◆ 育鵬社版 採択で壊滅的打撃
採択阻止運動の成果と今後への取り組み (『思想運動』)
高嶋伸欣(琉球大学名誉教授)
安倍習三首相などタカ派文教族や日本会議系政治家たちの支援を受け、育鵬社版歴史・公民の中学教科書は、一時期、目標の採択率一〇%に近づいていた。
だがこの夏、全国各地の市民運動などにより壊滅的打撃に追い込まれている。
前回の採択では、歴史七万二五〇〇部(六・四%)、公民六万一〇〇〇部(五・八%)だった。
それが大口の横浜市各二万六〇〇〇部、大阪市一万八五〇〇部や神奈川・藤沢市、大阪・四条畷市、河内長野市、東大阪市、東京・武蔵村山市、愛媛・松山市など育鵬社離れが雪崩現象となった。都立中高一貫校一〇校が一斉に他社版に乗り換えた。
採択結果の公表を先送りしている自治体や私立校などについては不明だが、全体として一万部に届くかも疑わしい。
これまで以上の赤字累積になる。支援の日本会議(母体は神社本庁)にとっても重い負担になるのは確実だ。
天皇中心の歴史改竄と改憲思想の植え付けを目指す「新しい歴史教科書をつくる会」は、二〇〇一年の参入以後、採択惨敗の責任押し付け合いの後に分裂した。
藤岡信勝主導の自由社版は、安倍政権からも見放され、今や息の根を止められようとしている。
一方の育鵬社版は、日本会議寄りの首長が任命した教育委員に忖度させることで五%超まで採択率を伸ばした。
しかし、それが逆に全国で危機意識を高め、各地の市民運動の連携を促進させた。
◆ 情報共有化で勢いを得た市民運動
今回の市民運動の特色、それは惰報の掘り起こしと交換が緊密、頻繁に行なわれたことにある。
典型は育鵬社版公民の新コラム「『子どもの貧困』と『子ども食堂』」の、問題発覚とその後の全国展開による波状攻勢だった。
同コラムは「ひとり親家庭は」すべて「経済的に余裕がない」と断定し、そのために全国の『子ども食堂』があると、一面的な記述で貫かれている。
そこには親の都合や社会的事情でひとり親になりながら、たくましく日々を過ごしている児童生徒への目線がない。また他の児童生徒に偏見や誤解を植え付け、いじめ・差別などを誘発しかねない記述でもある。
同コラムがそうした非教育的で危険な内容だと最初に指摘したのは、九州の某教育委員会の教科書比較検討資料だった。
その資料が早くに公開され、気づいた市民がメールで紹介し、情報は全国で共有化された。
やがてこの記述を検定で見逃した文科省の責任とともに、人権侵害に及ぶ危険性のある記述の同書をあえて採択すれば、教育委員会の責任を問うべきとの声が広がった。
各地の教育委員会には請願書や意見書・要望書等が、次々に出された。
地域によっては地元であったいじめ問題と絡めて、教委にことの深刻さを指摘したものもある。
加えて、改憲論強調や天皇制美化など、具体的な問題点を多数指摘する取り組みが精力的に行なわれた。
それらはこれまでにない勢いと広がりをもつものだった。
◆ 主導権はわれわれの側に
こうした状況の中で、安倍首相の支持率は低下を続け、日本会議系首長たちの間でも様子見を決め込んだ気配が各地にある。
かれらをそうした日和見に追い込んだ最大の要因。それはやはり、全国のさまざまな人々による育鵬社本批判、それに教育委員会への要望や傍聴等による監視活動の展開だった。われわれは胸を張りたい。
だがこれで安心してはいられない。「つくる会」系教科書の登場以来、検定や採択の教科書行政は制度や運用の改悪がされ続けてきた。それらを元に戻し、より透明度の高い教科書制度の確立が必要だ。
手がかりはある。「つくる会」や同会支援者などと水面下で交流していた一部の教育委員たちが、図に乗って内情をあちこちで漏らしている。それらの逆用で、制度や運用を改悪させた元凶を暴き、忖度した官僚の責任追及が可能だ。
教科書行政改善のキャスティングボードは今やわれわれの側が握っている。
『思想運動』(2020年9月1日)
今、東京の教育と民主主義が危ない!!
東京都の元「藤田先生を応援する会」有志による、教育と民主主義を守るブログです。