五輪騒ぎの裏で「HARUMI FLAG」住民訴訟に新事実 名前明らかになった大物不動産鑑定士、弁護士

ウチコミ!タイムズ 2021/08/03 

 

開催か中止か、有観客か無観客か、開会式の楽曲作曲者らの辞任、ショーディレクターの解任などすったもんだの末にやっと無観客で開幕した東京五輪。

 

 そもそも東京五輪はこうしたさまざまな問題が起きる以前、つまり、東京での五輪開催決定後、競技会場の建設段階から、主会場の国立競技場の建て替えの是非、コンペで採用が決まった海外建築家デザイン案の排除、風致地区の神宮や外苑エリアのなし崩し的な建築規制の緩和(高さ規制等)、震災・原発事故からの「復興五輪」のあり方など数多くの問題が指摘されてきた。

住民訴訟は8月31日に結審する予定

 そうした問題も新型コロナが世界中に蔓延するなか、五輪の是非は「開催か中止か、有観客か無観客か」というところに収斂されてしまった。だが、オリ・パラ開催中だけは、都も国もIOCもフタをしておきたい別の話がある。

 

 それは選手村用地の売却価格が安すぎるとして、五輪選手村(東京都中央区)のある晴海五丁目西地区第一種市街地再開発事業(五輪後は高級マンションの「HARUMI FLAG」に変身)に対する住民訴訟(被告は小池百合子知事ら)についてだ。

 

 住民訴訟はパラリンピック開催中の8月31日に結審し、年内にも判決が言い渡されそうだが、ここに来てこれまでにない重大事実が明るみに出てきた。

 そもそも選手村(晴海フラッグ)の住民訴訟問題とは、地権者が広大な晴海の更地(都有地18ヘクタール)に、個人施行の第一種市街地整備事業を適用。道路建設など都の基盤整備費負担で付加価値を付けたにもかかわらず、再開発の従前の価格とデベロッパーなど11社に売却後の価格はともに129億6000万円で、1円の差も付けなかった「赤字販売」をめぐる諸問題のこと。

 

 東京都は都議会や都の財産審議会の審査を受けずに済ますため、普通では考えられないさまざまなトリック的手法を駆使し、周辺の地価評価より9割前後安い値段で払い下げたのである。

 

 具体的には東京都から開発業者11社に売却された土地の価格は1平方メートルあたり9万6784円に過ぎず、西多摩郡のほとんどの宅地よりずっと安いというものだった。選手村の近隣の晴海5丁目の 2016年の 公示地価(商業地)は、95万円ほどだから、その割引率はなんと9割を超える。

 

 この破格の安売りを可能にしたカラクリについては「『HARUMI FLAG』住民訴訟に新たな動き 不動産鑑定士たちが指摘する激安価格のカラクリと問題点」をご参照いただきたい。

 

 そんな再開発の法律が適応されない更地(埋め立て地)が、再開発の事業の適用を受けるには、都市再開発法(第7条)という関門が課されている。

 

 それは「個人施行者は、知事の承認を受けて、土地及び建物の権利関係、評価について特別の知識経験を有し、かつ、公正な判断をすることができる者のうちから、この法律及び規準、規約で定める権限を行う審査委員3人以上を選任しなければならない」というハードルである。

 

 その審査内容は、土地及び建物の権利関係や評価について、価格が適正であるかどうか公正に判断することで、審査委員に入る不動産鑑定士が重要な役割を果たす。

審査に関与した3人の存在

 これまで東京都はこの審査員3人の名前の公表を拒否。「激安価格」の実現に決定的な役割を果たした晴海五丁目西地区第一種市街地再開発事業審査委員会の議事録は「存在しない」としてきた。しかし、審査委員の名前だけが五輪の開催期になって判明した。

 

 戦前とはいえ、晴海の埋め立ては巨額のコストをかけて造成されたもの。それをたった1人の再開発事業施行者の東京都が審査員全員の同意を得たうえで、権利変換計画の認可申請を行ったのは、2016年4月のこと。

  その年の1月から4月までに、この審査委員3人は土地価格が適正価格であると審査したと推測される。

 

