なおも広がる福島の余波=大島秀利 :鳥の目虫の目 毎日新聞2017年3月15日 大阪夕刊

 ここに来て、底流のように伏在していた福島第1原発事故の影響が、いろいろなところで表面に現れてきたように思う。

 約11兆円とみられていた事故の処理費用(賠償や廃炉など)の試算は、21・5兆円と約2倍に膨れあがってきた。さらに、原子力関連の企業が原発新設工事の難航などで業績不振に陥っていることが、注視されている。

 それは原発大国のフランスにも及んでいる。仏の原子力アナリストのマイケル・シュナイダー氏は先月、東京都内で、仏電力公社(EDF)や原子力企業大手のアレバ社の株価がともに急落していると紹介した。アレバについては「厳しい人員削減で労働環境が悪化している」と実態の一部を語っていた。国内では東芝と子会社が米国で受注した原発建設事業で巨額損失を出し、先が見えない。

 だが、事故を起こした原発本体がどうなっているかという肝心なところは分からずじまいだ。解明すべく東京電力が先月、サソリ型ロボットを福島第1原発2号機に投入して調べると、付近の放射線量は1時間当たり650シーベルトと推定された。通常の線量計の単位に直すと、1時間当たり6億5000万マイクロシーベルトになる。合計で6~7シーベルト浴びると、99%の人が死亡するとされる。廃炉作業はいかにも難しい。

 このものすごい放射線の元、メルトダウンした(溶け落ちた)核燃料がどこでどうなっているのかが不明だ。その処理にかかる本当の期間や費用も分からない。

 福島事故の前、原発は万一に備え「五重の壁」が設けられ、放射性物質(放射能)が周辺環境へ漏れない設計になっている、と強調されていた。サソリ型ロボットが入ったのは、第3の壁の原子炉(圧力容器)と、第4の壁の原子炉格納容器の間にあたる。事故時に核燃料は第1、第2の壁もろとも溶け落ち、第3の壁を突き抜けた。その放射能は第4の壁と、第5の壁の原子炉建屋もすり抜けてしまった。この深刻な事態を“サソリ”は改めて思い起こさせる。

 壁が破れた衝撃は、ボディーブローのように国外の原発関連企業をも、よろめかせている。事故から6年、影響は今も進行しているようだ。

(社会部編集委員)


企業さいなむ原発リスク =大島秀利 毎日新聞2017年2月15日 大阪夕刊
 
 あのとき、私は正直、驚いた。東芝が、米原子炉メーカーのウェスチングハウス(WH)を、予想された価格の2倍で買収を決めた2006年のことだ。「危険性がある原発にそんなに期待するのか」と疑問に思ったのだ。ビジネス界の一部からも財務体質の悪化を危ぶむ声が上がっていた。

 今、東芝は、子会社のWH社に絡む米原子力事業での損失が7000億円以上にのぼる見通しになり、危機に陥っている。

 もともとWH社は、世界の主流になっている加圧水型原発を開発したメーカーだ。原子炉で直接に蒸気をつくる沸騰水型に対し、加圧水型は原子炉とは別の系統で蒸気をつくる。国内では三菱重工業が加圧水型のメーカーで、関西電力や九州電力などが採用した。一方、沸騰水型は、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が手がけ、陣営に東芝や日立製作所があり、東京電力や中部電力、中国電力などが採用した。

 東芝によるWH社買収で衝撃を受けたのは、加圧水型派として長年関係があった三菱重工だっただろう。東芝は沸騰水型に加え、世界最多の加圧水型に影響力を持つことが予想された。

 経緯をみると、東芝のWH社の買収には、さまざまな事情が隠れていたようだ。まず、WH社を手放したのは、英国核燃料会社(BNFL)で「リスクを避ける」のが理由とされた。また、買収で共同出資する予定だった丸紅が出資から手を引いた。

 背景には当時、原発はアジアなどでの建設が予想されていたが、欧州を中心にバラ色とはいえない厳しい見方もあった。

 そこに11年、福島第1原発事故が起きた。やがて、WH社株の20%を保有していた米国のエンジニアリング大手ショー・グループが13年に株を手放し、東芝が引き取らざるを得なかった。この動きは原発建設停滞のリスク回避策だったと指摘されている。今、東芝の巨額損失の見通しが判明後、さらに日本企業がWH社株を手放す動きが報じられている。

 事態は、原発のリスク認識の甘さが根にあると思う。福島事故の処理で作業が難航していることをみると、隠れた原発のリスクがまだありそうだ。