=ハラスメント対策の新段階Ⅱ(『労働情報』)=
 ◆ 「仕事の世界における暴力とハラスメント」
   ~ILO総会報告と今後の取り組み~

井上久美枝(連合 総合男女雇用・平等局長)

 6月10日~21日の間に開催された第108回ILO総会において、「仕事の世界における暴力とハラスメント」に関する条約および勧告が採択された。
 この条約は、昨年の第107回ILO総会における第1次討議において、「文書の形式」を「勧告によって補完される条約」(以下”「条約+勧告」)とし、「暴力とハラスメント」の包括的な定義ハラスメント禁止規定を盛り込んだ基準設定委員会報告が採択されたことを踏まえ、今回の第2次討議を経て、総会で採択されたものである。
 #MeToo運動をはじめ、世界各地でハラスメントの根絶が叫ばれる中、ILO創立100周年の記念すべき総会において、ハラスメントに特化した初めての国際条約が出席者の圧倒的多数の賛成で採択されたことは、歴史的に大きな成果といえる。


 連合はこの間、ILO条約採択と批准に向けて、国内法の整備、メディアへの情報発信、政府・政党への要請行動、デモ行進など、様々な取り組みを行ってきた。
 昨年に引き続き、日本側労働委員としてILO総会に参加した立場から、委員会での議論、今後の課題について述べることとする。

 ◆ 委員会の主な議論

 オープニングステートメント(冒頭発言)では、労働者側代表をはじめ、多くの政府が「条約+勧告」案を支持する表明を行った。
 一方、使用者側代表は、「われわれの懸念点を克服し、有効な条約となることを求めていく」と、慎重な発言を行った。
 また、昨年「立場保留」と発言した日本政府は、今年の5月に成立したハラスメント関連法でパワーハラスメントの防止措置や責務規定が法制化されたことを紹介し、「新たな条約策定を歓迎する」との立場を表明した。

 その後、昨年の総会の結論をもとに、ILO事務局が加盟国の政労使に実施した意見を踏まえて修正した「条約+勧告」案について、議論を行った。
 修正案は、政労使合わせて327本(政府側240本うち日本政府15本、労働者側17本、使用者側70本)が提出され、修正案の議論中にもさらに多くの修正案が出され、その都度委員会は紛糾した。
 しかし、労働者側をはじめ、多くの政府がILO100周年を記念する今年の総会において、「仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶」に向けて、「条約+勧告」が採択されるよう、ある程度の妥協も含めた柔軟な対応と粘り強い議論を行い、最終的には、政労使のコンセンサスを得て条約を採択することができた。


 ◆ 条約の主なポイント

 条約は、勧告で補完された上で、「暴力とハラスメント」「身体的、精神的、性的または経済的危害を引き起こす許容しがたい広範な行為」包括的に定義した。
 また対象者の範囲には、「契約上の地位にかかわらず、あらゆる労働者及び従業員を保護する」として、研修生やインターン、ボランティアをはじめ、第三者も含めた具体的な対策を加盟国に求めている。
 さらに、使用者側の修正案を踏まえ、「使用者の権限、義務、責任を行使している個人」が追記された。
 加えて、「加盟国は、仕事の世界における暴力とハラスメントを禁止するための国内法令を採択すべき」としている。
 条約採択にあたっての投票では、賛成票が92%と、圧倒的な支持で採択された。

 連合はもちろんのこと、日本政府も賛成票を投じたが、日本経団連は棄権した。

 昨年の総会では後ろ向きな発言に終始した日本政府が賛成票を投じた背景には、今年5月に成立したハラスメント対策関連法とともに、条約の支持を求める附帯決議が与野党の全会一致で確認されたことにあると認識している。
 また、この間連合は、ハラスメント対策関連法の労働政策審議会での審議や国会対応において、条約の支持・批准に見合った内容となるよう求めるとともに、世論喚起を行うべく、メディアへの情報発信や街宣行動などを行ってきた。これらの一連の行動も日本政府が賛成票を投じる要因となったと考えている。

 今後、加盟国は1年以内に国会に条約採択の報告を行い、批准について検討を行うことになるが、日本政府は、総会後の記者会見で「今回賛成票を投じたが、批准については次元の異なる話で検討を要する」と発言している。
 賛成票を投じたことに対して水を差すような発言は大変残念だが、現在の日本の法律では、ハラスメントを禁止する規定がないことから、現段階での条約批准は難しい。条約の内容に見合った禁止規定を含めた国内法の整備が求められる。

 ◆ 今後の取り組み

 5月に成立したハラスメント対策関連法には、
  ①パワーハラスメント防止措置の法制化
  ②取引先や顧客等からの著しい迷惑行為に対する望ましい取り組みの明確化
  ③ハラスメントを行ってはならないとして、国、事業主、労働者の責務の法制化
  ④ハラスメントの相談を理由とする不利益取扱いの禁止
 などが盛り込まれた。

 また、参議院厚生労働委員会の附帯決議には、
  ハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化の必要性について検討することや、
  就職活動中の学生等に行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められること、
  性的指向・性自認に関するハラスメントがパワーハラスメントの防止措置義務の対象になること
 も含めて、連合が求めてきた内容が数多く附帯決議に盛り込まれた。

 今後は、労働政策審議会雇用環境・均等分科会において、省令・指針の策定に向けた議論が行われ、年内を目途に取りまとめられる予定である。
 その際には、第198回通常国会における国会答弁や、衆参の厚生労働委員会の附帯決議をもとに、法の実効性を高めるための議論に臨む所存である。
 連合は、条約の内容に見合った禁止規定を含めた国内法の整備を求めつつ、日本政府に対して速やかな条約の批准と、あらゆるハラスメントの根絶に向けた取り組みを引き続き展開していく。

『労働情報』(2019年8月)