◆ 都立高校生I君が公道で現行犯逮捕
表現の自由に対する重大な侵害及び教育現場のファッショ化進行 (『先駆』)
池ノ谷岳志(教育評論家)
◆ パトカーが3台現れる
2020年7月8日早朝、現役の都立高校生であるI君が東京・目黒第九中学校近くの公道でビラ配布をしでいたところ、目黒第九中の高橋副校長によって警察に通報され、「常人(私人)」による「現行犯逮捕」された事件が注目されている。
I君は近くの都立高校の「ブラック教育」を中学生に知ってもらうために、7月8日に目黒第九中近くの公道でビラを撤いていた。
そこへ自黒第九中の副校候が現れ、注意を促したのだという。
注意を聞かなかったということで副校長は「警察を呼ぶぞ」と警告したがこれに従わなかったのだという。
I君は「公道であり法に触れることは何もない」と抗弁した。
すると副校長は実際に警察に通報し、10数分後にパトカー8台が現れ、警察官7人によって連行・逮捕されたのである。
ここで問題になったのは、I君が副校長の行動をスマホで録画したことである。
この録画を止めようとして、副校長はI君のスマホに手を紳ばし、遮ろうとした。そして「アイタター」「アイタター」と声を高らげ、スマホで殴打されたと訴えたのである。
この時、副佼長は職員証を首からぶら下げており、逮捕の罪名は「公務執行妨害」であった。
この逮捕によって、I君は20日間も勾留され、7月28日に処分保留で解放された。
この事件には幾つかの問題点がある。
その第一は、「常人(私人)」による「現行犯逮捕」という形式だ。
痴漢やスリなど、その場で現行犯でなければ罪状を証明できない特別な状況下で「常人(私人)」による逮捕が許されている。
この現行犯逮捕という形式は、警察権力の延長という位置づけであり、危険回避などが要件とされている。
しかし、今回のように公道でビラまきをしていて現行犯逮捕されたのでは、今後、公道でのビラまきができなくなると言う重大な問題がはらまれている。
とりわけ、いわゆる「転び」による「デッチあげ」の現行犯で逮捕されるならば、「現行犯逮捕」という事実のみが、長期勾留の根拠となり、今後の他事例への影響は限りなく大きな問題となる。
ビラを撒いて「現行犯逮捕」の形式で逮捕・長期拘留されたならば、あらゆる事例に適用され、「何でもあり」の香港のような戒厳体制になってしまう。
この事件の意味する問題は限りなく大きいのである。
◆ 多くの問題点を残した現行犯逮捕事件
検察より出された「被疑事実」によれば、まず場所についてはAさん宅前となっており、中学校の校門ではなく公道であることを認めている。
そして「職員証を首から下げ同所を巡回していた副校長」によって「注意を受け」、携帯電話の撮影を遮ろうとした時「右手を携帯電話で殴打され」となっている。
しかし、殴打する道具としては極小の「携帯電話」で「殴打」という事実認定をしたのではあまりにも不適切であり、ねつ造に近い。
そして、逮捕の罪名が「公務執行妨害」であることにも疑問が残る。
「被疑事実」では、既述したように「職員証を首から下げ同所を巡回していた」と認定されており、「職員証」と「巡回」によって副校長の行為が「公務」の一環であるような印象をもたらせている。
しかし、「同所を巡回」の「同所」は、公道であり職員証を首から下げて、職務の一環であるかのような振りをして「巡回行為」していたならぱ、これはむしろ違法であるといえる。
そのために「被疑事実」では、「職務の一環である」とは断定していない。単に「印象」を与えているに過ぎない。
従って「公務執行妨害」の罪名自身が疑わしいのである。
また、「常人(私人)」による現行犯逮捕の要件として「危険の回避」があるが、動画の映像を見る限り、コロナによる「ソーシャルデイスタンスを保ってください」と訴えているのはI君の方で、その注意を無視して強引に接近して動画撮影を妨害しているのは副校長の方である。
さらに「現行犯逮捕」というが、I君は副校長らに取り押さえられていた訳ではない。
副挾長の「警察を呼ぶぞ」の恫喝にも臆せず、その場にとどまっていただけであり、駆けつけた警察官に「ちょっと来てもらえますか」の言葉に、気軽に警察車に同乗したのであった。
そして、同乗した後に逮捕されたのだと気づかされたと言っている。
◆ 東京新聞「表現の自由に対する侵害」と報道
この事件は「東京新聞」の「こちら特報部」の欄で報道された(2020年7月16日)。
「表現の不自由次々に」の見出しで、安倍首相の街頭演説にヤジを飛ばして拘束された事件と抱き合わせでの報道であった。
ビラを撤いた「Aさん宅」の路上写真を掲載して、「公道」であることの証明にしている。そしてこんなことで逮捕・連行されたことの反響は大きく、東京新聞を見たという市民からの意見が相次いでで寄せられた。
レイバーネットの報道も反響が大きく、ビラまき行動に対する規制がこういうパターンで実施されでいくならば、民主主義社会全体への抑圧につながっていく、こういう危機感が市民から多く寄せられた。
それだけ、この事件の与える影響は大きいものがある。
7月31日(金)、もう一つの大きな出来事があった。この日、文科省の定例記者会見で、学校外のビラ配布に対し警察を呼ぶことについて、記者からの質問に対して、萩生田光一文科相は、「基本的に学校外で行われていることに学校の先生方が直接関与するというのは実際にはあり得ないんじゃないかな」と述べた。
目黒第九中副校長の行動は、文科大臣においても否定されたのである。
学校が警察権力と一体化する体制は、このケースの場合、行政府の長においても否定されたのである。
今回の事件は表現の自由に対する危惧だけでなく、教育体制への危惧でもあるのだ。
◆ I君事件の動画が100万回も再生
7月28日、逮捕勾留されたI君は解放されたが、押収されていたスマホも返ってきて、事件の瞬聞の録画も無事であった。
8月3日、その動画がSNSで配信された。
その動画を見ると、力ずくでスマホに手を伸ばしているのは副校長であり、I君は「ソーシャルデイスタンスを守ってください」と訴えている。
現行犯逮捕されなければならないのは副校長の方なのである。
この「現行犯逮捕」の動画の反響はものすごくて、1日で50万回が再生のツイートされ、現在は約100万回を超えている。
この現象は異例のことで、5月の「検察庁法改正案に抗議します」のツイッターデモのような現象でもある。
コロナ禍で屋外運動が停滞する中、「在宅勤務」ならぬ「在宅運動」がこの動画拡散につながったのであろう。
しかし、この100万回再生を実現した若い世代が、このSNSによる運動を現代版運動と位置づけ「大企業型運動」と呼んだのには驚かされた。
これに対して、従来型の人と人との連帯を繋げていく運動は「手工業的運動」なのだという。
どんな時代においても、人と人との信頼をつくり、下からの地道な連帯をつくり出す運動は普遍であることを訴えたいものである。
私はこの若者に、SNS世界の世論の作り方を教授された。
しかし、SNS世界の世論は電通などの巨大資本が制圧していることを知るべきである。
自分たちを「大企業」と誇示しても、電通などの巨大資本かみれば「手工業的」でしかないことを知るべきである。
むしろ下から積み上げた「手工業的」な運動こそが巨大資本に対抗できるのではないかと改めて思う。
『先駆』(2020年9月号)
今、東京の教育と民主主義が危ない!!
東京都の元「藤田先生を応援する会」有志による、教育と民主主義を守るブログです。