警察庁D N A 型データベース・システムに関する意見書
2007(平成 19)年 12 月 21 日
日本弁護士連合会
意 見 の 趣 旨
1 現在警察庁が運用するDNA 型情報データベース・システムは, プライバシー権な いし自己情報コントロール権を侵害することがないよう,規則ではなく法律によって, 構築・運用されなければならない。
よって, 国家公安委員会規則第15 号は廃止されるべきである。
2 法律を制定するに当たっては, DNA 型情報が「個人の究極のプライバシー」であることに鑑み, 以下のとおり,採取,登録対象, 保管, 利用, 抹消, 品質保証, 監督・救済機関について定めるべきである。
(1) 採取
① DNA 型情報は具体的な事件捜査の必要性がある場合に限り採取できるものと すべきであり,具体的な事件捜査の必要性と関係なくデータベースに登録するた めにDNA型情報を採取することは許されないものとすること。
② 被疑者からのDNA 型情報の採取は原則として令状によるべきであり,例外的に任意の採取を行う場合は,書面により,採取の意味,利用方法などの説明を十 分に行うべきこと。
(2) 登録対象
① 登録するDNA型情報は現行の遺留DNA型情報, 変死者DNA型情報及び被疑 者 DNA 型情報に限り, かつ, 遺伝子情報を含むものであってはならないとする こと。
② 登録する被疑者 DNA 型情報は, 強盗・殺人などの生命・身体に対する重大な 犯罪・性犯罪などの一定の犯罪類型に限るべきこと。
③ 被疑者から任意に採取した DNA型情報をデータベースに登録する場合は, あ らためて書面による同意が必要であるとすること。
④ 被疑者が少年の場合は, 原則として登録対象から除外するものとすること。
(3) 保管
① 不正アクセス, 情報漏洩を防止するため, 情報管理者を明確に定め, かつ, その権限と責任を明示すること。
② データベースにアクセスできる主体を限定すること。
③ データベースの不正利用に対する罰則を定めること。
④ データの保管期間を限定すること。
(4) 利用
① 利用目的を具体的な捜査に限定し, 目的外使用を禁止すること。
② 無罪を立証する場合や再審請求を行っている場合において、冤罪を解明するた めの利用を許し, その利用は目的外利用ではないとすること。
③ 他の行政機関の情報とのマッチングを禁止すること。
(5) 抹消
① 無罪・公訴棄却・免訴の裁判が確定した場合, 嫌疑なし・嫌疑不十分により不起訴となった場合, 違法収集証拠と認定された場合,登録対象者の保管期間内の死亡の場合には,抹消を義務づけること。
② 誤ってデータベースに登録されている者について, その抹消等を求める権利 があることを明らかにすること。
(6) 品質保証 DNA 型情報の基礎となったDNA 型鑑定の品質保証(信頼度ないし精度)を確 保する方策を定めること。
(7) 監督・救済機関 DNA 型検査の方法, 品質保証などを含むデータベース・システムの構築・運用 の状況を監督するとともに,人格権・プライバシー権侵害の有無を調査し, 救済 するための第三者機関を設置すること。
意 見 の 理 由
第1 本意見書の目的について
警察庁は, 2004(平成16)年12 月,遺留資料DNA 型情報検索システム運用要領 に基づき,「遺留資料DNA 型情報検索システム」の運用を開始し, 2005(平成17) 年8 月26 日,国家公安委員会規則であるDNA 型記録取扱規則・細則を公布して同 年9 月1 日から「被疑者に係るDNA 型データベース」の運用を開始した。 被疑者DNA 型情報は,特定人の個人情報であり, 遺留資料DNA 型情報も特定人 と関連付けられる場合には特定人の個人情報となる。それゆえ, データベース・シ ステムは, 国民の DNA 情報(*)を警察権力が管理することを意味し, 憲法 13 条で 保障されるプライバシー権ないし自己情報コントロール権を侵害する危険がある (指紋につき,最判1995(平成7)年12 月15 日刑集49 巻10 号842 頁参照)。 基本的人権の擁護を使命とする日弁連としては, 特に DNA 情報が「究極の統一 的・総合的な個人情報」であることから, その法的な問題点を明らかにするととも に, 現在の運用に問題があればその是正を図るべき必要があると判断した。
この意見書は,このような目的から作成されたものである。
2 (*)D N A 情報は遺伝に関する情報も含む DNA 情報全体を意味し, D N A 型情報とは遺伝に無関係であるといわれているある特定の繰り返し配列型のみの情報をいう。後者は前者のごく一 部にすぎない。
第2 わが国の犯罪捜査におけるD N A 鑑定(*)の現状と留意点について
1 DNA 鑑定について
DNA 鑑定とは,細胞内にある DNA を構成している塩基の配列が多型性を有する ことから,これを分析して個人識別をしようとするものであり, 1985(昭和60)年に イギリスで発表され, その後, 各種の方法が開発され, 広く用いられているようにな っている(後藤眞理子「いわゆる MCT118DNA 型鑑定の証拠としての許容性」最高 裁判所判例解説(平成12 年度)176 ないし177 頁。以下「後藤・最判解説」という)。 (*)D N A 鑑定という言葉は, 特定の繰り返し配列の回数を型として調べるDNA 型鑑定と, 塩基配 列自体の違いを調べるDNA鑑定(ミトコンドリアDNA鑑定)に大別され, その両者を含む意味 で使用している。
2 わが国の犯罪捜査におけるDNA 鑑定の現状について
(1) わが国の犯罪捜査におけるDNA 型鑑定は, 警察庁が, 1992(平成4)年度を初 年度とする4 か年計画にて,警察庁及び都道府県警察本部の科学捜査研究所(以 下「科捜研」という。)に, 警察庁科学警察研究所(以下「科警研」という。) が開発・実用化したMCT118 型検査, HLADQα 型検査を用いたDNA 型鑑定を導 入し, 広く第一線の犯罪捜査に活用することとして始まった(清水稔和「遺留資 料DNA 型情報検索システムの運用開始等について」捜査研究645 号15 頁。
