《尾形修一の紫陽花(あじさい)通信から》
 ◆ 「歴史総合」のサンプル問題を見るー教員に必要な現代史研修

 

 


(大学入試センター歴史総合サンプル問題 第1問 問1の図)


 高校の地理歴史の授業が大きく変わる。「平成30年告示」の高校学習指導要領で決まった。「平成34年」から実施である。元号だと困る実例だが、これは2022年入学の1年生からということだ。

 今回は「国語」「地理歴史」「公民」などで必履修科目に大きな変更がある。「地理歴史」では新たに「歴史総合」「地理総合」が新設され必履修となる。どちらも2単位科目(週に2時間の授業)で、その発展科目として「日本史探究」「世界史探究」「地理探求」がある。
 進学高校以外では、「歴史総合」「地理総合」しかやらないことも多くなるだろう。


 ちょっと細かくなるが、今までは「世界史A」「世界史B」から1科目「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」から1科目「必履修」だった。
 この「世界史必修」は1994年実施の学習指導要領で定められたから、もう25年も続いてきた。この間に高校を卒業した人は皆「世界史」をやってるはずなんだけど…。その代わり、もうひと科目は「日本史」を勉強して、「地理」はやらなかった人も多いと思う。

 この「歴史総合」という科目は、一体どんなものになるのだろうか。新しい教科書も検定が終わって発表された。
 まだ僕はそれを見ていないが、いろいろな課題を抱える高校教育で、日本・世界を分けず近現代史を中心に学ぶことは、僕も前から望んでいた。
 ここでは「大学入試センター」が発表した「サンプル問題」(3月24日に発表、翌日付の新聞各紙に部分的に掲載)を見てみたい。
 教科書を見る前に作られたし、指導要領すべてにわたる問題ではない。それを前提に、現代史を中心に「アクティブラーニング」することの意味を考えたい。

 まず最初の問題は、以下のようなものである。そして上の写真(略)が掲載されている。

 第一問 「歴史総合」の授業で,「東西冷戦とはどのような対立だったのか」という問いについて,資料を基に追究した。次の授業中の会話文を読み,後の問い(問1~5)に答えよ。

先 生:第二次世界大戦が終わるとまもなく,冷戦の時代が始まりました。資料 1は,冷戦の時代のヨーロッパで撮影された写真(略)です。

山 本:なぜ,「自由への跳躍」という題名が付けられているのですか。

先 生:ここに写っているのは,ベルリンの壁が建設されている最中の1961年に,警備隊員が有刺鉄線を跳び越えて亡命しようとしている瞬間の様子で,写真の解説には,「 ア 」とあります。その後,この写真は,a,二つの体制の間の競争の中で,亡命を受け入れた側にこそ政治や思想・表現の自由があると主張するために使われて,有名になったのです。

 さらに地図(冒頭の画像)が掲載される。写真の内容と当時のヨーロッパを表わす地図を組み合わせて選ぶ。

 上掲資料1の内容は以下のどちらか。 
   あ 西ドイツの警備隊員が東ベルリンへ亡命した
   い 東ドイツの警備隊員が西ベルリンへ亡命した

 ある一定年齢以上の人には、これは「常識問題」だろう。
 西ドイツの警備員が東に亡命するわけがない。まあ東ドイツに移った人は皆無ではないけれど、ここでの問題は当然「い」に決まってる。
 地図は「Ⅰ」である。考える必要もない。生きてきた時代のことだから。(ちなみに「Ⅱ」の地図は、第一次世界大戦当時のヨーロッパの対立を表わす地図。)

 しかし、この地図の問題はある程度難しいと感じる人もいるだろう。
 そもそも先に「ドイツはどこにあるか」を理解していなければ、ドイツが東西に分裂していたことを地図で確認出来ない。ドイツぐらい判るだろうと言うかもしれないが、そうでもないと思う。
 大学入試を受けようという高校生は大方大丈夫だろうが、高校生一般では半数以下かもしれない。「ドイツ」という国名は知ってるだろうが、位置と国名がきちんと把握されているか。これは「アクティブラーニング」以前に、「基礎知識」がいるということだ。当たり前のことだが、案外生徒は判っていない。

