オリ・パラ教育でのパレスチナの扱いについて都教委への公開質問

「東京都オリンピック・パラリンピック教育」で提示されている

イスラエルとパレスチナの資料の問題について

~問題点の指摘と質問~

 

東京都教育委員会 教育長  藤田 裕司 殿

         教育委員 遠藤 勝裕 殿 

山口 香 殿 

宮崎 緑 殿 

秋山 千枝子 殿 

北村 友人 殿

東京都教育庁 指導部 指導企画課 オリンピック・パラリンピック教育担当者殿

                         

                2021年7月26日

                  鵜飼 哲(一橋大学名誉教授) 

臼杵 陽(日本女子大学教授) 

岡 真理(京都大学教授) 

黒木 英充(東京外国語大学教授) 

小寺 隆幸(元東京都教員、元京都橘大学教授)

酒井啓子(千葉大学教授)

高橋美香(写真家)

長澤栄治(東京大学名誉教授)

奈良本 英佑(法政大学名誉教授)

嶺崎寛子(成蹊大学准教授)


 オリンピックが開催されています。東京都教育委員会(以下、都教委とします)は、オリンピック、パラリンピックを教育に活かすために「東京都オリンピック・パラリンピック教育」実施方針(平成28年1月)を策定し、都教委傘下のすべての学校に「オリンピック・パラリンピック教育」の実施を指示し、各校で取り組んできています。

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/opedu/static/page/admin-school/pdf/20q1e202.pdf

 

  そのその実施方針では、この教育の意義をいくつか掲げていますが、その中で次のように記しています。

 「オリンピズムの目的は、…人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、スポーツを人類の調和のとれた発展に役立てることにある。これらは、…国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うことなどを定める教育基本法の「教育の目標」や学習指導要領の理念にも相通ずるものである。」

 そして目標の(4)として、「多様性を尊重し、共生社会の実現や国際社会の平和と発展に貢献できる人間」の育成を掲げています。

 オリンピック、パラリンピックは世界の様々な国や地域のアスリートが一堂に会する場です。人種、民族、宗教、思想・信条などを超え、すべての立場の人々の人権と尊厳の尊重を子どもたちが学ぶことは意味あるものと思います。したがって、そこでは教える立場の教師、そして都教委自体が、すべての立場の人々の人権と尊厳を尊重することが求められます。

 

 残念ながら、今も世界には戦争・紛争など様々な国際問題があり、人々の考え方にも深刻な分裂が生じています。オリンピック、パラリンピックに参加するアスリートの間にも、越えがたい溝があるかもしれません。教育の場で、そこに深入りすることはできませんが、そのことにふれざるを得ない場合には、国連決議や国際人道法に基づく法的・倫理的な規範、そして国際社会の多数意見や日本政府の見解などにのっとった慎重な対応が教育に求められます。

 

 ところが、東京都教育委員会のホームページに設けられている「オリンピック・パラリンピック教育」のサイトの「児童・生徒向けコンテンツ~大会予定参加国・地域情報」では、イスラエルはヨーロッパの一部とされ、「首都 エルサレム」と何の注釈もなく記されています。

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/europe/israel

 

 またパレスチナはアジアに分類され、「首都 ラマッラ(西岸地区)」と記されています。

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/asian/palestine

子どもたちにその国の紹介をする際に首都がどこかを教えることは必要でしょう。

 

 確かにイスラエル政府は1980年にエルサレムを恒久首都と定める「基本法」(憲法に匹敵)を制定しました。しかしこれは1967年の第三次中東戦争で東エルサレムを占領し、さらに併合したうえで首都としたものであり、占領地の併合は明確な国際法違反です

 

 1947年の国連総会決議は、エルサレムを「国際管理地区」に指定しました。その後1967年の第三次中東戦争に際し、国連は停戦後に採択された安保理決議242号(イスラエルの占領地からの撤退を要求)を採択し、それを今日もなお維持しており、それに基づいて日本政府もエルサレムを首都と認めておりません。また1993年の「オスロ合意」は、エルサレムの地位をイスラエルとPLOの交渉事項としています。

 

 現在、イスラエルと国交のある国のほとんどはテルアビブに大使館を置いており、エルサレムに大使館があるのは、アメリカ合衆国(トランプ政権の2017年12月以来)、グアテマラ、コソボ、ホンジュラスの4か国に限られます。パラグアイはいったんエルサレムに移したものの、新大統領の選出後直ちにテルアビブに戻しました。エルサレムをイスラエルの首都と認めることは、国際法と国連安保理決議、さらにはそれらを支える国際社会の圧倒的な合意に反する行為なのです

 イスラエルの一方的主張をそのまま教えることは、戦争による占領地の武力併合を容認することになり、上記のオリンピズムの精神にも、教育基本法の目的にも反するものです

 