以下 「清水・捜査研究」という)。
(2) MCT118 型法は, 具体的には, 第1 染色体のMCT118 型と名づけられた部位に, 16 個の塩基が一組になって繰り返し並んでいる部分があり, この繰り返しの回数 の違いを1 つの型と見て調べるものである。その手順は, 資料から, DNA を分離 して精製し, プライマー(*1)を加えて, 目的とする塩基配列部分を切り出し, PCR 法(*2)により増幅し, 増幅したDNA の部分を, 予め塩基配列の大きさの判明して いる標準物質(DNA マーカー)(*3)と同一泳動板上で電位差を利用して泳動さ せ, 質量の差を移動距離に反映させ, その結果から型を判定するというものであ る(後藤・最判解説176 ないし177 頁)。この手順は,自動化されているにせよ, 後述の短鎖DNA 型検査法の場合も同じである。
(3) その後, 1996(平成8)年度から新たに実用化されたTH01 型(*4)検査及びPM 検査(*5)を合わせて4 種類の検査法を用いたDNA 型鑑定が実施されることとな った。しかし, HLADQα 型(*6)検査及びPM 検査の検査試薬が製造中止になった 3 ことを受け, 2003(平成15)年8 月からは, 両検査に代わりフラグメントアナライ ザー(*7)と呼ばれる自動分析装置を用いた短鎖DNA 型検査法を科捜研に導入す ることとした。それに伴う検査方法などに関する刑事局長通達の内容については, 別紙3 のとおりである。 この検査法は, 陳旧な血痕, 白骨等の資料からでもDNA型の検出が可能な短鎖 繰り返し配列(STR)座位を指標とするものであり, フラグメントアナライザー を用いることにより, TH01 座位を含むSTR9 座位(*8)のDNA 型が同時に検出で きるほか, 個人識別精度も格段に向上している。「計算上, 現在の検査法による出 現頻度は, STR9 座位の場合, 最大100 万人に1 人であり, さらに, MCT118 座位と 組み合わせれば,最大で1 億8000 万人に1 人となる。」とされている(清水・捜 査研究15 ないし16 頁)。
3 DNA 鑑定における留意点について
(1) 4 種類の塩基(A,C,G,T)がある一組の配列を作り, それが繰り返され るものを反復配列多型(VNTR=Variable Number TandemRepeat)といい, 一組の 塩基数が 3 ないし 5 程度で短いものを特に短鎖反復配列(STR=Short Tandem Repeat)という。これらは染色体にある長いDNA の鎖の一部分を構成する。DNA の鎖は陳旧・腐敗などによる分解でちぎれる。その場合, 短鎖は長鎖よりちぎれる 可能性が低いので, 原形を留めたままでいることが多い。したがって,短鎖反復配 列のほうが陳旧・腐敗した資料からでもDNA 型を検出できる可能性が高い。
(2) DNA 鑑定においては,資料からDNA を分離して精製し, プライマーを加えて, 目的とする塩基配列部分を切り出すとされるが, 分離精製される DNA とは 22 組 の染色体プラス1 組の性染色体の合計23 セットの全体のことであり(これをゲノ ムという), 遺伝子情報も全て含まれている。「究極の統一的・総合的な個人情報」 と称される所以である。犯罪捜査のDNA 型鑑定で切り出される「目的とする塩基 配列部分」は,遺伝と無関係な「がらくた」部分(ジャンク,イントロン)と言 われているが, 現在の技術水準では試薬さえあれば遺伝に関係する部分を検査す ることは簡単にできるようになっている。 第3 わが国のD N A 型データベースの運用について 1 遺留資料DNA 型情報検索システムについて 2004(平成16)年12 月, 警察庁は, 犯罪現場等に遺留された血痕等のDNA 型情 報検索システムの運用を開始した(警察庁「遺留資料 DNA 型情報検索システム運 用開始要領」参照)。 この遺留資料 DNA 型情報検索システムは, 警視庁及び道府県警察本部の科捜研 所長から送信された遺留資料に係るDNA 型情報等を警察庁刑事局犯罪鑑識官が登 録し, 後述の同一犯行照会及び余罪照会のための DNA 型情報の検索に用いるもの 4 であった。 2 現行のDNA 型データベース・システムについて その後,2005(平成 17)年 8 月 26 日, 国家公安委員会規則第 15 号「DNA 型記 録取扱規則・同細則」(以下,単に「本規則」という。)が公布され, 同年9 月1 日 より施行されて運用が開始され, 前記要領も, 本規則により統合された。 これにより, 警察の遺留資料のほか, 被疑者・変死者のDNA 型情報も本規則によ りデータベースの対象となり, DNA 型データベース・システムは,本規則に基づいて 運用されるようになった(以下,本規則の条項を掲記する)。
(1) データベース化に至るまでの流れ わが国の犯罪捜査における DNA 型鑑定については, 第 2 において述べたとこ ろであるが, 本規則によりデータベースの記録となるのは, 主として, この DNA 型鑑定によって得られた「特定DNA 型」(2 条2 号)である。 そして, この資料となるものは,
①被疑者の身体から採取された「被疑者資料」,
②犯罪現場その他の場所に被疑者が遺留したと認められる「遺留資料」,
③身 元が明らかでない変死者等の死体から採取された「変死者等資料」に類型化され ているが(2 条), 資料とすべき被疑事実に限定はない。
本規則によれば, 鑑定は, 科捜研が行う場合と, 同所以外の機関又は学識経験 者が行い,鑑定書の写しを科捜研所長に送付する場合とがある(3 条,4 条)。
(2) 記録の作成 科捜研所長は, 前記鑑定により特定DNA 型が判明すると, その特定DNA 型の 記録を作成し, 警察庁犯罪鑑識官に電磁的方法により送信する(3 条)。 これらの記録は, 鑑定資料の分類に応じて, ①被疑者 DNA 型記録, ②遺留 DNA 型記録, ③変死者等DNA 型記録と呼ばれる(2 ないし4 条)。
