が判断した」と明言。松本純国家公安委員長(当時)は国会で「証拠隠滅、逃亡の恐れがない場合、逮捕は不要」と答弁した。
ならば、山口の男性の行為は法違反の疑いがあるにしても、手錠をかけて拘束する必要があるのか。
◎報道各社は18日の逮捕を受けて、それまで仮名にしてきた男性の実名を報じた。
しかし、県警は男性の実名を出さず「男」と仮名にしている。
警察の逮捕で、報道各社は仮名にしてきた男性の氏名、年齢、職業(無職)などを詳しく報道。テレビは、年齢、職業(無職)なども詳しく報道。高校の卒業アルバムを接写した写真やスナップ写真などの顔写真も報じた。いつものことだが、写真の出所は明らかにしていない。
一部テレビは逮捕前から男性の自宅の映像も流していたが、逮捕後は、一斉に鮮明な映像で放送した。男性の母親に突撃取材し、母親がノーコメントだったという報道もあった。
各局は男性を晒し者にして、小学校のアルバムで「地球最後の日が来たら」に「持ち金をつかいはたす」と自筆で書いた文章まで画面に出して、あげつらった。
◆ 「税金」使途を監視なら自公政治家の疑獄解明を
◎男性の実名、顔が晒されているのに、男性の逮捕状を発付した裁判官、逮捕した警察官、取り調べを担当している検事、記事を書いている記者の氏名、役職は報道されない。男性代理人弁護士の氏名も報道されない。
5月16日にテレビは、前日の琉球(沖縄)の日本復帰50年式典に関する特集がなかった。
警察も動いているのだから、テレビで法律家、IT専門家があれこれ言う必要はない。騒動の原因を作った町職員は新人職員らしいが、生きた心地がしないだろう。
男性が受け取った金が税金だという批判だが、河井元法相夫妻への1億5千万円事件、安倍晋三元首相による「桜を見る会」の私物化では、秘書一人が罰金刑を受けただけで誰も逮捕されていない。
世の中にはもっと悪い犯罪がいっぱいある。
関西電力の元役員ら計83人が総額約3億7千万円相当の金品を受領していたことが2019年に発覚したが、一人も逮捕・起訴されていない。
https://www.asahi.com/articles/ASPC955CLPC9PTIL01Q.html
◆ 誤送金騒ぎの中、侮辱罪厳罰化法案が衆院委を通過
◎ 報道界が私人の公金使い込みの“調査報道”に集中する中、自・公野合政権は5月18日、衆議院法務委員会で侮辱罪厳罰化法案が可決された。
この法案審議はテレビでの中継もなく、古川禎久法相の不誠実な答弁は問題にならなかった。
https://www.asahi.com/articles/ASQ5L52W9Q5LUTIL01G.html
24歳の男性の不適切な行為を非難する一方で、壊憲、軍拡、原発再稼働などの悪政を監視せず、「表現の自由」を不当に制約する法案が社会的議論もなく成立しようとしている。