 またパレスチナ自治政府は東エルサレムを首都と定めていますが、現在はイスラエルが占領しており、パレスチナ自治政府はラマッラにおかれています。日本政府は「エルサレムの最終的地位については,将来の二国家の首都となることを前提に,交渉により決定されるべきである」としています。(外務省「中東和平についての日本の立場」令和2年3月17日 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/middleeast/tachiba.html

 

 そのため外務省のホームページでも、首都ではなく、「パレスチナ自治政府所在地」として「ラマッラ(西岸地区)」を記しているのです

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/plo/data.html

 

 これらの事情を小中学生が理解するのは困難であり、厳密に考える必要はないと都教委は考えているのでしょうか。しかし一方でイスラエルの主張を認めエルサレムを「首都」とし、他方でパレスチナの人々の思いを無視し、ラマッラを「首都」とすることは、オリンピック・パラリンピックという場において、人間の尊厳と国際法を、開催都市である東京都が尊重しないことを意味します。

 

 しかもこの姿勢は教育的でもありません。パレスチナ問題の歴史的経緯等に深入りすることはできないとしても、この春、イスラエルが国際法に違反し併合している東エルサレムを巡る争いが戦火に発展し、多くの人が犠牲となったことは子どもたちも知っています。その直後に平和の祭典に参加するアスリートの思いを考えれば、首都がどこか、という問題が人々の尊厳とアイデンティティに関わる重要なことであるということを東京の子どもたちが理解することも大事な学びでしょう。

 

 少なくとも都教委が子どもに提示する正式な資料としてホームページに記載する以上、イスラエルはエルサレムが首都であると宣言しているが、国連や日本も含む多くの国はそれを認めていないという事実は明記しなければなりません。

 

 コロナ禍でのオリンピックの在り方に世界の目が注がれ、とりわけ東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会自体の人権意識が厳しく問われている今、この問題についても、開催都市の教育委員会として早急に見解を明らかにし、必要な措置を取る必要があると私たちは考えます。「共生社会の実現と国際社会の平和と発展に貢献する」人間を育てる教育委員会として、誠実な対応を取ることで、国際社会の信頼に応えていただきたいと思います。

 

 そこで、次に3点の問題を記し、それに関する8点の質問を致します。

 誠意をもって回答くださるようお願い致します。

 

《問題点1》都教委資料はエルサレムを、注釈をつけずにイスラエルの首都としています。

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/europe/israel

 

 なお、資料1に示すように、「注2」が最後に付されていますが、何に対する注なのかどこにも書かれていません。

 外務省のホームページの記述(資料3)と対応させると首都エルサレムに(注1)をつけ忘れたと考えられますが、うっかりミスで済む話ではありません。

 もしミスであればすぐに修正し、全校に周知すべきです。

 現状では、東京都の子どもたちは、エルサレムがイスラエルの首都であるという国際的には認められておらず、日本政府も認めていない虚偽の事実を教えられていることになります。

 

 また、イスラエルを代表する風景として東エルサレムの「岩のドーム」の写真を掲げています。この空間にたいしてイスラエル政府が警察権を行使し、軍事的に支配していることは現実ですが、しかしこれを東京都が公式に「イスラエルである」と認めるならば、エルサレムをメッカ、メディナに次ぐ第3の聖地とする全世界のイスラム教徒16億人から強烈な抗議が寄せられるでしょう

 

《問題点2》都教委資料ではパレスチナの首都をラマッラ(西岸地区)としています。

  https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/asian/palestine

 

 しかし、パレスチナ国は首都を東エルサレムと定めており、イスラエル政府の主張はそのまま認め、パレスチナ政府の主張は認めないというのは、公正性と論理的整合性に欠けています。また日本政府・外務省の立場とも異なります。

 

《問題点3》都教委の「児童・生徒向けコンテンツ」の中の「大会予定参加国・地域情報」では、中東という分類枠が設定されていず、イスラエルはヨーロッパに、そしてパレスチナ、レバノン、ヨルダンなど他の中東諸国はアジアに分類されています。

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/europe

(なお外務省はヨーロッパとアジアの間に「中東」を設定し、イスラエルもパレスチナも中東に分類しています。https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ )

 

 地域分類であるにもかかわらず、イスラエルがヨーロッパで、その内部に存在するパレスチナがアジアというのはなぜでしょうか。

 もしも地理的分類の中に、人種的・民族的・文化的要素が入り込んでいるとすれば大問題です。イスラエルは「先進国」だから特別にヨーロッパに分類するというわけではないでしょう。

 

 またサッカーの分野では、イスラエルはアジア連盟から除名された後でヨーロッパ予選枠に入っているほか、陸上や水泳など他の競技でもヨーロッパ枠に入っていますが、それ自体が政治的な背景を持った問題です。そのことでイスラエルという国家を地理的区分としてアジアかヨーロッパか、と分ける際に飛び地のようにヨーロッパに入れることはできません。

 

 都教委は、どのような根拠でこのように分類したのか、東京の子どもたちがイスラエルはヨーロッパに属し、パレスチナはアジアに属すると認識することが学問的・教育的に正しいのか、答える責務があります。

 