(3) 記録の整理・保管 犯罪鑑識官は, DNA 型記録が送信されると, それを整理・保管(データベース 化)し, 記録された情報の漏えい, 滅失, 又はき損の防止を図るため、必要かつ適 切な措置を講じなければならない(5 条)。一方, 科捜研所長は, 前記①ないし③ の記録の送信をしたときは, 送信に係る記録を抹消しなければならない(3 条,4 条)。 このようにして, 犯罪鑑識官が記録を一元管理することになる。
(4) DNA 型の対照(6 条) データベースがどのように利用されるのかについて,以下, 具体的利用方法を 挙げる。
ア 被疑者データベースを利用する場合
例えば, 犯行現場等から血痕等を採取し, そのDNA型情報の分析結果を得ら れたとする。その分析結果と既に蓄積されている被疑者 DNA 型データベース 5 上のDNA 型情報とを比較対照する。そして, 現場の血痕等の分析結果と, デー タベース内にある特定の被疑者(被疑者A とする)のDNA 型情報とが一致す れば, 現場の血痕等が被疑者A のものであると推定できる(遺留照会)。
イ 遺留資料データベースを利用する場合
(ア) 例えば, 被疑者から血液等を採取し, その DNA 型情報の分析結果を得ら れたとする。その分析結果と, 既に未解決事件において犯罪現場等から採取 した血痕等が蓄積されている遺留資料データベース上の DNA 型情報とを比 較対照する。そして, 被疑者から得られた血液等の分析結果と, 遺留資料デー タベース内にある特定事件(B 事件とする)において採取された血痕等の DNA 型情報とが一致すれば, 被疑者が当該 B 事件において関与した疑いが 強まり, 被疑者の余罪に関する情報が得られる(余罪照会)。
(イ) また, 例えば, 特定の事件(C 事件とする)の犯行現場から血痕等を採取 し, その分析結果を得られたとする。その分析結果と既に蓄積されている遺 留資料データベース上の DNA 型情報とを比較し, そのデータベース上の特 定事件(D 事件とする)と一致すれば, C 事件とD 事件が同一犯の犯行によ る疑いが強まるなど関連情報を得ることができる(同一犯行照会)。
(5) 記録の抹消(7 条) 犯罪鑑識官が保管する DNA 型記録を抹消しなければならない場合は, 以下の 場合である。
ア 被疑者DNA 型記録(1 項)
① 被疑者DNA 型記録に係る者が死亡したとき
② その他被疑者DNA 型記録を保管する必要がなくなったとき
イ 遺留DNA 型記録(2 項)
① 遺留DNA 型記録に係る事件について確定判決を経たとき
② その他遺留DNA 型記録を保管する必要がなくなったとき ウ 変死者等DNA 型記録(1 項, 3 項) 変死者等DNA 型記録に係る対照をしたとき (6) 被疑者から採取した血液サンプル等の保管・破棄 サンプルの保管・破棄についての規定はない。また, 保管・破棄に関する罰則 もない。
3 DNA 型データベース・システムの有用性について
2005(平成 17)年 9 月の DNA 型データベース発足時は, 遺留資料 DNA 型情報 は888 件, 被疑者DNA 型情報は約2100 人分であった。
(1) 発足から1 年を経た2006(平成18)年8 月末日の時点では, 当連合会の照会に 対する同年10月19付警察庁刑事局長による回答書によれば, 被疑者DNA型記録 は4190 件, 遺留DNA 型記録は3652 件が登録されていた。 6 事件の内容に
ついては,強姦824件, 窃盗674 件, 強盗501 件, 殺人455 件であ るとされていた。 また,
①余罪照会により, 408 の被疑者資料に係るDNA 型が554 事件の遺留資 料に係る DNA 型に合致し,
②遺留照会により, 56 事件の遺留資料 DNA 型が 56 人の被疑者資料 DNA 型に合致し,
③同一犯行照会により, 遺留資料同士の DNA 型が合致し, 同一犯行と判明したのが252 人の被疑者に係る684 事件に及んだと されていた。
(2) 2007(平成19)年12 月26 日付け朝日新聞報道によれば,同年11 月末日現在、では,被疑者DNA 型記録は1 万4949 件、遺留DNA 型記録は9104 件が登録され るに至っている。
(3) 以上の検挙実績から見ると, DNA 型データベース・システムには, 捜査上, 一 定の有用性が認められる。 第4 各国のD N A データベース・システムの構築・運用に関する法制度について 1 各国のDNA データベース・システムの概要について 各国のDNA データベース・システムの運用に関する法制度の内容は,「別紙1」 及び「別紙2」のとおりである。すなわち,多くの国では,警察が犯罪捜査の必要上 収集したDNA 型情報を効率的に照合するため,DNA データベース・システムを構 築し, 運用している状況にある。 もっとも, その場合でも, 各国は,DNA データベース・システムの構築・運用に あたり慎重に検討した上で法律を制定している。具体的には, 生体資料の採取対象 者, 対象犯罪, データベースの構築・運用の法的根拠, サンプルの保存とデータベー スからの削除, データベースの品質管理等に関し,法律により定めているのである。 2 各国の DNA データベース・システムにおける法律による民主的コントロールに ついて このことは,DNA 型情報が「究極のプライバシー情報」であることから,DNA データベース・システムの構築・運用によって,プライバシー権ないし自己情報コ ントロール権が侵害されることのないよう法律によって民主的にコントロールしな ければならないということが国際的に共通の認識となっているものであることを示 すものである。 この点に関し, 英米では, 警察が犯罪捜査の必要上収集した DNA 情報のみなら ず, 具体的な犯罪捜査の必要性と離れて, 一定の重大犯罪の有罪判決を受けた者や 被疑者からも DNA サンプルを採取し,データベースに登録しているが,この場合 でも, DNA データベースの登録に関する個別法を制定しているところである。
第 5 わが国における D N A 型データベース・システムの構築・運用に関する問題点について
