◆ 「教科書調査官が北朝鮮スパイ」と報道した『アサ芸』『産経』に
   文科省が記事撤回要求等、抗議文を発出
 (マスコミ市民)

永野厚男(教育ジャーナリスト)

 


8月4日、『産経』『アサ芸』記事は事実でない、と明言した萩生田光一文科相


 文部科学省は8月6日、『週刊アサヒ芸能』(以下『アサ芸』)を発行している徳間書店の小宮英行社長と、産経新聞社の飯塚浩彦社長に対し、瀧本寛ゆたか・初等中等教育局長名の抗議文を発出した。

 『アサ芸』7月30日号(7月21日発売)は「『北朝鮮スパイ』リストに『文科省調査官』の衝撃の真相」と題する、3頁建ての記事を掲載。
 文科省の中前吾郎・主任教科書調査官(地理歴史科・歴史担当)を「X氏」と表記し、その経歴に触れ、「韓国・霊山大学の講師に就任。この時、韓国内で活動する北朝鮮工作員に『スカウト』された


 「日本に帰国後、別の工作員グループに所属し、活動していると見られている。そのグループは、かつてはオウム事件などに関与し、日本転覆を図ったことがある」と記載した。

 また『産経新聞』は、7月27日付「産経抄」が『アサ芸』を引き、「記事によると、韓国の情報当局が脱北者団体を家宅捜索したところ、『北朝鮮スパイリスト』が出てきて、教科書検定に関わっている文部科学省調査官の名前が記載されていた。(略)ご本人は、取材拒否したが、なぜこのような人物を、教科書の生殺与奪を握る調査官に任命したのか。出会い系バー通いを『女性の貧困調査』と言い募った元事務次官が象徴するように、文科省は腐りきっている。萩生田光一(はぎうだこういち)文科相、しっかりしないと、ミイラ取りがミイラになりますぞ」と記述。便乗し前川喜平・元事務次官非難まで行った。

 翌28日付コラム「風を読む」でも、乾いぬいまさと正人・論説委員長が「教科書調査官と北朝鮮の闇」と題し、「第一、『北朝鮮スパイ』と疑われた人物を調査しなくていいのか。もし、事実でないならば、名誉毀損で訴えるのがスジである。萩生田光一文相(ママ)には、腹をくくって文科省の闇にメスを入れてもらいたい。できなければ、『安倍最側近』の看板が泣きますよ」と、萩生田氏まで挑発しつつ独自の主張をした。


 ◆ 文科省、『アサ芸』に記事撤回要求、『産経』には「強く抗議」

 文科省の抗議文は、『アサ芸』に対してはまず、「高度な専門性を有する適切な人材を確保するよう、関係学会に属する者や教科において高度な学識経験者又は当該教科の指導経験を有する者などから、幅広く複数の候補者を人選しており、書類審査、面接審査の後、省内の教科書調査官選考検討委員会における候補者の評価・検討を経て、慎重に採用の決定を行っています」と、教科書調査官の選考方法を説明。
 その上で、前出の傍線部は、この「選考」の「過程やその後の調査においても全く確認されておりません」と断じ、「到底容認することはできません」「ここに強く抗議し、記事の撤回を求めます」と、警告している。

 また『産経』への抗議文は、乾氏の「風を読む」の前掲主張に対し、「『北朝鮮スパイと疑われた人物を調査しなくていいのか』などと、週刊誌(注、『アサ芸』)記事の内容が事実であるとの前提の論説記事」であり、「本省の調査の結果、週刊誌記事内容は事実であることを確認できませんでした」と反論している。
 『産経』宛抗議文は続けて、「当該教科書調査官の『専門的な学識』に関する記述も事実と異なります」と述べた上で、「そのような記事に依拠した憶測に基づいた報道がなされ、教科書検定の公正性について疑念を生じさせるような記事を掲載したことは、誠に遺憾であり、ここに強く抗議します」と結んでいる。


 ◆ 『アサ芸』『産経』の教科書調査官バッシングは、改憲〝教科書〟の検定不合格と関係?

