◆ 多忙化と業績評価の管理下、ゼロトレランスに走る
   ブラック校則の主因、日教組・教育総研が探る
 (『マスコミ市民』)
永野 厚男(教育ジャーナリスト)

 2015年4月大阪府立懐風館(かいふうかん)高校に入学した、生まれつき茶色い髪の女子生徒に対し、同校教諭らが「生徒心得」を盾に、入学以来〝黒染め〟を何度も強要したため、同生徒は2年生の秋から不登校になり、文化祭や修学旅行にも参加させてもらえず、3年進級時に名前をクラス名簿から削除される等、「精神的な苦痛を受けた」として3年時、府に約220万円の賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こし、現在も係争中である(17年10月27日付『朝日新聞』は、教諭らが「生来的に金髪の外国人留学生でも、規則では黒染めをさせることになる」と述べたと報じている)。
 筆者の知人にも、「校則なんて」と軽く考えている大人がごく一部いる。


 だが、1985年5月の岐阜県立岐陽(ぎよう)高校(のち統廃合)の修学旅行での「持ち込みを禁止されていたドライヤー」を使っていた生徒への〝体罰〟死亡事件や、90年7月の兵庫県立神戸高塚(たかつか)高校の〝遅刻指導〟の名の下の校門生徒圧死事件が起こっている。

 児童・生徒の行動を管理・規制する校則の原型は、明治期の1873年、旧文部省が制定した「小学生徒心得」が17条の規定を示したのに遡(さかのぼ)る。
 日教組のシンクタンクである一般財団法人・教育文化総合研究所(所長=池田賢市中央大教授)が8月17日、都内で開催した第3回研究交流集会(約150人の現・元教職員や父母らが参加)等の取材から、ブラック校則がはびこる主因に、どんな教育行政の施策や学校現場の実態があるのか、探った。

 ◆ 憲法の基本的人権に違反する〝丸刈り校則〟

 始めに、30年以上前ではあるが、熊本県の〝丸刈り校則〟訴訟を、取り上げる。その理由は、今回の研究交流集会で複数の人が言及した上、
  (1)憲法の基本的人権に関わる、
  (2)校長が「質実剛健の気風」等、特定の思想から男子生徒全員に一律、丸刈りを強制し、教育行政もこれを是正させない、
  (3)この(2)が「個人の尊厳を重んじ、・・・普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」と規定した改定前教育基本法に反する、
  (4)同級生らが理不尽かつ強者である校長や教育行政に歯向かわず、弱い立場の当該生徒へのいじめに走った〝同調圧力〟に着目する必要がある
 等から、である。

 「男子生徒の髪は1センチ以下、長髪禁止」と校則に定めた、熊本県玉東町(ぎょくとうちょう)立玉東中学校に81年4月入学した男子生徒が、丸刈りにせず坊ちゃん刈りで通学し続け、同年5月の新入生歓迎遠足前、同級生から「リンチを加える」という噂に脅かされたり、自宅に「今日髪を切ろうかね」と言ってすぐ切れる電話や無言電話が頻繁にかかってきたり、担任不在の同年12月1日、教室内で同級生に「刈上げウーマン」と書いた紙を背中に貼られたり、「刈上げ新聞」と題する紙片を回し読みされ、教室内で笑い者にされるなどのいじめを受け、翌12月2日から2週間、不登校となった(両親もPTA総会で「エゴイスト」「町から出て行け」等の誹謗中傷を浴びせられた)。

 このため、男子生徒とその両親は、憲法第14条・第31条・第21条に違反し、校長が〝丸刈り校則〟を制定した(裁量権も逸脱)等の理由で、
  ①校長を被告とし、この〝校則〟は無効であるという確認、無効確認の趣旨を周知する文書配布、丸刈り指導拒否を理由とした不利益処分を行わないことを求め、
  ②町を被告に慰謝料10万円の支払いを求め、83年、熊本地裁に提訴した。

