◆ 累積加重処分の取り消し基準 (グループZAZA)

 東京の「君が代」訴訟の原告の一人である花輪紅一郎さんのメールをご本人の了承のもとに掲載します。
 大阪の裁判でこの基準がなぜ活かされないのか?!
 まさに、大阪の裁判官は、花輪さんが書かれているように、曲解したわけです!
 「『控訴人の一存でこれを放棄し』、『自己の見解を優先し』、『意図的かつ積極的に職務命令違反を繰り返し』などのフレーズは、『倫理上の善悪の審判官』気取りの裁判長が、事実に基づかず、主観による憶測で、裁いてはならない原告の内面の『思想』を断罪したものであり、このような事実認定不能な判決文は、最高裁判決の曲解に当たることは余りにも明白なのではないだろうか。」

 ※以下、メール全文~

 昨日(9.15)の、東京「君が代」四次訴訟地裁判決にについて、澤藤統一郎弁護士が、ブログにコメントを書いている。
http://article9.jp/wordpress/?p=9178


 その中に、こんな一節がある。
 ---(引用始め)
 判決は、以上の一般論をQさんに適用すると次のようになると結論する。
 「原告Qが起立斉唱命令を拒否したのは,自らの信条等に基づくものであること,各減給処分の懲戒事由となった本件職務命令違反のあった卒業式等において,原告Qの不起立により,特段の混乱等は生じていないと窺われることをも考慮すると,原告Qの前記職務命令違反について、減給処分(10分の1・1月)を選択することの『相当性を基礎づける具体的な事情』があるとまでは認めがたい。」

 つまり、こういうことだ。
 減給や停職処分を選択するには、この重い処分を選択するについての「相当性を基礎付ける具体的な事情」が必要であるところ、被懲戒者の行為が、
  (1)自らの信条等に基づくものであること、
  (2)卒業式や入学式等に特段の混乱等は生じていないこと、
 という2要件を考慮すれば、「相当性を基礎付ける具体的な事情」は認めがたい、というのだ。
 ---(引用終わり)

 この裁判の1つの焦点は、2012年最高裁判決(累積加重処分原則取消判例確立)の後に、累積加重されたQさんの2つの減給処分は、都教委が主張するように「相当性を基礎付ける具体的な事実」があったので最高裁判例に合致すると言えるかどうか、であった。
 それに対する、佐々木宗啓裁判長の判定基準は、極めてシンプルなものだった、ということだ。

 すなわち、難しい理屈や解釈抜きに、2つの事実の存在だけ、
  (1)自らの信条等に基づくものであること、
  (2)卒業式や入学式等に特段の混乱等は生じていないこと、
この2つが、最高裁の示す、累積加重処分は許されない基準なのだ、という判示である。

 田中さんは、陳述書等で、自らの信条を真摯に語っている
 (これは、2012年以前の不起立で減給処分を科せられた5人ももちろん同じだ)
 田中さんの卒業式で、特段の混乱等は確認されていない
 (これも、2012年以前の不起立で減給処分を科せられた5人ももちろん同じだ)
 つまり、2012年最判以降、減給取消に新たな基準が設定されたわけではなく、それ以前の取消事例も、それ以降も基準に何ら変更はない、従前の基準で判定して何の問題もない、という当たり前のことが確認されたのだ。
 都教委が想定したような、回数が一定限度を超えたら累積加重が許されるかのような解釈には全く根拠がないことが示された。

 当たり前ではあるが、これが判例として定着して行ければ、基準は極めてクリアになる。
 2つとも、「事実認定」可能なことで、裁判官の主観や推認が入る余地がないことだからだ。
 例えば、「控訴人の一存でこれを放棄し」、「自己の見解を優先し」、「意図的かつ積極的に職務命令違反を繰り返し」などのフレーズは、「倫理上の善悪の審判官」気取りの裁判長が、事実に基づかず、主観による憶測で、裁いてはならない原告の内面の「思想」を断罪したものであり、このような事実認定不能な判決文は、最高裁判決の曲解に当たることは余りにも明白なのではないだろうか。

 今回の判決文は、憲法判断(思想良心の自由、教育の自由等)に目に見える前進が見られなかったと言われているが、累積加重処分取消の理由付けの部分については、収穫があったと言えるのではないか。
 というのが、澤藤弁護士のブログを読んでの感想です。

『グループZAZA』(2017年9月16日)
http://blog.goo.ne.jp/zaza0924/e/d28ad96661a7ab84ea9d105e8f0b7d9f