◆ 都教委が高校生に「国旗千羽鶴」製作強制
“国旗・国歌尊重”の五輪教育実施方針を反映 (紙の爆弾10月号)
取材・文 永野厚男
ボランティア・サミットで全都立高に展示させた、千羽鶴(都教委HP)
東京都教育委員会が、二〇一九年十一月九日、千代田区丸の内の東京国際フォーラムで開催した「第2回都立高校生等によるボランティア・サミット」(以下、サミット)等で飾るため、全都立高校(全日制)に対し、一方的に“担当国”を“割当て”し、五輪参加国の国旗の千羽鶴を製作し提出するよう強制した。
高校生の千羽鶴製作については、広島・長崎や沖縄への修学旅行等で寄贈することがある。
これについて社会科教育を専門とする高嶋伸欣(のぶよし)琉球大名誉教授は二〇〇〇年頃、「千羽鶴の由来と結び付かない沖縄の戦跡に、高校生が授業時間を潰してまで作って持ってくることに疑問がある。
広島・長崎の場合も高校生であれば、千羽鶴作りの時間を別の事前学習(調査・研究等)で効果的に使うべきだ」と、埼玉県の公立女子高校の事前学習の講演で指摘したことがある(ただし、小学生の千羽鶴作りは、平和教育等の動機付けに役立つと述べている)。
八月二十一日に今回の“国旗の千羽鶴製作”問題を取材した筆者に、高嶋名誉教授は「二割の生徒が共感し、二割が反発、四割はわからない、だった。同じ話に、広島の語り部の人も『同感です。正直、千羽鶴の束が増えすぎて困っているし、高校生はもう少し、日本はなぜ原爆投下を招いたか、どういう平和学習が役立つか等、考えてほしいです』と述べていた」と語る。
都教委の“国旗の千羽鶴製作”の強制(都民の質問に、担当者は「各校の判断で授業中や生徒会活動で製作した」と回答)は、“教育的効果”がゼロどころかマイナスである上に、生徒・教員は膨大な労力と時間を浪費させられる。
このため、都教委に開示請求した都民が得た文書によると、後述通り都教委のアンケートでさえ、サミットに生徒を引率した教員五~六人が、反対意見を明記している。都教委の“国旗の千羽鶴製作”強制の、実態を取材し、その意図を暴く。
◆ 「生徒の発案」を錦の御旗に全都立高に強制
開示文書によると、都教委高校教育指導課の佐藤聖一課長と指導企画課の伊東直晃(なおあき)オリンピック・パラリンピック教育推進担当課長は昨年八月三十日、連名で都立高校長ら宛、「第2回都立高校生等ボランティア・サミットにおける『全都立高校等で取り組むボランティア』について」と題する“依頼”文(以下“佐藤・伊東氏指示文書”)を発出した。
「ボランティアへの取組について企画しましたので、御協力をお願いいたします」(下線は筆者。以下同)と称し、全日制の都立高全一七八校に対し、東京五輪大会の「参加国・地域を割当てし」、「オリンピック・パラリンピック(注、以下五輪と略記)に参加する国や地域の国旗を配色した千羽鶴を製作」せよと強制した(定時制・通信制の都立高は希望校を募る形)。
では、誰がこんなことを発案したのか?“佐藤・伊東氏指示文書”は、「今年度(注、一九年度)のサミット運営委員会の生徒が、第2回サミットの開催に向けて、『全都立高校等で取り組むボランティア』の内容を検討し、昨年度(注、一八年度)の第1回サミットで東京2020大会おもてなしボランティア案として発案された『千羽鶴を製作し、世界各国からの来訪者を迎えたい」というアイディアを基に、五輪に参加する国や地域の国旗を配色した千羽鶴を製作し、世界各国からの来訪者をもてなすボランティア『千羽鶴でおもてなしをしよう!』を企画しました」と記述している。
長ったらしい説明だが、要するに都教委は、生徒の発案と言っているのだ。
確かに「学校関係者以外からの問い合わせ」(一九年十一月十八日。問合せ人の欄は黒塗り)という開示文書で、「学校が主体で行ったのか、校長会等が自発的に行ったのか、都教委から指示したのか」との質問に対し、都教委の対応者は「子供たちが発案したものを実施」と回答している。
