《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
◆ 政治が歴史用語を決める!
~さらに踏み込んだ「政治介入」が行われている
鈴木敏夫(すずきとしお・教科書全国ネット21代表委員・事務局長)
◆ 山川中学歴史記述などに対する攻撃
(1)文科大臣の「訂正勧告」発動を要求
昨年12月18日に、「つくる会」などは、山川出版『中学歴史 日本と世界』の側注の記述「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」に対して、再三にわたり文科大臣に対して、山川出版に「訂正申請」を求める「勧告」を出すよう申し入れをおこなった。
この「従軍慰安婦」の用語は、「強制連行というイメージと深く結びついて使われるようになった」などを理由としていた。
文科省と都合3回のやりとりをしたが、文科省は拒否回答を繰り返した。
(2)攻撃のあらたな局面
1)「検定基準」での攻撃
「つくる会」の主張は、政権中枢の方針変更で浮上する。3月22日の参議院文教科学委員会で、自民党の有村治子議員は、政府として、「従軍慰安婦」と「慰安婦」の違いなどの政府の統一見解をもとめた。これに萩生田文科大臣は、自らが関わった2014年の教科書検定基準・政府見解条項(※)を持ち出し、政府の統一的な見解がまとまれば、「その内容に基づいて適切に検定を行っていくこととなります」と応じた。
※2014年「新検定基準」から
「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解〈引用者注:政府見解条項〉又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」
2)日本維新の会の参人と答弁書
政府見解は、政府答弁書として立ち現れる。日本維新の会の幹事長馬場信幸衆議院議員は、「従軍慰安婦」や「強制連行」などに閲する質問主意書を4月16日に提出し、以下のような内閣の答弁書(4月27日)が直ちに出された。
以下の答弁書は閣議決定された政府見解である。
①「従軍慰安婦」の用語は、当時使われていなかった。また、いわゆる吉田清治証言を大新聞が報道したことにより、「従軍慰安婦」という用語を用いることは(引用者:「軍より『強制連行』された」という)「誤解」を招く恐れがある。「いわゆる従軍慰安婦」、「従軍」と「慰安婦」の組み合わせも問題で今後は、単に「慰安婦」が適切である。
②朝鮮半島から日本への戦時労働は「募集」、「官斡旋」など様々な経緯があり、「朝鮮半島出身の労働者の移入」は「強制連行」または「連行」ではなく「徴用」を用いることが「適切」である。
3)問題をあげたらきりがない「答弁書」
これまで、論破されている理由のオンパレードで、何ら新しい知見はない。幾つか挙げると
● 「従軍慰安婦」に関して
閣議決定の答弁書で、歴史用語を政府見解として決定し、他の用語で記述することを禁止することは、前代未聞であり、憲法の保障する言論、学問・研究の自由に反することである。
「従軍慰安婦」という用語については、テレビや新聞等をつうじて広く日本社会に浸透した用語であり、教科書で使用することも、ありうることである。
河野談話は、吉田清治証言に基づいていないことは、菅義偉首相(当時、官房長宮)も「ええ、そこは認めています」(2014年10月21目参議院内閣委員会)としている。吉田清治証言の否定をもって、慰安婦に対する強制が否定されたとする根拠にはならない。
● 強制連行について
①在外被爆者の援護法適用問題での最高裁判決(2007年11月1日第1小法廷)では、「国民徴用令に基づく徴用令書の交付を受け徴用され」、「朝鮮半島から広島市に強制連行され」とあり、国民徴用令に基づく徴用は、「強制連行」としている。
②台湾は、日本本土と同時期だが、朝鮮では戦争末期の1944年からが徴用令による動員である。それ以前からの朝鮮総督府の行政機関も協力した募集や官斡旋は強制連行と文部省も答弁(1997年3月12日参議院予算委員会)している。植民地ではなかった中国は、徴用令は関係せず、戦時労働動員は強制連行に外ならない。
