▼ 文科省が全国の小中高校に配布した「放射線副読本」と
   復興庁の「放射線のホント」の問題点
 (教科書ネット21ニュース)
片岡遼平 原子力資料情報室

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 ▼ 「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」
 「放射線副読本」と「放射線のホント」は、復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略(以下、強化戦略)」(1) の一環だ。
 放射線被ばくを避けたいという考えが若者を中心に根強くあることから、これを“風評”と捉え、その払拭のために放射線による健康影響はないという“安全キャンペーン”のための副読本やパンフレットである。
 この安全キャンペーンは、人々の健康のためではなく福島復興のためのものである。
 「強化戦略」は、オリンピックまでに福島事故が完全に終息したことにしようとする戦略だ。


 被害がなくなったことを「知ってもらう」、
 福島県の産品を「食べてもらう」、
 修学旅行や観光客にも福島に「来てもらう」
 という情報発信を強化することが挙げられている。
 「伝えるべき対象」は、
 ①児童生徒及び教師等教育関係者、
 ②妊産婦並びに乳幼児及び児童生徒の保護者、
 ③広く国民一般、とされている。
 「放射線副読本」の改訂版がその具体的な施策の中心に置かれている。“放射線安全教育”には教職員研修もセットになっている。
 しかし、被ばくのリスクに向き合わないままリスクコミュニケーションを強化しても、問題の解決にならないばかりか、福島の本来の意味での復興にはつながらないだろう。

 ▼ 文科省「放射線副読本」

 文科省は、「放射線副読本」(2) (A4版・22ページ)の再改訂版を2018年10月に公表した。
 初版は2011年で、福島事故後に全国の小中高校や公民館に配布された。
 2014年改訂版では、福島原発事故と被害の項目から始まっていたものが、
 2018年再改訂版では、初版同様に「放射線は、私たちの身の回りに日常的に存在しており」という記述から始まっている。

 再改訂版の予算は約1.8億円で、文科省初等中等教育局が作成した。
 発行部数は、小学生版が約700万部、中高生版が約750万部で、学校基本調査に基づき47都道府県全ての教育委員会・学校・教員に配布された。
 ただし、児童・生徒への配布は学校ごとの裁量にゆだねられており、配布していない学校もある。
 2019年度も約5800万円の予算が付いており、全ての小中高新入生に配付される予定だ。

 第1章の「放射線、放射性物質、放射能とは」の中で、例えば放射線は医療などに役立つ、健康影響は放射線の有無ではなく量が関係していると記述。そして100ミリシーベルト未満の被ばくでは“相対リスクの検出困難”とする表を掲載している。
 低線量の被ばくでは健康影響がないとの誤った解釈に誘導する内容になっている。

 しかし、放射線被ばくの影響には「しきい値」がないことは広島・長崎の被爆生存者への疫学調査や海外の放射線作業従事者への疫学調査などでも支持されている。
 被ばくには必ず発がんリスクが伴うことを明記するべきだ。

 第2章「原子力発電所の事故と復興のあゆみ」では、原発事故後7年で福島県内の空間線量が減少したことだけを述べているが、周辺県を含めて汚染地域では、今も事故前より線量が高い。
 除染されていない山林や、高線量のホットスポットの存在などは無視されている。帰還して暮らす住民の被ばくが今後長期にわたることなども述べられていない。

 “地域の復興・再生に向けて”前向きな取組だけが紹介されているが、その反面で避難指示解除後も、子どもや若い人がほとんど帰還しておらず、高齢者の割合が高いなどの現実は無視されている。
 福島出身の子が学校でいじめられるのは、「根拠のない思い込みから生じる風評」が原因といいながら安全を強調しても、「風評」は払拭されないだろう

 3月22日に文科省交渉をおこなった。文科省は「放射線副読本」について、「放射線教育が主な目的」と繰り返し答弁し、「撤回するつもりはなく、来年度も引き続き配布する」と答えた。
 交渉の参加者からは、「ある小学校で避難者の子どもから、『自分はなぜ避難しなければならなかったのかわからない』と質問があった。しかしこの副読本では、“避難の必要はない”と書かれている。そうした子どもたちの疑問に答えられるような内容にするべきだ。それがいじめや風評被害をなくすことにつながるだろう」と学校現場での実情が訴えられた。
 このほか、「避難している人が誤解しているという内容ではないか」、「どのような立場に立って書くかが問題」などの意見が出された。