また、都民らが今年七月二十九日、指導企画課に「運営委員会の生徒は、本当に『国旗を配色した千羽鶴を』と発言したのですか」と電話で質すと、担当者は「発言していました」と明言した。しかし、「国旗を配色した千羽鶴を」という発言・発案が出てくるに際し、誘導するような大人(都教委指導主事や都教委に近い校長ら教職員)の助言等がなかったか、また「千羽鶴云々」発言とは別の案(学校に膨大な負担を負わせない案)を出す生徒は本当にいなかったのか等は、不明なままだ。
前出の高嶋名誉教授は筆者の取材に「“運営委員会”の場で参加高校生から千羽鶴の案が出たというが、それは『国旗ごとに合わせた千羽鶴にする』ということだったのでしょうか?高校生になるまでに千羽鶴作りを経験した生徒であれば、『二度と御免!』という声が出ないのが不思議(出せない雰囲気?)だし、発言した生徒のイメージが不明確なまま、都教委が『国旗ナショナリズム』煽動に短絡させた企画のようにも見えます」とコメントした。
ともあれ、都教委が一六年四月から全都の公立小中高・特別支援学校等に義務化した年間三十五時間程度の五輪教育と、この「国旗の千羽鶴」とがタイアップするのは間違いない。その理由は次の二点。
(1)一六年一月十四日策定の『「東京都オリンピック・パラリンピック教育」実施方針」は、「学習指導要領に基づき、我が国の国旗・国歌について、その意義を理解させ、これを尊重する態度を育てる」と明記した上、「重点的に育成すべき5つの資質」の一つに、「日本人としての自覚と誇りを持てるような教育」を盛り込んでいる。都教委の官僚らは国家主義イデオロギーが濃い施策を好むから。
(2)前記・佐藤聖一・伊東直晃両氏が一九年七月三日、連名で都立高校校長ら宛出した、「第2回都立高校生等ボランティア・サミットの開催について」と題する通知は、サミット開催の「目的」を、「東京五輪大会におけるボランティア活動をテーマとして話し合い、各学校及び地域のボランティア活動を先導する人材の育成を図る」と明記しているから。
◆ 都教委の千羽鶴製作での細かい指示内容
“佐藤・伊東氏指示文書”はまず、都教委の五輪教育事業の「世界ともだちプロジェクトで学習した5つの国・地域となるよう割当てしていますが、一部異なる場合があります」と記述。
このため「学校関係者からの問い合わせ」の開示文書は、都立第四商業高校校長が一九年九月三日、「タンザニアを勉強してきたのに、割当てがタンザニアではなかった」と問い合わせ、都教委の対応者が「タンザニア連合共和国の作成を了承」と回答した、という事態を載せるに至っている。
何でもいいから「全校に取り組ませたという形だけは整えよう」という、都教委官僚の機械的割り振りのなせる技だ。
次に“佐藤・伊東氏指示文書”は、「学校の生徒数によっては、2つの参加国・地域の割当てを行っています」と記述。
筆者が開示請求者から見せてもらっただけでも、日比谷・小山台(こやまだい)・戸山・駒場(こまば)・新宿・北園・上野・足立・深川・城東・小松川・江戸川・小岩等、多くの都立高が二つの国等の千羽鶴製作を強いられている。
“佐藤・伊東氏指示文書”は続けて、別紙2の「五輪(参加国・地域)国旗一覧」なる紙を参照の上、「各校で千羽鶴の配色等を考案し、必要な折り紙の色・束数を決定し」「折り紙配色希望調査票を9月12日まで提出」せよと指示(「マカオ及びフェロー諸島については別紙2に掲載がないので、ネットで調べ」うと言っているが、こんなことを書く暇があるなら、佐藤・伊東両氏が自ら調べ提示するべきだ)。
そして“佐藤・伊東氏指示文書”は、別紙送付セットの材料(折り紙計五〇〇枚、リング、糸、ビーズ四〇個+予備、布二枚等)を、「本事業の委託業者である東武トップツアーズ株式会社(以下、東武)」から送付させ、上の画像にある、膨大な時間と労力を要する「製作手順」通り、かなり大きな千羽鶴(全長約一メートル)を製作し、「11月1日必着で東武まで着払いで郵送」せよと、強制している。