これに対し,わが国においては,前述のとおり,警察庁において DNA 型情報の データベース化が開始されているが, その構築,運用等に関してはすべて国家公安 委員会規則によって定められている。 また,DNA 型情報は,究極の個人情報であり, 採取,登録対象, 保管, 利用, 抹消, 品質保証,監督・救済機関など,いずれの点についても慎重な取扱いが必要とされ るものであるが,現在運用されている DNA 型データベース・システムでは,いず れも不十分であるといわざるを得ない。 にもかかわらず,現在,わが国では,DNA 型データベース・システムの構築を 超えて,前述の英米のように, 具体的な事件捜査の必要性がなくとも,被疑者から DNA 型情報を採取できる制度に関する議論がなされている状況にある。 以上のわが国における DNA 型データベース・システムの構築・運用に関する問 題点をふまえ,以下,法律によって DNA 型データベース・システムを構築・運用 すべきであることを述べるとともに,上記の近時の議論の問題点について述べた上, 採取,登録対象, 保管, 利用, 抹消, 品質保証, 監督・救済機関等に関し,法律に定 めるべき内容について述べることとする。
第 6 法律によって D N A 型データベース・システムを構築・運用すべきであることに ついて
1 規則に基づく現行のDNA 型データベース・システムの構築・運用について
まず,現行の DNA 型データベース・システムについて,前述のとおり,警察庁 は, 国家公安委員会規則に基づいてこれを構築・運用しており, 法律の定めによる必 要はないものと考えていることは明らかである。 その理由については, わが国では指紋等取扱規則(国家公安委員会規則第13 号) により,指紋のデータベース化が確立していることから, DNA 型情報のデータベー ス化もそれとパラレルに考え, 国家公安員会規則を制定すれば,DNA 型情報をデー タベース化することには問題がないという点にあると考えられる。 しかしながら, 以下に述べるとおり,このような見解には,重大な疑問があると いわざるを得ない。
2 指紋情報とDNA 情報との決定的な差異について
(1) この点,確かに, わが国では,指紋等取扱規則により,指紋のデータベース化 が確立しているが, 指紋の採取については,刑訴法 218 条 2 項という明文の法的 根拠がある。 その趣旨は, 一方で, 誤認逮捕等の防止・留置管理の必要上からも,逮捕・勾留 された被疑者を個人識別する情報を取得する必要があり, 他方で, 合法的な身柄 拘束によって人身の自由という重大な人権を制約されることを甘受しなければな 8 らない被疑者にとって見れば,個人識別のために外観的な情報を採取されること はそれに伴う軽微な人権侵害であり,併せて甘受しなければならないという点に あるとされている。 また 指紋は,指という体表の皮膚に刻印された渦巻きや馬蹄型の外観的形状を 転写するのみであり,刑訴法218 条2 項という明文規定には, 指紋情報を取得し, 個人識別のためにそれを登録・管理するというデータベース化も許容しているも のと解されている。 ただし, このようなデータベースを将来の捜査のために利用することも許容し ているといえるかについては,重大な疑問があるところである。
(2) これに対し,DNA 型情報については, 指紋情報と同様に考えることはできな い。 ア すなわち,わが国において, DNA 鑑定を行うために被疑者から強制的にDNA を採取するためには, 強制採尿と同じく医師の手による条件を付した捜索差押 許可令状か, 採血と同様に鑑定処分許可状と身体検査令状が必要である。その 場合には, 犯罪捜査のためにする必要性,すなわち,被疑事実との関連性が必 要である(憲法35 条, 刑訴法218 条・219 条)。 したがって, 犯罪捜査のためにDNAを入手する必要のない場合, 例えば贈収 賄事件や道交法違反事件, 行政犯事件などでは被疑事実との関連性を想定でき ず, DNA の強制採取を認めることはできない。
それゆえ, 逮捕・勾留されてい るからといってすべての被疑者からDNA 型情報を取得できないのであるから, そもそも指紋と同一視することができない。
イ しかも, 一定の型の情報を入手するためには必然的にある人の細胞中の 「DNA 全体」を採取して鑑定しなければならない。その場合のDNA 全体とは, すべての遺伝情報が含まれている当該「ある人の究極の統一的・総合的個人情 報であるDNA」を意味する。それゆえ, 仮にそれを採取する場合には採取され たDNA 全体は無限定なDNA 型検査(個人情報の探知・収集)の現実的危険に さらされることになる。 これに対し, 警察庁は, DNA 型情報として利用するのは個々の遺伝情報が含 まれていない約 98%のイントロン部分であり, 遺伝情報に関係する約 2%のエ クソン部分は利用しないと述べている。 しかし, 上記の見解は, 結局のところ警察を信頼するよう求めているのみで あり, 遺伝情報が警察によって利用されない保証はない。 また, 解読技術の向上により, 約 98%のイントロン部分からも遺伝関連情報 が取り出される危険も指摘されている(例えば, 警察庁が採用している 9 種類 のDNA 型検査のうち, TH01 型には遺伝に関するプロモーター機能(*9)が含ま れているという指摘もある)。
したがって, DNA型情報を入手するためにDNA全体を採取することは人体細胞の奥深く侵入することに等しく, そしてそれはDNA 全体を丸裸にする現実的 な危険にさらすことであるから,体表の外観的形状を転写するだけの指紋情報 を取得する場合と同様に考えることが到底できないのは明らかである。
3 「究極のプライバシー」である DNA 型情報を保護するための民主的コントロー ルの必要性について
