《月刊救援から》 =人権とメディア=
◆ 警察が五輪反対市民を逮捕
メディアが実名報道の大問題
浅野健一(ジャーナリスト)
私が共同通信の入社5年目の記者だった1976年、日本弁護士会の『人権と報道』(日本評論社)が刊行された。日弁連は、犯罪報道で被疑者を匿名で報道すべきだと提唱した。
警察が被疑者を逮捕したと記者クラブで広報すると、実名、住所などを書くことに疑問を持っていた私は、同書を教科書にして、事件報道で被疑者・被告人の匿名原則(公人の職務上の嫌疑は顕名)を実践している北欧で調査し、1984年に『犯罪報道の犯罪』(学陽書房)を出版した。
あれから37年経ったが、日本では江戸時代の瓦版から続く、「お上」(官憲)に依拠して、捜査情報を垂れ流す実名・犯人視報道は変わっていない。
テレビ・ネットで、被疑者の実名、顔写真が流れ、被疑者に晒し刑を加えるなど、さらに野蛮化している。
ところが、実名報道を支持する弁護士が増えている。
菅義偉政権はコロナ禍で、国際オリンピック委員会(IOC)主催の五輪を強行。
開催に抗議した市民が相次いで逮捕され、報道各社は警察の広報垂れ流し、私刑を科している。
7月以降の共同通信の記事を見てみよう。
7月4日、〈茨城県内で始まった東京五輪の聖火リレーで、ランナーに「オリンピック反対」などと言いながら水鉄砲で液体をかけたとして、水戸署は、威力業務妨害の疑いで、日立市◇◇町●丁目、無職○○容疑(53)を現行犯逮捕した〉(○○などは記事では実名、数字)という記事が配信された。
記事の最後に〈【編注】○○容疑者の住所は日立市◇◇町●の◇の■〉とあった。【編注】は共同通信に加盟するメディアの報道担当者へ連絡事項。被疑者の地番までの住所が晒されている。
16日には、〈東京都武蔵野市で東京五輪の聖火リレー点火セレモニーを妨害するために爆竹を破裂させたとして、警視庁武蔵野署は16日、威力業務妨害の疑いで住所、職業不詳の60代ぐらいの男を現行犯逮捕した。
捜査関係者によると、黙秘している。周辺を警備していた機動隊員が取り押さえた。男は五輪に反対するデモにも参加していたとの情報があり、署が動機を調べている〉と報じた。
聖火リレーは同日、戦後、米軍統治下が長く続いた小笠原村に初めて聖火が上陸したという記事の最後にはこう書いていた。〈セレモニー会場の入り口付近では五輪開催に反対する人たちが拡声器で中止を訴えた。爆竹のような破裂音がし、大勢の警察官が男を取り押さえ、逮捕する騒動もあった〉と伝えた。
22日には、〈東京五輪の自転車ロードレースのコースとなる東京都府中市の都道に小石状のアスファルトを散乱させたとして、警視庁府中署は、道路法違反の疑いて三鷹市の会村員の男(55)を逮捕〉という記事かあった。
7月23日には、東京五輪の開会式場近くで警備中の警察官の手首をつかんだとして、警視庁は、公務執行妨害の疑いで、大会への抗議活動をしていた福岡市博多区◇◇■丁目、職業不詳の○○容疑者(40)を現行犯逮捕した。過激派「中核派」の活動家とみられる。(略)黙秘しているという。現場では、開会式にあわせて中核派活動家ら数十人が太鼓やメガホンを使って大会開催への抗議活動をしていた〉この記事にも〈【編注】○○容疑者の住所は福岡◇◇■の▲の▼▼〉とあった。
25日には、滝野瀬雅史記者が書いた次のような記事があった。〈愛知県警中署は25日までに、五輪開催を批判するビラを走行中の地下鉄車両から散布したとして、威力業務妨害の疑いで、名古屋市天白区△△□丁目、会社員○○容疑者(59)を現行犯逮捕した〉〈署によると車両に乗り合わせた警察官が声を掛けた。同数の被害が他の駅でも複数確認されており、関連を調べている。〉この記事末尾にも〈【編注】容疑者の住所は名古屋市天白区△△□丁目の▽▽〉とあった。
ネットの「YAHOO!ニュース」に掲載されたこの共同通信の記事では、〈名古屋市天白区△△の会社員の男(59)と仮名になっている。
〈車両に乗り合わせた警察官〉は、男性を尾行していたのではないか。不当な監視だ。公安情報だろうが、五輪開催への抗議行動で逮捕された市民の所属党派を報道するのは違法で、報道倫理にも反する。
警視庁は31日、23日に逮捕した〈活動家が所属する過激派「中核派」の拠点〉(NHK)を〈捜査員や機動隊員約100人〉(産経新聞)で捜索した。
不当な捜索・差押令状を発付した裁判官の氏名を報道すべきだ。
五輪はコロナによる緊急事態宣言と、東電福島原発事件で2011年3月11日に発出された原子力緊急事態宣言の2つの宣言の下、強行開催された。
報道各社の世論調査では、開幕の直前の調査でも50%以上が反対していた。五輪強行開催でコロナ禍は全国の感染者が1万人を超す最悪の事態を迎えている。
警察が五輪反対の市民を逮捕し、メディアが実名報道する。
“五輪本土決戦`”下の大本営発表報道だ。
開会式などでも、五輪中止を求めるデモが各地であったが、ほとんど報道しなかった。
五輪では、警察だけではなく、自衛隊も8500人が警備に当たっている。
メディアは公安警察と自衛隊による弾圧を調査報道すべきだ。
『月刊救援 628号』(2021年8月10日)