 ▼ 復興庁「放射線のホント」

 復興庁は、パンフレット「放射線のホント」(A5判・30ページ)(3) を作成し、2018年3月から公表・配布している。関係省庁、PTA大会(佐賀・新潟)、福島県内外イベント、その他イベントなどで、2万2千部が配布された(2018年11月現在)。

 例えば、「(福島第一原発事故で)健康に影響が出たとは証明されていません」、「放射線による多数の甲状腺がんの発生を福島県では考える必要はない、と評価されています」、「福島県の主要都市の放射線量は低下」し、「ふるさとに帰った人たちにも日常の暮らしが戻りつつあります」と、一方的な記述だ。

 2018年7月と12月におこなった政府交渉では、特に大きな間違いが3ヵ所指摘された。
 1つは、「(放射線の影響は)遺伝しません。」という記述だ。
 環境省の「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(平成29年度版)」(4) では、「国際放射線防護委員会(ICRP)では、1グレイ当たりの遺伝性影響のリスクは0.2%と見積もっています」と書かれている。「遺伝しません」と断定するのは間違いだ。

 2つめは、セシウム134・137についての「食品中の放射性物質に関する基準」の表だ。
 日本の食品基準値は「平常」時の値だが、EU、アメリカ、コーデックス(日本食品衛生協会)の基準値は「緊急時」の値となっている。
 比較できない違う状況の値を比べて「世界で最も厳しいレベルの基準を設定」と記述している。
 実際には、飲料水の平時の基準値はEU8.7ベクレル/kg、アメリカ4.2ベクレル/kg、コーデックスは基準なしとなっている。
 これについて厚労省、消費者庁、復興庁は誤りを認めたものの、現在のところ訂正はしていない

 3つめは、「100~200ミリシーベルトの被ばくでの発がんリスクの増加は、野菜不足や塩分の取りすぎと同じくらいです」という記述だ。
 野菜不足など生活習慣によるがんのリスクは、元のデータを提供した国立がん研究センター自体(5) が、野菜とがんの関連は見られなかったと2008年と2017年に発表している。
 にもかかわらず、このような比較を載せていることは、被ばくリスクを小さく見せようとする意図的な行為だ。

 誰のためのパンフレットなのか。
 復興庁は、福島以外の地域の人に向けて、「いわれのない偏見や差別という」誤解を解くための、一般の人向けのパンフレット」と回答した。
 復興庁は、「放射線防護の必要性は否定しないが、放射線防護は厚労省の担当で、復興庁はその立場ではない」と極めて無責任な対応だった。
 こうした間違いが指摘されているにもかかわらず、「安全性は十分担保されている」、「ウソや科学的ではないことを書いているっもりはない」として、復興庁はパンフレットの撤回を拒否した。

 「放射線副読本」と「放射線のホント」は、「人々を苦しめているのは放射線ではなく知識不足からくる思い込みや誤解」、「科学的知識の不足が風評被害の原因」との認識から“風評払拭”を狙っているが、間違った「知識」を与えようとしている。
 国や東電による原発事故の責任や、被災者が置かれている苦しい生活環境については一切触れられていない点も大きな問題だ。
 ただちに「放射線副読本」と「放射線のホント」の撤回を強く求めるものである。

【註】
(1) 「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」(復興庁)
http://www.fukko-pr.reconstruction.go.jp/2017/senryaku/
(2) 「放射線副読本(平成30年10月改訂)」(文科省)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/attach/1409776.htm
(3) 「放射線のホント」(復興庁)
http://www.fukko-pr.reconstruction.go.jp/2017/senryaku/pdf/0313houshasen_no_honto.pdf
(4) 「放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(平成29年度版)」第3章P102(環境省)
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/kisoshiryo/pdf_h29/2017tk1sO3.pdf
(5) 国立がん研究センター・予防研究グループ「野菜・果物と全がん・循環器疾患罹患との関連について」(2008年)
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/307.html
「日本人における野菜・果物摂取と全がん罹患リスク」(2017年)
https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/7880.html

(かたおかりょうへい)

『子どもと教科書全国ネット21ニュース 125号』(2019年4月)