他方,DNA 型情報データベース・システムの構築は, 検挙率の向上, 事件の早期 解決を図り, 特に性犯罪分野での犯罪抑止目的のため必要であると説明されている。 また, 2001(平成 13)年 9 月 11 日の同時多発テロを受け, 2003(平成 15)年 5 月に開催されたG8 司法・内務閣僚会議において,各国がDNA に関する情報収集力を高め, 共同で取り組むことが確認されたため, 国際的な要請もあると説明され ている。 この点,自白に頼らない捜査の必要性や, 2009(平成21)年からの裁判員制度の 開始をふまえ,物的証拠による「客観的」な証拠収集が重要となっていることは確 かである。 しかしながら,前述のとおり, DNA情報は,個人の「究極のプライバシー」と 言われているように, 個人のすべての遺伝情報が含まれているものである。
日本国憲法は, 国家権力による権限の無制約な行使を制限するために法の支配を基本原理としている。 DNA 型情報のデータベースの構築を許容するにしても, 国家による無限定な DNA 型情報の収集・利用の危険から,日本国憲法13 条で保障されている個人の尊厳の中心となるプライバシー権ないし自己情報コントロール権を守るためには, 民主的コントロールが不可欠である。 そして,そのためには, 合理的な理由を立法目的とし, 採取,登録対象, 保管, 利 用, 抹消, 品質保証,監督・救済機関等の規制を伴った法律の制定が必要不可欠なのである。 この点, 2003(平成15)年にユネスコで採択された「ヒト遺伝データについての 国際宣言」も, DNA の収集は, 国際人権法に抵触しない国内法でなされるべきであ ることを明言しているところである。 4 警察における情報の集中の危険性について 付言するに, 現在,警察のもとには,運転免許証,監視カメラ,捜査等による情 報のほか,公安警察により収集された情報,行政警察の許認可等を通じた情報など, 国民の様々な情報が収集・蓄積され,管理・利用されている状況にある。 しかるところ,近時, N システム(自動車ナンバー自動読み取りシステム)のデ ータが愛媛県警捜査一課の警部のパソコンから「ウィニー」によって大量に流出した事件が報じられた。
N システムに関しては,従前,制度設計や運用がすべて非公開とされてきたとこ ろ,警察庁は, Nシステムにより収集されたデータに関し, アクセスできる者は限定 されており, 捜査に必要な場合以外に使用せず,データは一定期間を経過すると消去されるシステムであると説明してきたが, 全く事実と異なることが明らかになっ たのである。 このような警察における情報の集中の危険性に鑑みれば,DNA 型情報データ ベース・システムを法律によって制度を構築・運用することは不可欠であり,将来 的には,上記のシステムの構築・運用については,警察庁その他の政府の行政機関 から独立した第三者機関を設置してこれに委ねることも検討されるべきである。
5 小括
よって, 現在警察庁が運用している DNA 型情報データベース・システムは, 日本国憲法13条の保障するプライバシー権ないし自己情報コントロール権を侵害 する重大な疑いがあるものであり,速やかに本規則を廃止し, 法律をもって上 記のシステムの規制がなされるべきである。
第7 D N A 型情報の採取―特に,具体的な捜査の必要性がない被疑者からの強制的な採 取―について(*) (*)この意見書の立場では, この問題は, 法律に基づいてDNA 型情報データベース・システム を構築した後, もしくは法律を制定する際の議論である。
1 DNA 型情報の採取の方法について
上記のとおり,DNA 型情報データベース・システムは法律によって構築・運用さ れなければならないが,採取,登録対象, 保管, 利用, 抹消, 品質保証,監督・救済機 関等を検討する前提として,DNA 型情報の採取,特に,具体的な捜査の必要性がな い強制的な採取について検討する。 この点に関し,まず,警察におけるDNA 型情報の採取として考えられる方法を整理するに,DNA 型情報の内容としては,遺留DNA 型情報,被疑者DNA 型情報及び 一般人DNA 型情報が考えられる。 また,具体的な捜査の必要性については,これがある場合とない場合とが考えられ る一方,被疑者DNA 型情報については,同意に基づく任意の場合と同意に関わらな い強制の場合とが考えられる。 これらの方法を整理するに,次頁の表のとおりである(もっとも,前述のとおり, 一般人DNA 型情報については,現行のDNA 型データベース・システムに登録され るものとはされていない)。
このうち,特に問題となる具体的な捜査の必要性がない被疑者からの強制的な採取の部分は,太線で囲まれた部分である。 具体的な捜査の必要性がある 具体的な捜査の必要性がない 遺留 D N A 型 情報 現場に遺留された血液等で行った DNA 鑑定書で 取得したデータ(科警研,科捜研,大学等) 捜査対象ではない 被疑者 D N A 型情報 捜査段階で当該捜査の ため被疑者の同意に基 づいて得た血液等で行 ったDNA鑑定書で取得 したデータ(科警研,科 捜研,大学等) 捜査段階で当該捜査の ため鑑定処分許可状等 に基づいて得た血液等 で行った DNA 鑑定書 で取得したデータ(科 警研,科捜研,大学等 具体的な捜査に関わり なく,被疑者の同意に 基づいて得た血液等で 行った DNA 鑑定書で 取得したデータ(科警 研,科捜研,大学等) 具体的な捜査に関わりな く,被疑者の同意に関わ らず強制的に得た血液等 で行った DNA 鑑定書で 取得したデータ(科警研, 科捜研,大学等) 一般人 D N A 型情報捜査段階で当該捜査の ため一般人の同意に基 づいて得た血液等で行 ったDNA鑑定書で取得 したデータ(科警研,科 捜研,大学等) 捜査段階で当該捜査の ため鑑定処分許可状等 に基づいて得た血液等 で行った DNA 鑑定書 で取得したデータ(科 警研,科捜研,大学等) 具体的な捜査に関わり なく,一般人の同意に 基づいて得た血液等で 行った DNA 鑑定書で 取得したデータ(科警 研,科捜研,大学等) 具体的な捜査に関わりなく,一般人の同意に関わ らず強制的に得た血液等 で行った DNA 鑑定書で 取得したデータ(科警研, 科捜研,大学等)
2 具体的な捜査の必要性がある場合の被疑者DNA 型情報の採取について
