◆ メディアの注目度も低下した「大学入試改革」で、いま何が話されているのか?
   これが本当の大学入試改革の現在地
 (ハーバー・ビジネス・オンライン)

<文/清史弘>


 前回の記事で、この「大学入試のあり方に関する検討会議」(以下、検討会議と略す)が今後の大学入試に与える影響の割合が大きいにも関わらず注目されなくなってきたと書きました。
 第15回の検討会議では傍聴者が50人(これまでの多いときは400人程度)でしたが、今回の第16回の会議では100人程度に増えていました。
 さて、今回は委員間での意見交換が行われました。この意見交換は会議の後半で行われましたので、この記事の最後の方で説明します。

 ◆ 各大学からのアンケートに基づいた分析

 今回の会議の中心の一つは、すでに全国の大学に依頼した大学入試に関するアンケート(771大学に依頼、回収率9割)の集計結果の発表です。


 この検討会議では検討を続けるうちに、国公立大学と私立大学では状況がかなり違うことが明らかになってきましたが、そのことも今回のアンケート結果からわかります。

 今回の集計ではさらに大学の規模を入学定員が300人未満、300~1000人未満、1000人以上に分けて(区分は学部単位)集計したものもあります。ほとんどの報道ではこれらをまとめたものを流していますが、項目によっては分けて報道することも必要です。
 アンケートの結果は文科省のホームページでも見ることはできますが、重要なものをあげておきましょう。


 ◆ 英語の民間試験、記述式問題の議論は??

 (1) 英語の民間試験の利用について


 現在の共通テストでは4技能のうちスピーキングライティングを測ることはできません。そこでこの2技能について、
   ・共通テストの中に入れるべきか
   ・共通テストの枠内で民間試験を入れるべきか(共通テストの代わりとして民間試験の結果を利用するか)
 について問いました。
 この結果は、国公立大学と私立大学の差は少なく、肯定的なのは概ね30%~35%の学部に留まっています。

 国公立大学と私立大学の考えが大きく異なるのは、
  「個別試験(一般選抜)において英語資格・検定試験を活用して評価をすべき」
という項目で、肯定的な回答をしたものの割合は、
   国立大学(385学部)が18.9%
   公立大学(175学部)が28.6%
   私立大学(1662学部)が53.2%
 となり、私立大学では過半数以上が「民間試験は可」という結果がでています。

 (2) 記述式問題の出題について

 一部の報道では、15%の大学が「共通テストで記述式を出題すべき」と回答していると流していましたが、これを国立・公立・私立で分けると次のようになっています。
   国立大学(385学部)は6.0%が肯定的
   公立大学(175学部)は12.6%が肯定的
   私立大学(1662学部)は17.3%が肯定的
 この質問については国立大学と私立大学では考え方の差が大きいのですが、同様に大きいものは、「個別入試(一般選抜)の記述式問題を充実すべき」という項目です。
 肯定的な割合は次のようになっています。
   国立大学77.6%
   公立大学78.9%
   私立大学52.4%
 この結果は、単に私立大学が記述式をする必要はないと考えているのではなく、私立大学が入試を実施するにあたっての苦悩(やりたくてもできない事情がある)が反映されています。この点について日本私立大学連盟理事の芝井委員が触れています。(後述)

 ◆ 試験問題を作成できる人がいなくなる?

 前回の記事でも触れましたが、第15回の会議で大臣はこの会議の委員に宿題を出しています。それは次のようなものでした。

 (大臣からの前回の宿題)
 大学が自前で作問および採点をしなくなると、試験問題を作れる大学人がいなくなるのではないか?

