【連載】労働弁護士事件簿 (労働情報)
◆ 外国人技能実習制度という名の労働力使い捨て
「外国人技能実習制度」は、「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的として」いるという(厚生労働省)。しかし、その「人づくり」の現場では、多くの外国人労働者が、安価な労働力として使い捨てにされ、苦しめられている。
◆ ミャンマー人技能実習生事件
「パスポートを預かると言われて取り上げられたまま、もう2カ月返ってこない。大丈夫か」ミャンマー人の技能実習生達からそんな相談を受けた。
しかし、よく話を聞いてみると、時給400円、労働時間は朝8時から夜11時までで残業代が払われていない。
個室なしの大部屋に8人で入れられ、寮費・光熱費として毎月給料から7万2千円引かれている。さらに、来日時に「デポジット」という、いわば身代金名目でーカ月半分の給料を預けさせられていた。
しかも、彼女たちはこれらの違法行為について問題があることさえ認識していなかった。
つまり、時給400円が最低賃金法に違反していること、法定労働時間を超えると時間外割増賃金となること、給与からの天引きは認められないこと、給料を身元担保金として預けさせることが違法であることを、彼女たちは認識さえしていなかったのである。
彼女たちが日本人だったら、果たして使用者はここまでの違法行為を行っただろうか。外国人技能実習制度の大きな問題の一つが、こうした外国人実習生の知識不足につけ込んだ違法行為の蔓延にある。
彼女たちに残業代の詰求が可能であることを説明したところ、請求したい気持ちはあるが、帰国前にもめ事を起こすと居づらくなるので、帰国まで待ってほしいということであった。
しかし、それから数力円後、彼女たちの、人があまりにもひどい待遇に耐え切れずに逃げ出してきた。そこで、彼女の代理人として残業代を請求したところ、会社側は非を認め、全額ではないが、一部の支払いに応じた。
このケースは、彼女自身が労働時間をノートに記録していたことと、会社側が彼女に示した勤務時間記録表を彼女が携帯のカメラで撮影していたことが、会社の言い逃れを不可能にしたという証拠に恵まれたケースであったと言える。
◆ 中国人技能実習生事件
「中国人技能実習生が同僚にガソリンをかけられて火を付けられた。2カ月入院して退院したところをオーバーステイで逮捕・勾留されている。誰か接見に行けないか」
重大傷害事件の被害者なのに被疑者扱い?私は、急いで接見に向かった。
接見室で会った実習生は、直視するのが辛いほどひどい重傷だった。首から腕にかけて、上半身の皮膚は赤く焼けただれ、首には皮膚移植手術の痕が残っていた。火傷で皮膚が固まってしまい、首・腕が全く動かない状態だった。
彼は、2014年4月、技能実習生として来日し、当初千葉の農家で働いていた。しかし、賃金が低すぎるとして実習先を逃げ出し、2016年7月から茨城の建設会社で働き始めた。2017年5月8日にビザが切れ、オーバーステイのまま働いていたところ、5月11日に同僚の作業員から難癖を付けられ、突然ガソリンをかけられて火を付けられたのである。その理由は、この実習生が、加害者ではない他の日本人作業員に対して「バカ」と言ったからだという。
実習生は、この火傷で5月11日から約2カ月間入院を余儀なくされ、7月5日に退院したところを逮捕されたのである。
なんと検察は、加害者の同僚について、このような重大な傷害を行いながら、暴行罪で済ませていた。さらに、検察から実習生に対して被害者参加制度などの説明はされていなかった。
本件の加害行為は、殺人未遂罪にも該当しうる凶悪な行為であり、最低でも傷害罪として起訴すべき犯罪である。それにもかかわらず、暴行罪で処理されていたのである。
被害者が日本人でも、検察は同じように処理しただろうか。加害者も検察も、この実習生が日本人でも、同じことをしただろうか、加害者も検察も、この実習生が「外国人」「実習生」だから、ガソリンで火を付けてもよいと考え、暴行罪で起訴してもよいと考えたのではないだろうか。
この実習生は、もはや加害者の刑事責任を問うことはできないが、民事責任の追及は行っていきたいと考えている。
◆ 新たな制度構築が急務
外国人技能実習制度は、途上国などの「実習生」に「技能」を授ける制度だという。しかし、その実態は安価な労働力の使い捨てにすぎない。
こうした建前と実態の乖離が起きれば、実態に即した適切な制度設計が行われず、権利侵害が引き起こされるのは当然である。この制度が、毎年のようにアメリカ国務省から人身売買と名指しで批判される所以である。
実習生の受入れ数は年々増加し、2016年末の時点で22万8589人となった。そして、2017年11月1日には、「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」が施行され、制度の検証が十分になされないまま、受け入れ期間が現行の3年から5年に延長された。
労働者が「実習生」という立場に置かれたまま、利用される期間だけが伸ばされれば、労働者に対する権利侵害行為はなくならないだろう。外国人労働者を正面から「労働者」と認め、労働者としての権利を認め、保護する。そのような実態に即した新たな制度の構築が急務である。
『労働情報』(2017年12月)