まず,具体的な捜査の必要性がある場合に関し,被疑者から強制的にDNA を採取 するためには, 強制採尿と同じく医師によるという条件を付した捜索差押許可令状 か, 採血と同様に鑑定処分許可状と身体検査令状が必要であることは,前述のとおり である。
他方,具体的な捜査の必要性がある場合において,被疑者の同意に基づき任意の採 取を行うことも考えられるが,被疑者として捜査の対象となり,又は,身柄を拘束さ れた状況下において,被疑者の真意に基づく同意が得られるか否かは疑問であり,同 意の名の下に強制的な採取が行われる危険がある。 前述のとおり,DNA 情報が,「究極の統一的・総合的な個人情報」であることに 鑑みれば,被疑者からのDNA 型情報の採取は原則として令状によるべきであり,例 外的に任意の採取を行う場合は,書面により,採取の意味,利用方法などの説明を十 分に行うべきである。
3 具体的な捜査の必要性がない場合の被疑者DNA 型情報の採取について
(1) 他方,具体的な捜査の必要性がない場合の被疑者DNA 型情報の採取において, 現行の DNA 型情報データベース・システムを前提としても, 指紋と同じように DNA 型情報を取得することができるとする見解が警察で開催されたシンポジウム で提起されている(「日英犯罪減少対策フォーラム『犯罪対策としてのDNA 型情 報の活用について~英国の制度を参考に』前田雅英基調報告『DNA データベース 化の必要性と犯罪状況』警察学論集58 巻3 号70 頁以下)。
すなわち, 口の中の口腔内細胞は綿棒でひと撫ぜすることによって採取でき, こ れを利用してDNA 鑑定をすることが可能であるが, これは外界に接する体表面か ら簡単に剥がれる細胞を取得するだけであるから,指紋の採取に準じて刑訴法218 条2 項により実施できるという見解である。 しかし,このような方法が, 刑訴法218 条2 項が予定するものとは到底解するこ とはできないことは既に述べたとおりであり,上記の見解は到底採り得ないものと いわざるを得ない。
(2) これに対し,新たな立法をもって具体的な捜査の必要性がない場合の被疑者 DNA 型情報の採取を導入することについては,近時, 警察関係者が「近い将来, 法 律等の問題を整え, 逮捕された被疑者等のDNA 型データベース化が開始されるで あろうと思われる。」と述べているとおり(吉野峰生「DNA 活用の今後の動向」 警察学論集60 巻1 号171 頁), 既に警察では検討されていると思われる。 まず, 英米等では, 前述のとおり,DNA 型情報データベースに登録する目的で生 体資料の提出を被疑者又は受刑者に強制することを許容する特別の法律を制定して いる。 その上で, 方法は大別して2 つあると考えられる。第1 は「イギリス型」であり, 被疑事実の種類を問わず,「逮捕された者」からの DNA 情報の採取を許容する制 度である。第 2 は「アメリカ型」であり, 主に「重大犯罪を犯した受刑者」からの DNA 情報の採取を許容する制度である(なお,アメリカにおいては,「別紙1」及 び「別紙 2」のとおり,2005(平成 17)年 DNA 指紋法により,連邦においても, 「逮捕された者」からの DNA 情報の採取を許す制度に変更されているが,従前の 制度を前提として,「アメリカ型」と呼ぶことにする)。 これらはいずれもデータベースを拡大する方向であり, 今後わが国の法整備を考 えるときに選択肢となり得るため, わが国における妥当性を検討しておくことが不可欠となる。
(3) そこで検討するに,まず, 憲法 35 条の規定する捜索・押収における令状主義の 保障の例外が,現行犯逮捕ないし緊急逮捕の場合に限られていることを考えると, 犯罪の嫌疑がない無令状の捜索・押収が憲法 35 条の許容するところでないことは いうまでもない。 13 したがって, 具体的な捜査の必要性なくして DNA 情報を取得することはできな いところ、被疑事実によっては, 捜査の必要上, DNA 情報を取得する必要が全くな いものがあるのであるから(形式的行政犯,贈収賄事件等), 被疑事実の種類を問 わず,逮捕された被疑者から DNA 情報を取得する「イギリス型」の方法は, わが 国では憲法35 条に反するものとして許されないと考えられる。 (4) 次に,具体的な犯罪捜査の必要性からではなく, データベース化それ自体のため に DNA 情報を強制的に採取することの可否について検討するに,それは, 「将来 の」犯罪捜査に役立てることを目的とするものであるから, 犯罪捜査そのものでは ない。
すなわち、このような目的によるDNA 情報の強制的な採取は、犯罪の予防ない しは捜査の円滑化を図るという行政警察の問題であり、プライバシー権ないし自己情報コントロール権の保障と行政警察権の行使に関する適正な手続の調和という 憲法31 条が妥当する場面ということになる。 したがって、法律に定める手続によらなければならず, その内容も適正手続の保 障に反しないことが必要となるが、将来の犯罪捜査の必要からDNA の強制採取を 可能とする立法は許されないというべきである(なお, 刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律第16 条1 項では,「その者の識別に必要な限度で」,「身体検査」をすることが可能であると定められている。しかし, この規定にそもそもDNA サンプルの採取までを読み込むこ とは困難である上,同法をもって,将来の犯罪捜査一般の目的として,DNA 型情報データベー スを構築するために生体資料を入手できる法的根拠とすることは到底できない(*))。 なぜなら, このような採取によって侵害にさらされる基本的人権は,日本国憲法 13 条が保障するプライバシー権ないし自己情報コントロール権という重要な権利 であり, その中でも,DNA 情報は,「個人の究極のプライバシー」というべき情 報だからである。 そうすると, 確かに, DNA 型データベースを充実・整備することが将来の犯罪捜 査に有用であることは否定できないものの,「個人の究極の統一的・総合的個人情 報であるDNA 全体」を採取しなければならないことに鑑みれば, 将来の犯罪捜査 の目的によってDNA 情報の入手を許すことは,極めて重大な権利侵害として許さ れないものというべきである。 そして,このことは, 採取対象者を重大な特定の犯罪を行った受刑者ないし累犯者に限定したとしても,変わらないものと解すべきである。