◆ 菅政権の教育政策の発動
(1)教科書会社の「訂正申請」を求める
日本維新の会藤田文武議員による質問で、教科書記述訂正への動きが加速した。
菅首相「『従軍慰安婦』という表現を教科書から排除することについて、政府見解による検定基準で文部科学省が適切に対応すると承知している」(5月10日、衆院予算委員会)。
萩生田文科大臣「今後そういった表現(従軍慰安婦)は不適切ということになります」「発行済み教科書への対応」については「発行会社が訂正を検討する。基準に則した記述になるよう適切に対応したい」(5月12日の衆院文部科学委員会)。
文科省は、たたみかけるように中学社会、高校の地理歴史、公民科の教科書を発行する15社の編集担当役員を対象に「臨時説明会」をWEBで5月に行った。
吉川元衆議院議員(立憲民主党)によるこの会議についてのヒアリングや新聞報道によれば、「主なスケジュール」との文書を示し「6月末まで(必要に応じ)訂正申請」「7月頃、教科用図書検定調査審議会」「8月頃、訂正申請承認」と日程を示した。
「申請をしなければ訂正勧告をだすのか」との質問に、文科省は「『勧告の可能性はある』と答えたという」
「今月中に申請を、と暗に促された形だ」(朝日)。「これで訂正しない会社はないと感じた」(「神奈川新聞」)。
日本会議系などの団体は、「従軍慰安婦」「強制連行」などの記述がある歴史総合の教科書の採択をしないよう神奈川県教委にもとめた(5月27日、継続審議)。
埼玉県では、校長の要請で教科が選定した「歴史総合」を変更した複数の例が起きている。
千葉県では、自民党県議が「従軍慰安婦記述」「強制連行」の記述のある県立、私立で採択している校数をあげさせ、教育委員会による「指導」を求めている。
検定を通った実教出版「日本史教科書」への採択妨害(※)の再燃は許してはならない。
※実教出版の高校日本史教科書の「国旗、国歌」記述の「側注」(一部の自治体で公務員への強制の動きがある)を問題にし、2012年度に東京都と横浜市で始まった同教書採択排除の動き。翌年には、神奈川県・大阪府・埼玉県へと拡大した
(2)菅内閣の歴史修正主義の明確化…河野談話の空洞化を狙う
萩生田文科大臣が、一転して「政府見解条項」を使っての教科書記述変更を「指南した」のは、彼らの元々の体質もさることながら、教科書問題でも安倍内閣を引き継いでいることを示した菅内閣の方針転換が背景にある。
改憲に力を入れ、LGBT関連法案や選択的夫婦別姓問題見送りなど、「つくる会」はともかく、「日本会議」などの取り込みと同じ狙いである。
また主として韓国との対立している問題であることも背景にある。
菅内閣は、河野談話を引き継ぐことを初めて表明しながら、用語使用の否定を通じて、河野談話の空洞化を狙っている。
◆ 権力が歴史用語まで介入
中学校歴史教科書にとどまらず、現在使われている高校地歴・公民の教科書や、採択中の高校歴史総合の教科書、検定進行中の「日本史探究」「世界史探究」も含めた攻撃の広がりである。
1990年代には、「従軍慰安婦」などの記述に、文部大臣が訂正申請勧告を出すように、議会請願を通じて、圧力をかけ、2000年代には、教科書採択は教育委員会権限との文部大臣答弁を引き出し、教育委員に働きかける「つくる会」、日本会議、自民党支部などの政治的な運動があった。
今回の事態は、それらと様相が違っている。
2014年の新検定基準の導入で、直後から領土問題で政府見解を書かせる、南京事件などの犠牲者数は「不明」などと書かせることが常態化してきた。
それをさらに権力が歴史用語まで決める、直接の介入である。
教科書記述の変更にとどまらない国民の歴史認識に対する変更要求である、
思えば、2014年から教科書攻撃は道徳の教科化と歩調を合わせた、新たな段階に入っていたかも知れない。
いずれにせよ、広範な市民、研究者・団体、教職員などとともに反撃することが求められている。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 89号』(2021.8)