《都教委への質問状》

①     外務省見解にもあえて反して、都教委がエルサレムを注釈抜きにイスラエルの首都と明記した根拠を明らかにしてください。

②     もし注の付け忘れという単純ミスであったとしても、国際問題にも発展しかねない重大なミスをなぜ防げなかったのかでしょうか。このミスが生じた背後に東京都教育委員会自体のイスラエル・パレスチナ問題に対する認識の不十分さがあるのではないでしょうか。ミスだったというのであれば、東京都教育委員会として、それを防げなかったことについての見解や今後の対策をお聞かせください。

③     パレスチナの首都をラマッラと書くのは事実に反し、またパレスチナの人々の願いにも反します。なぜこのように表記したのか、理由をお聞かせください。また修正するとすればどのように修正するのかお知らせください。

④     イスラエルを代表する風景として東エルサレムの「岩のドーム」の写真を掲げていることは適切ではなく削除すべきだと思いますが、見解をお聞かせください。

⑤     イスラエルをヨーロッパ、パレスチナをアジアに分類した根拠を明らかにしてください。

⑥     この分類は東京都の子どもたちが学ぶ社会科の教育内容として適切か否か、東京都教育委員会としての見解をお聞かせください。

⑦     上記の点について修正される場合は、修正点とその経緯を管轄するすべての学校に速やかに通知すべきだと思いますがいかがでしょうか。通知される場合はその日程を、通知されない場合はその理由をお示しください。

⑧     オリンピック・パラリンピックは国際的行事であり、それに関連する東京都のオリンピック・パラリンピック教育にも国内外の関心が集まっています。私たちはこの問題について都教委は、オリンピック・パラリンピック開催都市の責任において、訂正あるいは見解を社会的・国際的に公表する責任があると思いますが、いかがお考えでしょうか。

 

 オリンピック期間中、しかもなるべく早い時期に都教委が誠意ある姿勢を示すことを求めます。回答を早急に(遅くとも7月30日までに) 下記へメールあるいはFAXで送っていただくようお願いします。なおこの質問と回答については、国内外のメディアに公表させていただくことを申し添えます。

   回答送付先 kodera@tachibana-u.ac.jp  FAX 042-735-4671 小寺隆幸

 

賛同者 (2021年7月24日現在)

安斎 育郎(立命館大学名誉教授) 安藤 聡彦(埼玉大学教授) 池内 了(名古屋大学名誉教授) 石川 逸子(詩人) 片岡 洋子(千葉大学名誉教授) 高原 孝生(明治学院大学教授 明治学院大学国際平和研究所所長) 滝口 正樹(都留文科大学非常勤講師) 西村 美智子(都留文科大学非常勤講師) 羽場 久美子(青山学院大学名誉教授) 三上 昭彦(元明治大学教授) 八鍬 瑞子(美術家:占領に反対する芸術家たち)山根 和代(立命館大客員研究員)

 

 

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資料1 東京都教育委員会「オリンピック・パラリンピック教育~児童・生徒向けコンテンツ」の中の「大会予定参加国・地域情報」から「イスラエル」のページの一部

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/europe/israel

前述したように、最下段に記されている注1は面積の箇所と重複

して記されているが、注2は、何に対する注か示されていない。

ヨーロッパ|イスラエル国 

国名 イスラエル国 / Israel 首都 エルサレム

地図国旗 世界地図 

 

面積 日本の面積の約0.06倍

2.2万平方キロメートル(日本の四国程度)(注1)(注1)数字はイスラエルが併合した東エルサレム及びゴラン高原を含むが,右併合は日本を含め国際的には承認されていない。

イメージ写真 イメージ写真 イメージ写真

嘆きの壁      岩のドーム     受胎告知教会

(注1)数字はイスラエルが併合した東エルサレム及びゴラン高原を含むが,右併合は日本を含め国際的には承認されていない。

(注2)日本を含め国際的には認められていない。

出典:外務省ホームページ

 

資料2 「大会予定参加国・地域情報」から「パレスチナ」のページの一部

https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/children-student/watch-learn/asian/palestine

アジア|パレスチナ

国名 パレスチナ / Palestine 首都 ラマッラ(西岸地区)

地図国旗 世界地図 

 

 

資料3 外務省ホームページより

中東の分類の中にイスラエルとパレスチナはともに入っている

イスラエルの記述より  https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/israel/data.html#section1 

 1 面積 2.2万平方キロメートル(日本の四国程度)(注1)

 3 首都 エルサレム(注2)

(注1)数字はイスラエルが併合した東エルサレム及びゴラン高原を含むが、右併合は日

本を含め国際社会の大多数には承認されていない。

(注2)日本を含め国際社会の大多数には認められていない。

 

パレスチナの記述より https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/plo/data.html#section1

1 面積 約6,020平方キロメートル(西岸地区5,655平方キロメートル(三重県と同程度)。ガザ地区365平方キロメートル(福岡市よりやや広い)。)

3 パレスチナ自治政府所在地 ラマッラ(西岸地区)