(*) 法務省は, 近時,開設した美祢社会復帰促進センターにおいて, 受刑者の管理の方法として 「指の静脈画像」による認証システムを導入した。これも体表面からの情報取得であって身体に 対する侵襲性を欠くともいえるが, 体内の生体情報を取得するものであり, 少なくとも, 規則で 定める手法が正しいとは思われない。 14 第8 D N A 型情報データベース・システムを構築・運用するための法律に定めるべき内 容 以上をふまえ,DNA 型情報データベース・システムを構築・運用するための法 律に定めるべき内容について検討するに,DNA が「個人の究極のプライバシー」で あることに鑑み, 採取,登録対象, 保管, 利用, 抹消, 品質保証, 監督・救済機関のそ れぞれについて,次のとおり定めるべきである。
1 採取
DNA型情報は具体的な事件捜査の必要性がある場合に限り採取できるものとすべ きであり,具体的な事件捜査の必要性と関係なくデータベースに登録するために DNA 型情報を採取することは許されないものとすべきである。 また,被疑者からのDNA 型情報の採取は原則として令状によるべきであり,例外 的に任意の採取を行う場合は,書面により,採取の意味,利用方法などの説明を十 分に行うべきである。 その理由については,前述のとおりである。
2 登録対象
(1) DNA 型情報データベース・システムに登録する DNA 型情報は,現行の遺留 DNA 型情報,変死者DNA 型情報及び被疑者DNA 型情報に限り, かつ, 遺伝子情 報を含まないものとすべきである。 なぜなら, みだりに「個人の究極のプライバシー」である遺伝子情報を登録さ せないためであり, これに違反した場合には, 罰則を課すことも検討すべきであ る。
(2) 登録する被疑者 DNA 型情報については, 強盗・殺人などの生命・身体に対す る重大な犯罪・性犯罪などの一定の犯罪類型に限るべきである。 なぜなら, プライバシー権ないし自己情報コントロール権の保障の観点からは, DNA 型情報の取得はできる限り謙抑的にすべきだからである。
(3) 被疑者から任意に採取した DNA 型情報をデータベースに登録する場合は,採取時にデータベースに登録することの同意を得ている場合を除き,あらためて書 面による同意が必要であるとすべきである。 なぜなら,DNA 型情報をデータベースに登録することは,プライバシー権ない し自己情報コントロール権を新たに制約するものとなるからであり,DNA 型情報 の保管, 利用などについてあらためて同意を求める必要があるからである。
(4) 少年の場合には, 少年の可塑性に鑑み, 原則として登録対象者とすべきでな い。特に, 14 歳未満の少年は刑事責任を問われないのであるから,登録対象者か ら除外すべきである。
3 保管
(1) 不正アクセス, 情報漏洩を防止するためには, データベースの情報管理者を明 確に定めることが必要であり, その権限と責任を明らかにすべきである。
(2) また, データベースにアクセスできる者については,これを限定すべきである。
(3) 情報管理者がその責任や権限に反した場合や,捜査官その他の者が不正利用, 不正アクセス, 情報漏洩などをした場合の罰則が定められるべきであり, DNA が 「究極のプライバシー」と言われることも考慮すると, 罰金刑の他懲役刑の選択 も検討されるべきである。 この点, いわゆる住基ネットに関し, 住民基本台帳法において,目的外利用が罰 則をもって禁じられていることを想起すべきである。
(4) 被疑者 DNA 型情報を登録・保管する期間を限定すべきであり,この期間につ いては, カナダ DNA 鑑定法(1998 年制定), ドイツ DNA 同一性確定法(1998 年制定)に準拠して5 年から10 年の間で定めることも検討されるべきである。
4 利用
(1) DNA 型情報データベース・システムは, 原則として具体的な捜査の目的のみに 利用されるべきである。
(2) また, DNA 鑑定は不一致の場合に強力なスクリーニング機能を有するから,無 罪を立証する場合や再審請求を行っている場合において、冤罪を解明する目的の ためにデータベースを利用する必要性が高く, アメリカでは多数の死刑確定者な どが救済されていることに鑑み, このような目的による利用は目的外利用ではな いとすべきである。 例えば, 冤罪を争っている再審請求人が自分の DNA 型と類似した第三者が犯 人であると主張した場合において, その DNA 型情報が登録されているかどうか 調査する場合などである。なお,このような第三者の DNA 型情報があり,サン プルも残存している場合には, サンプルの利用も可能とする必要があるから, そ の制度的手当も必要である(*)。 (*)このような場合, 警察が DNA 型情報の開示を拒むことはできないとすることが必 要である。すなわち, 冤罪を解明する目的の情報提供については,DNA 型情報データベ ースを定める法律において,これを可能とするよう明記すべきである。 (3) 個人情報保護の観点からは, プライバシー権ないし自己情報コントロー 権の侵害が拡大しないよう, 警察と他の行政機関の情報とのマッチングを禁 止すべきである。
5 抹消
(1) DNA 型情報の抹消ないし廃棄の事由が明示される必要があり, 少なくとも, 無 罪・公訴棄却・免訴の裁判が確定した場合, 嫌疑なしや嫌疑不十分により不起訴と 16 なった場合, 違法収集証拠と判断された場合,登録対象者の保管期間内の死亡の場 合は, DNA 型情報を抹消する義務があることが定められるべきである。なお, 心神 喪失などを理由とする無罪の場合や, 起訴猶予の場合についても, 原則として抹 消すべきである。 この点,当連合会は,1997(平成9)年9 月17 日,捜査機関による無罪判決確 定後の指紋・写真の保存に関する人権救済申立事件に関し,警察が,無罪判決確 定後も,申立人の指紋や写真を廃棄せずにその保有を継続していることは,プラ イバシーないし個人情報の自己コントロール権という基本的人権の侵害であると して,所轄署,県警及び警察庁に対して指紋及び写真の原本及びその複製を直ち に廃棄する等警告するとともに,法務省及び衆参両院に対して無罪確定者の指 紋・写真の廃棄義務を明記する法律の制定等を行うよう勧告しているところであ る。
