《教科書ネット21ニュースから》
◆ 新小学校国語教科書はどうなったのか
小山信行(こやまのぶゆき さいたま教育文化研究所・児童言語研究会)
◆ 似通った国語教科書へ
教科書検定による強い締め付けのもと、新学習指導要領と解説に全面的に従って作成された教科書はどれも似通ったものになっていることが、まず問題です。
教材と学習方法の画一化は子どもたちの生活実態や要求とかけ離れた学習を強いることになってしまいます。
◆ 背景 想定される来来像「ソサイエティ5.0」
これまでの社会の変化、発展の歴史を狩猟社会・農耕社会・工業社会・情報社会ととらえ、今後予想される第五の「新たな社会」をSociety(ソサエティ)5.0と表現しています。(「新時代の学びを支える先端技術活川方策」文部科学省2019年)
「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」であり、「ICTを基盤とした先端技術や教育ビッグデータの効果的な活用」が期待される。
新教科書はこうした未来像と密接に繋がっているのではないでしょうか。子どもたちが社会に出てすぐに役立つ実用的なことばの力の育成に重点が置かれ、情報に関わる教材や実用的な教材が多く取り入れられているのです。新しい学校指導要領で示す国語科の目標はまさに実用的な力です。
・小学校 日常生活に必要な国語
・中学校 社会生活に必要な国語
◆ ニつの特徴
①実用的・言語技術的なことばの力の重視
「情報の扱い方」として「情報と情報の関係」「情報の整理」などの内容を「読む」「書く」「話す・聞く」の全ての学習に組み入れています。
教材の内容的な価値を大切にし、内容の吟味や批判的な見方を大切にすることが子どものものの見方や考え方を育てます。しかし「情報」という面を重視すると、内容をどう分かりやすくまとめたり伝えたりするかという面だけに限定された学習になってしまいます。
学ぶ感動と切り離された言語技術的な学習になってしまいます。
「読むこと」の学習は、本来とても楽しい学習です。
物語の世界に入り込みわくわくどきどきする体験であり、新しい知識や新しいものの見方に出会い知的好奇心を刺激されるものです。
しかし、「情報」という面を重視したために、「何がどう書いてあるか」を【展開表にしてまとめる】といった魅力のない学習活動が低学年から目立ち「読む活動」を貧しくしています。
「書くこと」「聞くこと・話すこと」の学習でもこうした「惰報」面重視の傾向は同様です。
分かりやすい適切な表現の力(上手に書く、上手に話す、しっかり聞く)に関わることばの技術に重点がますます移っているのです。
自分の思いをことばにし、周りのものを見つめ直すという現実や生活とのつながりが失われています。
②「我が国」の「伝統的な言語文化」の重視
多くの古典作品や日本文化の教材があります。内容を理解して読むことを軽視しています。「すばらしいね」といった感覚的な受け取りを押し付けかねません。
一・二年 昔話や神話・童謡・季節の言葉など
三・四年 俳句や短歌・百人・首・ことわざや故事成語・慣用句・十二支や旧暦の月名・説明文「世界にほこる和紙」・作文「伝績工芸のよさを伝えよう」など
五・六年 俳句や短歌・文語詩「やしの実」・古典「竹取物語」「平家物語」「徒然草」「枕草子」「静夜思」「春暁」論語・和語や漢語・万葉仮名・言葉に学ぶ(世阿弥や上杉鷹山、宮本武蔵等)・説明文「和の文化を受けつぐ」「鳥獣戯画を読む」「和菓子をさぐる」「日本の魅力再発見」・作文「日本文化を発信しよう」など
◆ 具体的な問題点
(1)学習の統一と規制が教師の自由と工夫を奪う
学習方法から評価までを具体的な形で示すようになりました。「学習の手引き」のページなどで、学習の内容や活動を示しています。学習の流れは全学年統一です。
多くの単元でまず全体の構成を,まとめることから学習を始めています。一年生から、物語でも説明文でも構成表を作成することから始まります。
学習の流れを計画し工夫することは、本来教師それぞれに任されるべきものです。
「言語活動」として具体的な学習活動があり指導方法を規制しています。ポスターやパンフレット、リーフレット作りなどです。これらの活動は今までも「活動ばかりで力がっかない」などの批判が上がっていたものです。
感想文を書く時の指示で字数まで指示したり、感想をまとめる視点を示したりしていることもあります。
事細かな指示が教科書に溢れています。
学習方法と内容の規制は「主体的で深い学び」とはなりません。
児童の実態に合わせた教師の自由な発想こそ大切です。
(2)文学も説明文もていねいに読まなくなる
「情報」や「我が国の伝統文化」などに関連した単元・教材が増え、内容的にも時間的にも大きな負担となっています。
「情報」重視の考えから構成表などで内容をまとめることが中心になってくれば、時間をかけて丁寧に作品を読むことができなくなります。
また、「読む」・「書く」を関連させた単元計画が目立ちます。
ある説明文を読んだ後、関係する題材について調べてまとめるといった流れの学習です。
「読む」学習が、書き方を学ぶという目的に合わせて読むことになり、「読む」学習にしわ寄せがいくでしょう。
「読む」ことは、ことばによって、新しい知識に触れたり、新しいものの見方に出会ったりすることであり、知的好奇心を刺激し、自分の見方や感じ方考え方を教室の仲間と交流し合い、認識を高めていくことにつながります。
ゆっくり作品と向かい合う時間が必要です。
(3)情報処理と活用能力育てのための国語科へ
○「情報」のページや情報関連の単元の新設
「分ける・くらべる」「統計資料の読み方」「資料を活用しよう」などの細かな単元設定が目立ちます。
○情報に関連したねらいを示す
「表にして比べながら読もう」というように情報に関連したねらいを示すことにより学習方法が決められます。「情報」に関わる目的のために読むとすることで学習の豊かさが失われます。
○情報を比べて読む単元設定
同じ題材で書き方の異なる二つの説明文やパンフレットなどの書き方を比べて読む単元です。興味の沸き起こる教材でも内容の読みが軽視されてしまいます。
○写真・図表・パンフレット・広告から情報を読む
お菓子や体温計など実際の商品の広告や包装紙、祭りのパンフレットなどを読み、ねらいや効果などを考えるといった極めて限定的で実用的な学習です。
(4)「我が国の伝統文化」の素晴らしさの強調と道徳化
二年生でスサノオノミコトやオオクニヌシノミコトなどの神話、
四年の短歌で志貴皇子・光孝天皇、持統天皇などの短歌が各社で取り上げられ、
六年生で天皇・皇后・陛下、忠誠などの漢字が取り上げられていることなど「我が国の伝統文化」の内容に疑問が起きます。
我が国固有の優れた文化を誇るような教材も目立ちます。
「世界に誇る和紙」「伝統工芸のよさを伝えよう」「和菓子をさぐる」「日本の魅力再発見(和食)」)など素晴らしい日本文化の独自性だけが強調されてしまいそうです。
また、例示された感想文には安易な道徳化の懸念を感じるものがあります。
『子どもと教科書全国ネット21NEWS 130号』(2020年2月)
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