 『産経』の乾氏は、「(X氏が)『従軍慰安婦』という誤った用語を中学校教科書に復活させ、左翼陣営が忌み嫌う『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書(注、自由社発行)を検定不合格にした張本人だという」と明記。『アサ芸』も同様の本音を述べている。
 また7月31日、文科省内での記者会見で、男性記者(早口で氏名が聞き取れない)が「一部新聞報道という話もありましたが、自由社の歴史教科書が不合格となったことに絡めて、不正が、疑惑を訴える声もあるわけなんですけど」と質問。
 この会見で、萩生田氏
 ①当該調査官(注、中前さん)には、既に担当課より記事の内容について聞き取りを行い、本人からは全く身に覚えがないという趣旨の回答がなされたと報告を受けている、
 ②歴史については、複数の調査官が担当しており、当該調査官は自由社の主担当(連絡調整や取りまとめを行う)ではない、
 ③自由社は400か所の訂正意見が付されたが、当該調査官が担当したのはそのうちの2か所であり、しかも朝鮮半島の問題とは全く関係のない箇所であった。
――などと『アサ芸』『産経』に反論した。

 萩生田氏は8月4日の記者会見でも「週刊誌報道にあった教科書調査官の名前が掲載されていると言われる文書の存在等含めて、掲載にあるようなことの事実確認はなされませんでした。存在は確認されませんでした。併せて、特定の教科書検定に変更があったなどとされる教科書検定に関する部分も含めて、全く問題はございませんでしたので、報告をしたいと思います」と明言している。

 だが『産経』は、8月11日付で「文科省局長の抗議に答えます 論説委員長・乾正人」と題するコラム「風を読む」で、X氏の大学教員としての経歴が調査官としての「担当科目に関して『高度に専門的な学識及び経験を有すると認められる者』」であるかどうかについての一定の反論はした(文科省の主張を覆すには至っていない)けれど、「北朝鮮スパイ」なる問題は、何一つ反論できていない。

 このため東京の研究者らが10月14日、文科省教科書課に問い合わせると、『産経』からこれ以外反論はなく、『アサ芸』からも何の返答もないという。

 メンバーらが扶桑社(ふそう)の社会科〝教科書〟を執筆してきた前記「新しい歴史教科書をつくる会」は、自由社版の同会と育鵬(いくほう)社(フジ・産経グループのフジテレビ孫会社)版の日本会議系とに、分裂している。だが『産経』は今回、検定不合格となった内紛相手の自由社版を擁護する記事を載せた。
 筆者が「この理由は、自由社版と育鵬社版が国家主義思想で共通しているからですか?」と取材すると、浪本勝年(なみもとかつとし)立正大名誉教授(故家永三郎・東京教育大名誉教授の教科書裁判に関わってきた)は、「2社の教科書の内容には同じDNAが流れています」と回答した。


 ◆ 文科省や萩生田氏への監視、批判、対案提示も重要

 筆者は今回、生まれて始めて文科省を全面支持する記事を書いた。
 しかし、(1)同省が学習指導要領(特に2017年3月告示の改訂版の社会)において、自衛隊・日米安保・愛国心・天皇・君が代・神話等で、政府見解や自民党等保守政党の主義・主張、政策を〝是〟と教え込む(indoctrination)よう規定し、(2)萩生田氏が自民党教育再生実行本部の「教科書検定のあり方特別部会」の主査当時の13年6月25日、いわゆる〝自虐史観〟に加え、領土問題等で政府見解を必ず記述せよ、〝愛国心〟を盛り込んだ改定教育基本法の趣旨をしっかり踏まえよ、などと強制する提言を公表、(3)これを受け、下村博文(はくぶん)文科相(当時)が14年1月17日、小中学校社会、高校地歴・公民の教科書検定基準を改定した――等は、『週刊金曜日』や『月刊 紙の爆弾』に詳細に取材し、対案を含め批判的に執筆しているので、よろしければこちらもネット検索頂きたい。

『マスコミ市民』(2020年11月)