(2) 自己情報コントロール権の保障の観点から, 誤ってデータベースに登録さ れている者については, その抹消等を求める権利があることを明らかにすべ きである。
6 品質保証
登録される DNA 型鑑定の品質保証(信頼度ないし精度)を確保する方策が定め られるべきである。
(1) 現在, 日本の警察においては, 第三者機関による DNA 型鑑定の品質保証がな されていない。 しかしながら,品質保証は, DNA 型鑑定の信頼性を保つ上で不可欠であり,米 国及び欧州では,このような方策が採られている。
ア まず, 米国においては, 1994(平成6)年に米国DNA 鑑定法が可決され, 連邦 捜査局(FBI)長官は, DNA 品質保証の方法に関する諮問委員会を任命しなけれ ばならないとされ, 諮問委員会は, 品質保証の基準(DNA の分析を必要とする 際の犯罪科学研究所や分析官の技術・技能検定の基準も含む)を作成し, 必要 に応じて定期的に改正し, 勧告を行わなければならないとされている。 そして, 同法により設置されたDNA 諮問委員会は, 1998(平成10)年に「犯 罪 DNA テストを行う研究室の品質保証基準」, 1999(平成 11)年に「犯罪者 DNA データベース化を行う研究室の品質保証基準」を設けている。 また, FBI 長官は, 勧告された基準を考慮した後, 品質保証の基準(DNA の分 析を実施する際の犯罪科学研究所や分析官の技術・技能検定の基準も含む)を 発しなければならないとされている。 その結果, 米国では,これらの基準を守ることが,DNA 鑑定の法廷での信頼 性の前提とされている。 もっとも, 2001(平成13)年の審査においては, 地方の警察の研究所の半分が 17 FBI の基準を守っていないことが示される等問題が生じていることも指摘され ている(勝又義直「DNA 鑑定―その能力と限界」139 ないし140, 285 頁)。
イ 次に,欧州においても, ヨーロッパ審議会閣僚委員会 1992(平成 4)年 2 月 10 日勧告Nr.R(92)1「刑事司法制度の枠内におけるデオキシリボ核酸(DNA) 分析の利用」の「6. 研究所及び施設の認可及び DNA 分析の監督」において, 「DNA 分析は, 適切な設備と経験を備えた研究所によってのみ実施されるべ き高度な科学的手続である。加盟国は, 以下の基準を満たす認可された研究所 又は施設の名簿が作成されることを保障すべきである。」とされるとともに, 「高度な職業的知識及び適切な品質管理手続」が必要であるとして, 品質保証 が要求されている(日本弁護士連合会人権擁護委員会編「DNA 鑑定と刑事弁護」 185 頁)。
(2) 以上によれば, 日本においても, DNA 鑑定の信頼性を上げるためには, 米国や 欧州のような品質保証の基準が策定され, 実行されることが不可欠であり,その 際には, いかなる第三者機関が品質保証の基準を策定するかという問題や,策定 した基準を守らせる実効性についての手当が必要であることについて. 特に留意 されるべきである。 なお,DNA 型情報を得た資料の採取過程,鑑定経過について,再検証が可 能となるようできる限り証拠化しておくとともに,DNA 型情報の基礎となっ た生体資料を再鑑定が可能な状態で保存することを義務付けることも検討 されるべきである。 7 監督・救済機関 DNA 型検査の方法,品質保証などを含むデータベース・システムの構築・運用の 状況を監督するとともに, 人格権・プライバシー権の侵害の有無を調査し, 救済する ための第三者機関を設置すべきである。
(1) 具体的には, 個人情報が法律, 命令等にしたがって適切に収集され, データベ ースなどが適切に管理されているかなどを常時監督する独立した機関として, 「DNA データベース・システム監督委員会」のような機関が設置されることも検 討されるべきである(当連合会の2002(平成14)年4 月20 日付「行政機関の保 有する個人情報の保護に関する法律案」に関する意見書, 2003(平成15)年1 月 31 日付「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律案の修正案」に対する 意見書参照)。
(2) また, 生体資料の採取,DNA 型情報のデータベース化において, 人格権やプラ イバシー権などの人権侵害があった場合, 被害者がその調査や救済を求める「政 府から独立した調査権限のある人権機関」として,「DNA 型個人情報保護委員会」 のような機関が設置されることも検討されるべきである(当連合会では, 2000(平 成12)年10 月6 日の人権擁護大会において, 「政府から独立した調査権限のある人権機関の設置を求める宣言」をし, 1993(平成5)年国連総会で採択された「国 内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」にのっとり, 準司法的権限を持ち, 実 効ある救済措置を講ずることのできる独立行政委員会の設置を国に求めている)。
第 9 結論
以上のとおりであるから, DNA 型情報データベース・システムは,プライバシー 権ないし自己情報コントロール権を侵害することがないよう規則ではなく法律によ って構築・運用されなければならず,国家公安委員会規則15 号は速やかに廃止され るべきである。 また,法律を制定するに当たっては,採取,登録対象, 保管, 利用, 抹消, 品質保 証, 監督・救済機関について,以上に述べたとおり適正に定めるべきである。
以 上
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/071221_000.pdf