《教科書ネット21ニュースから》
 ◆ 1年単位の変形労働時間制導入を許さず、教員の定数増で長時間労働の解消を

加藤健次(かとうけんじ・弁護士)


 ◆ 長時間労働解消のための根本問題を回避した改正案
 教員の長時間労働の実態が大きな社会問題となっている。2016年の文科省勤務実態調査によれば、平日の在校勤務時間の平均は、小学校で11時間15分、中学校で11時間32分である。2006年調査時に比べ、所定労働時間は1日8時間から7時間45分に短縮されているにもかかわらず、労働時間は増えている。
 小学校の3割、中学校の6割が月80時間という過労死基準を超える労働を行っている。この調査結果は、学校が「ブラック企業」化していることを示しており、教員のなり手が減る、学校現場で教師が足りない、という深刻な事態をもたらしている。


 文科省は、調査結果に示された実態は、わが国の公教育の「持続可能性」に関わる深刻な問題であるとして、中央教育審議会(中教審)で解決策の検討が行われ、2019年1月25日、中教審は「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」という答申を発表した。

 この答申を受けて、2019年臨時国会に、
 ①教育公務員に1年単位の変形労働時間制を導入することを可能にする、
 ②教育公務員の「在校等時間」の上限を定める、
 ことを主な内容とする給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)改正案が提出され、わずかの審議で成立させられた。

 長時間労働の根本原因は、いうまでもなく業携に比して教員の数が不足していることにある。にもかかわらず、中教審答申と今回の改正法は、教員の定数増という根本問題を最初から除外している。
 これでは、どのような「改革」を行ったところで、教員の長時間労働を解消することはできない。この点をまず指摘しておきたい。


 ◆ 1年単位の変形労働時間制は「百害あって一利なし」

 政府は、教員が夏休みにまとめて休暇を取得しやすくするために1年単位の変形労働時間制を導入すると説明している。これによって、少しでも教員現場の「ブラック」なイメージを払拭したいというのだ。
 しかし、所定労働時間が延長されることは、教員の生活サイクルに重大な影響を与える。
 長時間労働の解消といいながら、学期中の所定労働時間を増やすなどというのは、本末転倒の議論にほかならない
 また、夏休みにまとめて休暇を取得するために変形労働時間制を導入する必要は全くない
 教員の有給休暇取得の平均日数(2016年度)は、小学校で11.6日、中学校で8.8日である。5日以下が小学校で9.6%、中学校で20.8%もいる。
 「夏休みに休暇を」をというのであれば、まず有休を確実に取得できるようにすべきである。
 また、自治体によっては、8月に閉庁日を設けることによって勤務時間を軽減しようとしている試みも始まっている。

 そもそも、公立学校に1年単位の変形労働時間制を導入する条件はない。
 第1に、厚労省は、1年単位の変形労働時間制は、恒常的残業がある職場には適用できないと説明してきた。
 また、1年単位の変形労働時間制では、1日10時間、週52時間を超えて労働させてはならないという要件がある。
 実態調査の結果からは、およそ要件を満たせないことは明白である。

 第2に、実態調査によれば、8月にも超過勤務をしているという結果が出ており、8月にまとめて休暇を取得できる保証はない。
 結果的に、学期中の所定労働時間だけが延長されるということになりかねないのである。

 第3に、労基法では、1年単位の変形労働時間制を導入するためには、労使協定が必要とされている。
 しかし、公務員は不当にも労働基本権が制約されており、地方公務員法58条では、1年単位の変形労働時間制を明確に除外している。
 ところが、改正案では、労使協定を条例と「読み替え」て変形時間制を導入するというのである。
 しかし、労働者の同意の重要性から考えて、このような「読み替え」には無理がある。
 このようなやり方で労基法の要件を改悪することは、労働の最低基準を法律で定めるとする憲法27条、労働基本権を保障する28条に違反するものといわざるを得ない。

 結局、1年単位の労働時間制は、結局のところ、長時間労働の解消に役立たないどころか、その実態を覆い隠す「いちじくの葉」となりかねない。まさに「百害あって一利なし」なのである。


 ◆ 実効性のない「在校等時間」の上限規制

 今回の改正法のもう一つの柱は、「在校等時間」の上限を画する「指針」を設けることである。
 上限は、原則月45時間、年360時間であるが、昨年の労基法改正による残業時間の上限規制と同様の例外規定が設けられている。さらに、労基法のような違反に対する罰則規定はなく、労働基準監督署のような第三者的監督機関もないから、その実効性はきわめて疑問である。


 ◆ 法案審議をてこに教員の長時間労働の抜本的解消の運動を

 今回の改正法には重大な問題があるが、国会審議の内容や付帯決議を活用して、今回の法改正を教員の長時間労働解消のための契機とすることは十分に可能である。

 ①教員の長時間労働の抜本改正の世論を広げる
 教員の長時間労働がもはや放置できない実態にあることは明らかである。このことを学校内や教育関係者だけでなく、保護者や地域の労働者の共通認識としていく努力がまず必要である。そこから「せんせいふやそう」の世論を広げていくことができる。

 ②1年単位の変形労働制導入をやめせせる
 1年単位の変形労働制を定める条例の具体的内容や条例作成の手順は全く具体化していない。法改正をしても、実施までにはいくつものハードルがある。とりわけ、現場の教員の意見を反映させることは不可欠であるし、それなしに実施することは不可能である。
 また、萩生田文科大臣は、現在の労働時間の削減が変形労働時間制導入の前提問題であると繰り返し答弁している。職場の議論を活性化させ、変形労働時間制を導入させないだけでなく、業務の削減や定数増の要求を強めていくことが求められている。

 ③給特法の抜本改正を
 教員の長時間労働が蔓延している原因の一つに、給特法が労基法37条の適用を排除して、時間外労働を一切支払わないとしていることにある。
 文科省は、この規定を楯にとって、時間外労働を「在校等時間」とごまかして、不払い残業を正当化しているのである。働いた時間を労働時間として認め、残業には割増手当を支払う、この当たり前のことを認めさせることが重要である。

 ④日本の未来のために教育予算の抜本増を
 「子どもたちと向き合う時間を増やしたい。」これが多くの現場の教員の切実な願いである。
 教員の定員増はこの願いを実現し、子どもたちの教育条件の改善につながるものである。
 GDPに対する日本の教育予算は、先進国の中でも低水準にあると言われ続けてきた。このことが教員の定数増を妨げ、高い学費と劣悪な奨学金制度をもたらしている。

 子どもたちの教育を受ける権利を保障し、未来の展望を切り開くためには、教育予算を抜本的に増額することが待ったなしの課題となっている。
 この間、安倍首相が高額兵器を「爆買い」し続けているが、その際、「財源」が問題とされたことはない。
 戦争のためではなく、人を育て活かすためにこそ税金は使われるべきではないのか。
 教育予算の抜本増を求める世論を大きくして、教員を大幅に増やし、長時間労働を解消することを呼びかけたい。

『子どもと教科書全国ネット21NEWS 129号』(2019年12月)

 

 

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