この「製作手順」は、折り鶴計五〇〇羽にビーズに通した糸を針で通しつなぎ合わせ、さらに「油性マーカーで担当国の母国語で『ようこそ』、都立××高校と記載した布」を括り付けうと、膨大な作業を一律指示しているので、「一人一羽折って置いておけば、後は誰かがつなぎ合わせて飾ってくれる」というレベルの軽い作業量ではない。
働き方改革で教員の在校時間減に取り組まなければならないはずの都教委が、ただでさえ文化祭・体育祭・中間試験(秋は修学旅行を実施する学校も多い)等で忙しい二学期の学校現場を、ますます多忙化させてしまったのだ。
◆ 教員が学校教育法の「健全な批判力」の実践を
サミットに生徒を引率した教員のうち五~六人もが、アンケートの意見・感想欄(これも都民が開示請求で入手)に、千羽鶴製作強制やイベント自体への反対意見を明記している。紙幅の関係で三人分だけ引用する。
〈働き方改革が問われている現在において、真っ先になくすべきイベント。千羽鶴も、現場に多大な負担であった。常軌を逸している。お金と時間の無駄遣いである本イベントは、廃止すべきです。〉
〈千羽鶴のキット到着から提出までが短く困りました。考査期間や修学旅行の時期と重なり、今回の千羽鶴作成の意義など考えさせる時間的余裕もなく、残念でした。生徒たちも毎日忙しい生活を送っておりますので、余裕のあるスケジュールを組んでいただきたいです。〉
〈ボランティア精神をオリンピック(略)に関連付けすぎている気がする。(略)半ば強制的に千羽鶴を作るようお達しを出しておきながら、その使い道すら決まっていないとはやっつけ仕事に過ぎる。生徒の時間は無料ではないのだから、(略)活用方法を先に決めておくものではないか。〉
ところで本誌六月号の拙稿では、都教委・藤田裕司教育長通知が三月の卒業式で、改憲政治団体・日本会議所属の政治家・小池百合子東京都知事のメッセージの掲示と生徒への配布を指示したのは、生徒の大多数が十八歳になり選挙権を得ているため、都知事選の事前運動になる、と批判する人が出ている旨を述べた。
サミットでは都教委が書いた進行台本を、“司会”役の生徒に読み上げさせている。
その台本は、「会の開始に当り、小池都知事よりメッセージをいただいております。皆様、前方のスクリーンに、御注目ください」と言わせ、参加者の視線まで管理。約三分の上映後、小池氏はその場にいないのに、“司会”の生徒に「小池都知事ありがとうございます」と言わせている。
以上の筆者の取材を踏まえ、高嶋名誉教授は「教育・学習活動は、児童生徒の成長発達段階に合わせるのが大前提で、国旗の千羽鶴を折ることに高校生の多くは小学生並みに扱われていると反発し、折る作業を通じてさらに多くの生徒が同じ思いを抱くようになる。それを声に出させない雰囲気が日本社会には形成されていることに、都教委官僚をはじめとする大人は気付くべきだ」と語った。
第一次安倍晋三政権が〇七年に改悪した後も、学校教育法第五十一条「高校教育の目標」は、「個性の確立に努めるとともに、社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い」という規定を残している。ニま前出教員アンケートは都教委に胡麻を摺(す)るものも少なくなかったが、恐らく記名式だと思われる中、都教委を真っ向批判する教員がいたのは、せめてもの救い。
一部胡麻擂り教員はこの学校教育法第五十一条を勉強し直し、都教委の誤った施策に「健全な批判力」を持ち、生徒と向き合ってほしい。
※ 永野厚男(ながのあつお)文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』(2020年10月号)
今、東京の教育と民主主義が危ない!!
東京都の元「藤田先生を応援する会」有志による、教育と民主主義を守るブログです。