◆ 外国人技能実習制度という名の労働力使い捨て
川上資人(かわかみよしひと)日本労働弁護団会員(東京共同法律事務所)
「外国人技能実習制度」は、「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的として」いるという(厚生労働省)。しかし、その「人づくり」の現場では、多くの外国人労働者が、安価な労働力として使い捨てにされ、苦しめられている。
◆ ミャンマー人技能実習生事件
「パスポートを預かると言われて取り上げられたまま、もう2カ月返ってこない。大丈夫か」ミャンマー人の技能実習生達からそんな相談を受けた。
しかし、よく話を聞いてみると、時給400円、労働時間は朝8時から夜11時までで残業代が払われていない。
個室なしの大部屋に8人で入れられ、寮費・光熱費として毎月給料から7万2千円引かれている。さらに、来日時に「デポジット」という、いわば身代金名目でーカ月半分の給料を預けさせられていた。
しかも、彼女たちはこれらの違法行為について問題があることさえ認識していなかった。
つまり、時給400円が最低賃金法に違反していること、法定労働時間を超えると時間外割増賃金となること、給与からの天引きは認められないこと、給料を身元担保金として預けさせることが違法であることを、彼女たちは認識さえしていなかったのである。
彼女たちが日本人だったら、果たして使用者はここまでの違法行為を行っただろうか。外国人技能実習制度の大きな問題の一つが、こうした外国人実習生の知識不足につけ込んだ違法行為の蔓延にある。
彼女たちに残業代の詰求が可能であることを説明したところ、請求したい気持ちはあるが、帰国前にもめ事を起こすと居づらくなるので、帰国まで待ってほしいということであった。
しかし、それから数力円後、彼女たちの、人があまりにもひどい待遇に耐え切れずに逃げ出してきた。そこで、彼女の代理人として残業代を請求したところ、会社側は非を認め、全額ではないが、一部の支払いに応じた。
このケースは、彼女自身が労働時間をノートに記録していたことと、会社側が彼女に示した勤務時間記録表を彼女が携帯のカメラで撮影していたことが、会社の言い逃れを不可能にしたという証拠に恵まれたケースであったと言える。
◆ 中国人技能実習生事件
「中国人技能実習生が同僚にガソリンをかけられて火を付けられた。2カ月入院して退院したところをオーバーステイで逮捕・勾留されている。誰か接見に行けないか」
重大傷害事件の被害者なのに被疑者扱い?私は、急いで接見に向かった。
接見室で会った実習生は、直視するのが辛いほどひどい重傷だった。首から腕にかけて、上半身の皮膚は赤く焼けただれ、首には皮膚移植手術の痕が残っていた。火傷で皮膚が固まってしまい、首・腕が全く動かない状態だった。
彼は、2014年4月、技能実習生として来日し、当初千葉の農家で働いていた。しかし、賃金が低すぎるとして実習先を逃げ出し、2016年7月から茨城の建設会社で働き始めた。2017年5月8日にビザが切れ、オーバーステイのまま働いていたところ、5月11日に同僚の作業員から難癖を付けられ、突然ガソリンをかけられて火を付けられたのである。その理由は、この実習生が、加害者ではない他の日本人作業員に対して「バカ」と言ったからだという。
実習生は、この火傷で5月11日から約2カ月間入院を余儀なくされ、7月5日に退院したところを逮捕されたのである。
なんと検察は、加害者の同僚について、このような重大な傷害を行いながら、暴行罪で済ませていた。さらに、検察から実習生に対して被害者参加制度などの説明はされていなかった。
本件の加害行為は、殺人未遂罪にも該当しうる凶悪な行為であり、最低でも傷害罪として起訴すべき犯罪である。それにもかかわらず、暴行罪で処理されていたのである。
被害者が日本人でも、検察は同じように処理しただろうか。加害者も検察も、この実習生が日本人でも、同じことをしただろうか、加害者も検察も、この実習生が「外国人」「実習生」だから、ガソリンで火を付けてもよいと考え、暴行罪で起訴してもよいと考えたのではないだろうか。
この実習生は、もはや加害者の刑事責任を問うことはできないが、民事責任の追及は行っていきたいと考えている。
◆ 新たな制度構築が急務
外国人技能実習制度は、途上国などの「実習生」に「技能」を授ける制度だという。しかし、その実態は安価な労働力の使い捨てにすぎない。
こうした建前と実態の乖離が起きれば、実態に即した適切な制度設計が行われず、権利侵害が引き起こされるのは当然である。この制度が、毎年のようにアメリカ国務省から人身売買と名指しで批判される所以である。
実習生の受入れ数は年々増加し、2016年末の時点で22万8589人となった。そして、2017年11月1日には、「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」が施行され、制度の検証が十分になされないまま、受け入れ期間が現行の3年から5年に延長された。
労働者が「実習生」という立場に置かれたまま、利用される期間だけが伸ばされれば、労働者に対する権利侵害行為はなくならないだろう。外国人労働者を正面から「労働者」と認め、労働者としての権利を認め、保護する。そのような実態に即した新たな制度の構築が急務である。
『労働情報』(2017年12月)