 その審査委員3名とは、東京都都市整備局の要職の経験者で、元市街地建築部長、東京都の仕事も行う弁護士(都総務局コンプライアンス推進部法律特別専門員)、そして、審議会開催時に東京都不動産鑑定士協会会長(2015年5月~2019年5月)と全国組織の日本不動産鑑定士協会連合会の幹部を務め、その後、2019年6月から連合会の会長に上り詰めている大物不動産鑑定士だった。

 

 審査委員のなかに日本不動産鑑定士協会連合会の大物の名前があったことから、鑑定業界は蜂の巣を突ついたような状況になったという

 

 しかも、この大物鑑定士は、業界の会合で「不動産の価値判断ができる専門家・実務家として、一層プロフェッショナルな仕事を提供していきたい」と抱負を述べるなど熱弁家として知られる人物だったからなおのことだった。

 

 全国各地にある鑑定士協会は、個々の会員が公的地価鑑定の実務を有償で請け負い、地価公示や都道府県基準地価などに深くかかわる。

 

 そのため鑑定士業界に業務を発注するのは行政で、しかも東京都という全国最大の圧倒的な鑑定市場のあるエリアの自治体に気兼ねせずに専門家の立場から適正な意見をどこまで言えるのかと疑問が持たれているのだ。

 

 都民の財産である晴海の広大な都有地が選手村に使われた後も、公正に有効に活用され、都民の財産がごく一部の企業群のために不当に毀損されていないかを厳正に判断するのが、審査員の重大な任務のはずである。

 また、審査委員の選定や審議、その記録はオープンでなければならない

 

 しかし、晴海の都有地の売却の経緯については住民訴訟が起きるまでは、何もかも闇の中だった。

 

 さて、「選手村」は大会期間中、東京都が高い家賃を払って五輪のために使うのだが、オリ・パラ終了後は「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」という分譲マンション群に生まれ変われる。

 

 選手村は最寄り駅からは遠いとはいえ、東京駅からは4キロ程度の距離。築地市場跡地と豊洲市場の中ほどに立地する。ここが売り出されたのは19年夏のことだった。売り出されたのはマンション5632 戸のうち、分譲分の4000戸以上。予定価格は90平方メートルの3LDKで8000 万円程度。坪単価にすると300万円前後だ。

 

 東京都は選手村の基盤整備などに数百億円を投入したうえ、選手村の家賃(1年間だけで約38億円)も負担。さらに東京五輪1年の開催延期でコストが膨むことが予想される。

 加えてデベロッパーに対する、固定資産税の負担などを、建物竣工認定まで都有地扱いとされているため大幅に減免している。開発業者にとっては、まさに至れり尽くせりのバーゲン価格だ。

 

 ここまで安くできた理由は都が用いた「開発法」という時代に合わない特殊な不動産鑑定法だけに頼ったからだ。

 

 この開発法を簡単に説明すると、事業期間中に、例えば毎年1割(10%)前後、不動産の価格を割り引き続け、その事業期間が仮に10年とすれば、最終的に激安の値付けも可能になるというもの。何もかもが右肩上がりの高度成長時代ならいざ知らず、長期金利がマイナス、経済成長率や物価上昇率がゼロ%前後の今において、開発法の適用は異様と言わざるを得ない。

 

 これがまかり通れば、鑑定パラダイムは壊れかねない。だが、公的な鑑定業務を発注する東京都が五輪開発で開発法を率先して唱え、国や市町村も学者も学会も業界団体も、表立って異を唱えないのだ。

森友問題に似た構図の選手村売却問題

 「選手村関連施設と言っても2カ月程度の大会に使った程度で、土地付き不動産をどうしてそんなに安値で叩き売るのか」という議論はまた必ず起こる。オリ・パラが無事に終了しても、東京都にとっては今後も晴海が地雷であることは避けられない

 

 こうした状況から一部の不動産鑑定士らは「土地の取引事例の記載が全くなく、周辺の地価公示価格や基準地価格も全く無視して更地価格を求めている」「業界団体の日本不動産鑑定士協会連合会は、そうした不動産鑑定書が横行することを許すのか」と、疑問点を呈する。

 

 あの「森友問題」でも鑑定士とその業界団体は重要な「役割」を演じてきた。それと同じ構図の疑問が東京五輪という平和の祭典という国際イベントでも浮上している。この問題について晴海訴訟の被告の小池知事、そして開発手法にお墨付きを与えた形の日本鑑定士協会連合会のトップはどう答えるのか。

 

(執筆:立木信、経済アナリスト)