【連載】労働弁護士事件簿25(労働情報)
 ◆ 「育児をするならパートになれ」
   モーレツ社員主義が生むマタハラ

新村響子 弁護士 日本労働弁護団事務局次長 旬報法律事務所

 ◆ 産休・育休を取ろうとしたら
 Aさんは、Y社で働き始めて13年、経理事務を担当する正社員でした。そんな彼女に転機が訪れたのは、子どもの妊娠・出産です。
 Aさんは、1人目の子どもの出産・育児のために産休と1年の育休を取得し、復職しましたが、そのときにお腹の中に2人目の子どもを授かっていたため、4か月後に再び産休・育休に入る予定であることを上司に報告しました。
 ところが、Aさんは、上司のB部長から呼び出しを受け、「今すぐ正社員からパート社員になれ」と言われたのです。
 理由は、「2人目の子どもをすぐに妊娠したことの心証が悪いから」。Aさんはショックを受けつつ、「契約社員なんて考えてません。正社員」と気丈に伝えました。


 その後、B部長からの呼び出しは9回にもおよび、そのたびに「子どもの養育に合う形で勤務したほうがいい」「パート社員になるのが自然な形だ」「夜や休日の行事への参加など正社員に求められる」「育児との両立を考えると、パート社員のほうがいい」などと迫られました。

 また、B部長は、Aさんの同僚女性で育児をしながら正社員をしているCさんの名前をあげ、「Cさんは親に子どもを預け夜7時~8時まで残業している。Aさんも男に負けずに働くのなら経理の柱になってもらいたいが、実際は難しいだろうからパート職員になるべきだ」とも言いました。
 これに対して、Aさんも繰り返し「正社員で働きたい」「時短勤務制度を使えばやっていける」と訴え続けましたが、B部長は、パート社員への変更は「会社の意向」であると断言しました。
 Aさんは、厳しいプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、明確な返答は避けつつ、何とかやり過ごすしかありませんでした。

 ◆ 耐えきれず退職へ

 Aさんは、第二子の産前産後休暇と約半年の育児休業を取得し、正社員として復職しました。
 ところが、復職直後からAさんはB部長やD人事部長から6回以上の呼び出しを受け、時給などの具体的条件を示されてパート社員になるよう言われ続けました。

 D人事部長は、「もしAさんが今後も正社員で勤務継続するなら、店舗や営業職、開発職など全く異なる部署への異動や減給もある」という話や、「早期退職を勧告することもありうる」という話もしました。
 Aさんにとって、それは脅しにしか聞こえませんでした。
 Aさんは心身ともにボロボロになり、復職してから4ヵ月後に、泣きながら退職届を出しました。

 ◆ 労働審判で解決

 均等法9条3項は、出産等を理由とする、育介休法10条等は育児休業等を理由とする不利益取扱いを禁止しており、それには当然、正社員からパート社員への変更も含まれます。
 また、均等法11条の2育介休法25条は、妊娠・出産、育児休業等の制度利用に関して上司が不利益取扱いを示唆する言動をして女性労働者の就業環境が害されることのないよう、事業主の措置義務を定めています。

 Aさんに対するY社の対応は、これらの規定に完全に違反するマタニティハラスメントにあたります。

 Aさんが申し立てた労働審判で、Y社は、パート社員になるよう勧めたのは、あくまでAさんのためを思ってのことであり、Aさんもパート社員になることは同意していたと主張しました。
 しかし、Aさんは、上記の面談の多くを録音しており、B部長らの理不尽な言い分、それに対してAさんが時に泣きながら正社員でいたいと訴えている様子は明らかでした。

 審判委員会は、Y社に対し、「Aさんは繰り返し正社員がいいと言っているじゃないか」「それに対して会社はどう応えたのか」「近い将来にAさんに配置転換の必要性があるわけでもないのに、正社員ならば異動や減給もあるかもしれないと伝える意味はどこにあったのか」と厳しく追及しました。
 また、審理の中では、Y社ではこれまで妊娠・出産した女性正社員に対して退職勧奨やパート社員への転換勧奨が繰り返されており、B部長がAさんと比較して称賛していたCさんも退職したことがわかり、審判委員会も言葉を失っていました。

 結果的に、Y社は相当額の解決金を払い、使用者としての防止義務が不十分であったことを陳謝し、今後同様の被害が生じないよう職場環境の改善と防止策を強化し、法令遵守を徹底するという調停が成立しました。

 ◆ 長時間労働の解消なくして女性活躍なし

 この事件では、休日も夜もパリバリ働けるなら正社員、育児でそれができないならパート社員になるのが「実情」に合っている、というB部長の言葉が強く印象に残りました。

 わが国には、産休、育休、時短勤務制度、所定時間外労働の制限など、正社員の女性が出産・育児を契機に辞めなくてもよいように一定の権利制度が存在します
 しかし、Y社のように、その当たり前の権利制度を使わせないというマタハラ・育パラが後を絶ちません。その背景には、長時間労働が当たり前という「モーレツ正社員」至上主義があると思います。
 正社員ならば残業ができて当たり前、という「実情」が、それができない者の排除に作用するのです。

 マタハラ・育パラをなくし、真の意味での女性の活躍や男性の育児・介護参加を実現するためには、そのような日本の職場環境を根本的に変えていかなければならないと思います。

『労働情報』(2019年4月)