《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
◆ 「オリパラ教育」があぶり出した学校教育の現状と課題とこれから
宮澤弘道(みやざわひろみち 東京都公立小学校教員・道徳の教科化を考える会代表)
狂騒曲ともいえるオリンピック・パラリンピックもやっと終わりました。石原都政からの悲願でもあった2度目の東京五輪。あの宴は一体学校教育に何を残したのでしょうか。ここでは学校現場からの視点でオリパラを総括していきたいと思います。
◆ 振り回された学校現場
皆さんも報道等でご存じの通り、東京でのオリパラは招致段階から様々な闇がありましたが、学校教育においても最初に立候補を表明した2004年からの17年間は本当にオリパラに振り回され続けました。
ある日突然届いた招致グッズの数々。多くの学校では招致旗やポスターを校内に掲示したり、ミニ招致旗を各教室に設置したりすることを強制されもしました。そして2016年オリンピックの落選。
やれやれと思ったのもつかの間、すぐに2020年招致に向けた動きが始まり、オリパラを教育課程に組み入れるための教育課程の再編成。
オリパラ予算を使っての関連備品購入計画の作成・購入・活用や研修会。
そして1回10万円の予算を使用してのオリパラアスリートの学校招待…。
他にも様々な業務が増えていきました。
各学校、各教員のオリパラへの温度差はあったものの、少なくとも単純に業務が上積みされたことは間違いありません。
そんな中、起こってしまった新型コロナウイルス騒動。しかし2020年度はオリパラ実施を前提とした教育課程を組み、大会に向けて突き進んでいきました。
そして突然の1年延期宣言。市民の安全を無視した決定には怒りしかありませんが、ここで学校は2020年度のオリパラ教育の舵を大きく切らざるを得なくなり、年度途中での教育課程の再編成は学校に大きな負担となりました。
◆ 子ども不在の観戦プログラム
ここからの騒動については皆さんも報道によりよくご存じとは思いますので経緯の説明はしませんが、この騒動から教育現場が抱えるいくつかの問題点が浮き彫りになりました。
①右へ倣えの教育行政
観戦中止を宣言する自治体が出始めると、その動きは東京都全域に広がっていきました。そのこと自体は評価できるのですが、問題は広がり方です。
時系列で中止宣言した自治体を見ていくと分かるのですが、第五弾で中止宣言したいくつかの自治体を中心に、まるでコロナ感染のように徐々に中止は周辺自治体へと広がっていきました。
要は、判断基準は子どもや教職員の安全ではなく、「隣はどうしたか」だったのです。これは観戦プログラムに限らず、今の教育行政の特徴とも言えるでしょう。
②朝令暮改の学校現場
また、学校現場も実施→規模縮小→中止→実施→中止…と、日々方針の変わる教育行政に振り回され続けました。
本来教育課程編成権は学校にあるものですから、学校現場は周りに振り回されず、目の前の子どもたちを見て毅然とした判断をすべきだったでしょうし、法的にもそれで瑕疵は何もありません。しかし現実は、そうではありませんでした。
常に上を見ながら口を開けて指示を待つ姿も、オリパラに限らず今の学校の抱える課題と言えるでしよう。
③機能不全の教育委員会
この最たる例が東京都教育委員4人の反対を無視したパラ観戦の強行でしょう。
教育委員会とは戦前戦中の反省のもと作られた、きわめて独立性の高い組織制度です。しかし観戦を強行したい一部の権力者のために、その意見を「本件は報告事項であり教育委員の意見は参考に過ぎない」と言い放った都の姿勢には驚きを隠せません。
これが許されるのであれば、反対が予想される議題はすべて協議事項から報告事項にしてしまえばよい、ということになるのではないでしょうか。
大阪の教育行政もそうですが、今、教育委員会は政治介入に対して抗えなくなってきています。この点は最も大きな課題でしょう。
◆ 「共生」できないオリパラ教育
次に、この間現場で行われてきたオリパラ教育(特にパラ教育)の問題点について触れていきたいと思います。
①社会モデルと医療モデル
まずは、障害者権利条約の考えの基本となる「社会モデル」の障害者観について説明したいと思います。