 これに対して、次のような回答がされました。
 (川嶋委員による回答)
 残念ながらそれは事実である。特に、大学では教養部を廃止するようになり、高校と大学を結ぶものも希薄になってきている。したがって、若手の教員が作問に携わる機会が減っている。
 解決策の一つとして、大学入学共通テストの問題作成に若手の教員の多くが参加し、そこでノウハウを学んでもらえるようにと考えている。これは国立、私立を問わずに各大学に(若手の人に作問の参加を)お願いしたいと考えている。

 蛇足ですが、最近の大臣はよく発言します。安倍政権以降の文科大臣の中では最も大学入試に関心を向けた大臣という印象を与えます。
 今回の会議では、退席時に、大学入試の話ではありませんが、これから誰と会って、どのような話をするかをお話になって席を立ちました。厚生労働大臣、経済再生大臣、一億総活躍大臣の4名で経済団体の人と会って、既卒の人も新卒と同じような扱いを数年間できるように要請するとのことでした。


 ◆ 大学入試センターから報道への苦言

 大学入試センターの山本委員(正確にはオブザーバー)が、10月21日に一部メディアで報道された記事について次のように述べました。

 「令和6年度(令和7年1月に実施予定)の共通テストで、あたかも新しい教科『情報』が課せられることが決定したかのような的を射ていない報道が流れていたので、(大学入試センターの)ホームページでコメントを載せたのでご覧いただきたい」

 そして、次のような内容の説明をしています。

 「学習指導要領の改定時にはこれまでも出題科目の検討も行っているので、今回も幅広い専門家を交えて、教科としての『情報』を入れるかどうかを含め、今、検討を行っているところである。関係団体への意見も伺っているところであるが、ひな型というか、検討の素案になるものも必要だろうということで情報提供(資料の配布など)を行ったら、あたかも決定事項のように流れてしまった。先だっての報道のように、『これで決まった』ということでは決してない
 今後は、今年度中に大学入試センターとしての結論を得て、最終的には来年の夏前に文部科学省の方から『大学入試共通テストの実施大綱の予告』という形で発表される予定である」

 なお、現在、大学入試センターから関係団体に意見の取りまとめを依頼しているようですが、それの締め切りが11月30日とのことです。

 (参考)新学習指導要領は現在の中学2年生から施行されますが、令和2年に中学2年生であるので、次のように覚えておくと便利です。

 ・新学習指導要領が開始される年は、今の中学2年生が高校1年生になるときなので
  高校1年→中学4年→令和4年 と考えて、 令和4年から開始
 ・新学習指導要領に基づく最初の共通テストが実施される年度は、今の中学2年生が高校3年生のときなので
  高校3年→中学6年→令和6年  と考えて、 令和6年度
 したがって、実施されるのは令和6年度の1月なので、実施は令和7年1月となります。


 ◆ 意見交換からにじむ私大の苦悩

 会議の後半で委員による意見交換が行われました。
 いくつの話題がありましたが、私立大学が大学入試に苦労をしているという話が印象的です。私立大学が入試に苦労をしている背景として、定員の厳格化、日程的な制約があるとのことです。

 定員厳格化については、私立大学側を苦しめるだけではなく、学生のためにもならない。それは、定員厳格化のために私立大学は何度も追加合格を出すことになり、学生の進学先の決定が遅くなる(末冨委員)という理由があげられました。

 また、私立大学の代表意見として芝井委員が、共通テストの実施日が1月では遅いことに苦言を呈しています。
 そのために、採点に時間がかけられず、記述式の問題を出題しようとしても限界があるとのことで、共通テストを早められないか(他の委員から否定されました)などの発言をされています。

 その中に「基礎学力テスト」すなわち現在の「高校生のための学びの基礎診断」を入試に利用できないかと考えているようです。
 芝井委員は発言の最初の方では「学びの『基礎』診断」を「学びの『自己』診断」と誤解していて、「『自己』で診断だから入学者選抜には使えない」と考えているようですが、今後、もう一度入学者選抜に利用可能な「基礎学力テスト」を検討されるべきであると主張されました。

 今回の会議を通じて、国公立大学と私立大学では、大学入試の役割、実施する環境などが大きく異なるということがはっきりしてきました。
 全国一律のルールを決めようとすると難しい部分もあり、今後は分けて考えていくこと部分があることもはっきりしてきました。

 清史弘 せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。
 数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。 

『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2020.11.02)
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