 憲法に関わる原告側の主張は、第14条(法の下の平等)については、「近隣に丸刈を強制していない中学校が3校あり、居住地により差別的取扱いを受けている。女子生徒と異なる規定であり、性別による差別だ」、第31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」とある通り、身体の一部である頭髪の切除を強制されないことが保障される、第21条(表現の自由を保障)では、髪形は個人の感性、美的感覚や、「正しいと信ずることは一人ででも守る」「長いものに巻かれてしまいたくない」等の思想の表現である、というものだ。
 ②については、〝丸刈り校則〟が原因で前述の通り、脅迫や悪質ないじめが続いていた上に、全生徒・教職員が参加する終業式の場で、校長が「ここに裁判を起こした当人がいるが、校則が変わったわけではない」と〝訓話〟した上、丸坊主の一生徒を「美事(ママ。判決文表記)な頭だ」と褒ほめ上げる行為をしたのだから、男子生徒の精神的損害は大きいといえる。

 85年11月13日の判決(土屋重雄裁判長)は、
  ①については男子生徒が中学校を卒業し約1年半経って(高校2年生になって)いることから、訴えの利益を有しないとし却下
  ②については、憲法第14条違反は「校則は各中学において独自に判断して定められるべき。合理的差別だ」、第31条違反は「本件校則に従わない場合に強制的に頭髪を切除する旨の規定はない」、第21条違反は「特に中学生において髪形が思想等の表現であると見られる場合は極めて希有である」等の理由を付け、棄却した。

 判決は不当・反動的であるが、裁量権の逸脱問題では、〝丸刈り校則〟は「著しく不合理であることが明らかであると断ずることはできないから、校長が校則を制定・公布したこと自体違法とは言えない」としつつ、「その教育上の効果については多分に疑問の余地があるというべきである」とも判じている。

 〝丸刈り校則〟が当該・玉東中学校で04年3月に廃止全国レベルでも13年5月、奄美(あまみ)市立笠利(かさり)中学校を最後に全廃に至る、1つのきっかけを作った、と言えよう。

 ◆ 校則強化の背景、00年代以降「スーパー多忙と業績評価制度下の管理強化」に

 研究交流集会・1人目の講演者は、4月18日付『朝日新聞』夕刊「あのとき/それから」欄に「理不尽な校則 子ども苦しめる」と題する記事を書いた帯金(おびかね)真弓記者

 帯金さんは冒頭の〝黒染め〟裁判に言及後、1983年、中学3年時、熊本県から千葉県の学校に転校し、毎朝スカート丈チェックがあり、掃除の三角巾を忘れる生徒がいると連帯責任でビンタ顔に「特攻」やハーケンクロイツの「逆さまんじ」マークを書かれ、小学校時代の「先生になろう」という気持ちがなくなった、という自身の体験を語った。
 この体験とほぼ同時期の前記〝丸刈り校則〟判決について、帯金さんは「100年前の特別権力関係論を振りかざしている」と批判した。
 また、「靴は白」に限定している中学校が少なくないが、帯金さんはこうした校則を生徒の側から求めてしまう、〝自主規制〟の落とし穴についても指摘した。

 2人目の講演者は、桜井智恵子関西学院大教授
 橋下徹(はしもととおる)氏が率いる維新の会主導で12年3月、大阪府議会で可決した府立学校条例は、「入学志願者数が3年連続で定員割れし、改善の見込みがない高校を再編整備の対象にする」と規定。
 冒頭に記述した〝黒染め〟強要の背景にこの条例がある、と現場管理職から聞いたと、桜井さんは述べた。

 桜井さんは、学校現場での校則の〝必要性〟が、80年代の「子ども管理」から、00年代以降は「スーパー多忙で時間の管理が求められるから」に変化した、と分析した。
 特に大阪の場合は、校則強化で〝効果的〟に教育活動を行って数字上の〝成果〟を出し、学校統廃合から免れようと、校長や教員が考えてしまうかもしれない。

 桜井さんの話を受け、小学校教員が「多忙化の中、リスク回避を優先するあまり、スタンダードな校則を作り、その校則を墨守する、ゼロトレランス(非寛容)・厳罰主義の児童・生徒指導に走ってしまう教員が増えている」と発言。
 関連し研究者から「大阪の条例も含め、教員への業績評価制度下の管理強化が影響している」という指摘が出た。

『マスコミ市民』(2018.10)