例えば今、車いすに乗った障害者が2階に上がろうとしているとします。そこにエレベーターがなく、積極的に補助してくれる人もいなければ、その人はその時点で自由に2階に上がることができなくなり、足の障害者になってしまいます。
しかしエレベーターが設置されていたり、当事者が頼まなくとも積極的に声をかけてくれる人が存在したりする社会であれば、その当事者は不自由なく2階に上がることができ、その時点で足の障害者ではなくなります。
要は障害者とは「社会」がっくり出した概念であり、社会が成熟すれば障害者はこの世からいなくなるんだ、というのが「社会モデル」の考え方です。
逆に障害を医学的に見て自己責任にしてしまうのが「医療モデル」の考え方であり、大変古い価値観であると言えます。
では、パラ教育において障害者とはどのような人でしょうか。
実は「医療モデル」そのものと言っていい捉えでの教育を学校では行っています。
なぜでしょうか。それは障害者として登場する人がパラリンピアンだからです。
学校教育においては特に道徳の時間にパラリンピアンを取り上げますが、そこに出てくる障害者は皆、「特別な」障害者です。
もちろんパラリンピアンを否定するわけではありません。しかし、「自分の努力で」「居場所を勝ち取り」「社会に感謝する」障害者が障害者のすべてでしょうか?
障害者でも努力する人はしますし、努力が苦手な人もいます。優しい人もいれば不寛容な人もいます。要は、健常者と何ら変わらないのです。
しかしパラ教育を進めれば進めるほど、そこにはある障害者像が浮かび上がってきます。それは、
(1) 「いい人」、
(2) 「(卑屈なまでに)感謝できる人」、
(3) 「自分の力(努力)で障壁を乗り越えた人」です。
子どもたちは障害者というとこのような人を想像してしまいかねないのです。
それは道徳に限らず、例えば学校に訪問するパラリンピアンからも見て取れます。
皆さん「自分は不幸だと思った。でもパラスポーツに出会い、努力を重ね、皆の協力もあって前向きになれた」というような話をしてくれます。
もちろんこれ自体はその人の生き方であり人生であり、素晴らしい話だと思います。ただ、ここまで「輝く」障害者を見せれば見せるほど、子どもたちは障害者を誤解します。
少しでも努力や感謝が感じられないと、輝く障害者ばかり見てきた子どもたちはその障害者に対してどんな気持ちを持つでしょうか。
そもそも不利な立場、不利益ばかり被ることの多い障害者が努力をあきらめることは十分考えられるでしょうし、社会に対する怒りがあっても不思議ではありません。しかしそれは社会の側の責任なのです。そして何度も言いますが、障害の有無と人格は別物です。
パラ教育がより不寛容な社会をつくり出してしまうことを大変危惧しています。
②子どもたちの可能性
悪い話ばかりでは読者の皆さんの心も暗くなってしまうでしょうから、ここで1つ、子どもの反応を紹介したいと思います。
オリパラの歴史について触れた授業をしていた時のことです。ある子どもが私に対してこう発言しました。「どうしてオリパラを分けるの?オリンピックに性別や体重別とかあるんだから、その中に障害別もいれればいいじゃん。大会を分けていることが差別だと思う」と。
その発言には多くの子どもが賛同し、どうすれば一緒にできるのか議論していました。もちろん成り立ちが違うため、一緒にすることは難しいですが、子どもの方がそんなつまらない前提を乗り越えて、素晴らしい解を示してくれるのです。
だからこそ、障害者とはこう、オリパラとはこう、という「洗脳教育」ではなく、子どもたち自身が体験し考える、そんな場をたくさん用意することが教育現場の役割と言えるでしょう。
以上、オリパラ教育について学校現場の視点から論じてきましたが、大切なのはこれからだと思っています。
単に「スポーツの力」ましてや「コロナを乗り越えた」で終わらせるのではなく、この間見えてきた様々な課題(コロナ禍での強行、資本主義の暴走等)も教材化し、子どもたちが様々な視点で学べる教材を開発していくことこそ、教育現場が今やらねばならないことでしょう。
読者の皆さんも「ああ終わった」で終わらせず、この経験を一緒に次に繋げていけたらと思います。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 140号』(2021.10)