 ここでは「冷戦」が問題になっているが、ドイツ統一は1990年だから30年前になる。教員の中には、その後に生まれた人もいる。ある程度問題意識を持って新聞を読んでいたという人は、教員でも50歳前後からか。
 「現代史」をきちんと教えられる人がどの程度いるだろうか。まあ社会科系教員になろうという人は、一般平均よりは現代史に詳しいだろう。僕の世代だって、「戦争を知らない世代に戦争を教えられるのか」とか言われていた。しかし、歴史教員は戦国時代や明治維新を見てきたように語れるのであって、それはどの時代を教える場合でも変わらない。

 全部見るわけにも行かないから、資料をもとに考える問題を紹介したい。

 資料4 ある運動の指導者がデモ参加者に向けて行った 1963 年の演説
 私には夢がある,ジョージアの赤土の丘の上で,かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷主の子孫たちが,友愛に固く結ばれて一つのテーブルを囲む,そんな日が来るという夢が。(略)自由の鐘を鳴り響かせることができたとき,(略)神が創り給うた子供たち全てが(略)手と手を取り合う日が訪れるのを早めることができるのです。

 資料 5  1911 年発刊の文芸雑誌の創刊号に発表された文章
 元始,女性は太陽であった。真正の人であった。今,女性は月である。(略)自由解放!女性の自由解放という声はずいぶん久しい前から私たちの耳もとにざわめいている。(略)それでは私の願う真の自由解放とは何だろう。言うまでもなく,潜んでいる天賦の才を,偉大な潜在能力を,十二分に発揮させることにほかならない。

 資料 6  ある議会で 1789 年に採択された宣言
 国民議会を構成するフランス人民の代表者たちは,(略)人間の持つ譲渡不可能かつ神聖な自然権を荘重な宣言によって提示することを決意した。(略)第一条 人間は自由で権利において平等なものとして生まれ,かつ生き続ける。

 資料 7  ある政治結社の指導者が行った 1942 年の演説
 (略)私はどこに向かったらいいのか,そして 4 億のインド人をどこに導いたらいいのか。(略)もし彼らの目に輝きがもたらされるとすれば,自由は明日ではなく今日来なければならない。それゆえ私は「行動か死か」を会議派に誓い,会議派は自らにそれを誓った。

 まあ、どれも超重要、超有名で、知らないと困る。正解を書くまでもないと思うが、一応誰(何)の言葉か書いておく。
 順にキング牧師、平塚雷鳥(らいてう)、(フランス)人権宣言、ガンディーである。
 これらの言葉の世界史的意味を調べて考えるのは、確かに「アクティブラーニング」として有益だろう。それぞれの資料に「自由」という言葉があるが、問題は以下の①から④の中で正しくないものを一つ選べというものである。

① 「自由」を,主に一党独裁体制の打倒という意味で使っていると考えられる資料がある。
② 「自由」を,主に人種差別の撤廃という意味で使っていると考えられる資料がある。
③ 「自由」を,主に性差別の克服という意味で使っていると考えられる資料がある。
④ 「自由」を,主に植民地支配からの独立という意味で使っていると考えられる資料がある。

 これは自分で考えてください。
 その他、戦後日本史も扱われる。
 もう一問あって、それは大日本帝国憲法オスマン帝国の「ミドハド憲法」を比較しながら、憲法や教育の近代史を考える問題。これはなかなか良問だと思う。
 ミドハト憲法は1876年に発布され、日本より早い。しかし露土戦争を口実に1878年に停止された。高齢者だと聞いたこともないかもしれないが、最近の世界史では大きく扱っている。大学受験しようという人なら知っているだろう。
 僕は問題としては悪くないと思ったけど、やはりアクティブラーニング的な授業をやるにしても、基礎知識が前提になる。

 地理歴史の教員は、必ずしも歴史や地理を大学で専攻した人ばかりではない。むしろ、そういう人の方が少ないかもしれない。法学部、経済学部、社会学部など文系のほとんどの学部では、社会科系の免許が取得できるだろう。
 また歴史が専門でも、知識だけでは現代史は教えられない。「城マニア」だの「新選組マニア」みたいな動機で歴史を専攻する人もいる。同時代的にソ連やベトナム戦争を知らない人も教員になっている時代だ。
 「現代史の研修」が必要だと思うが、官製研修をやるよりも映画、漫画、小説などで「自主研修」する必要もあるだろう。

『尾形修一の紫陽花(あじさい)通信』(2021年05月14日)
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