玄海原発と白血病
○森永 徹(元純真短期大学・健康科学)
【はじめに】玄海原子力発電所の再稼働差し止めを求める訴訟が起こされており、原告側は差し止めを求める理由の一つとして玄海町とその周辺での白血病による死亡の増加を挙げている。
これに対し被告の九電側は、白血病の増加は高齢化によるものであると反論している。また、インターネット上ではいわば「風土病」ともいえる、西日本に多い「成人 T細胞白血病」が原因とする意見もみられる。しかし、この点に関して科学的に検討したものは現時点では見当たらないようであり、各種データおよび文献をもとに検討した。
【玄海原発稼働前後の佐賀県内自治体の玄海原発からの距離と白血病死亡率の変化】
佐賀県内 20 自治体毎の原発稼働前(1969~1976 年)および稼働後(2001~2012 年)の年平均白血病死亡率(人口 10 万対)と玄海原発から各自治体までの距離の関連をみた。距離は玄海原発から各自治体庁舎までの距離とした。なお、玄海原発 1 号機の稼働は 1975 年 10 月であるが、トリチウム被曝と白血病発症までには 3 年のタイムラグがあるという指摘があり(Richardson & Wing. :Am J Epidemiol.2007)、1976 年までを稼働前に含めた。図 1) 佐賀県自治体の玄海原発からの距離と 図 2) 佐賀県自治体の玄海原発からの距離と白血病死亡率 (稼働前) 白血病死亡率 (稼働後)玄海原発稼働前も玄海町、唐津市では白血病死亡率がやや高いが、玄海原発からの距離と白血病死亡率の関係を示す回帰式は、y(白血病死亡率)=-0.0577x(玄海原発からの距離)+6.0076 であり、玄海原発に 17.3km 近づく毎に 10 万人当たり 1 人、白血病死亡率が増加するという極わずかな影響でしかない(図 1)。稼働後は、稼働前と比較すると負の傾きが大幅に大きくなっている。両者の関係を示す回帰式は、 y(白血病死亡率) =-0.2402x (玄海原発からの距離)+20.859 であり、玄海原発に 4.1km 近づく毎に 10 万人当たり 1 人、白血病死亡率が増加するというものとなった。
稼働前と比較すると 4 倍以上の増加率となっている。そして、玄海原発からの距離と白血病死亡率の間には相関係数 r=-0.809 と強い負の相関がみられた(図 2)。唐津市伊万里市武雄市佐賀市鹿島市鳥栖市玄海町↓唐津市 伊万里市武雄市 佐賀市鳥栖玄海町 市↓ ↓
【玄海町、唐津市、佐賀市と全国の白血病死亡率の推移】
次に、玄海町、唐津市、佐賀県、全国の玄海原発稼働前からの 8 年毎の年平均白血病死亡率の推移をみた。まず、単年度で見ると、玄海町と隣接の唐津市では 1983 年から増加傾向がみられ、1985 年からは高止まりしている(図 3)。佐賀市、全国も増加傾向がみられるが、これは高齢化にともなうものと考えられる。玄海町と唐津市においても高齢化は進行しているが、白血病死亡率の増加はそれをはるかに上回るものとなっており、この増加を高齢化で説明することは困難である。 図 3)玄海町、唐津市、佐賀市と全国の白血病死亡率の推移
【通常運転中の原発からの放射性物質の放出はトリチウム(放射性水素)が圧倒的に多いが、 中でも玄海原発は全国一トリチウム放出量が多い】
原子力安全基盤機構が取りまとめ、原子力規制委員会が公表している「原子力施設運転管理年報」をもとに 2002~2012 年の各原発からのトリチウム放出量の総量を求めた。
玄海原発は全国一トリチウムの放出量が多かった。
表 1) 各原発からのトリチウム放出量 (2002~2012 年)
原発名 原発立地自治体トリチウム放出量 (テラ Bq)放射性希ガス放出量(ギガ Bq)放射性ヨウ素放出量 (メガBq) 加圧水型
玄海原発 玄海町 826.0 1,880.6 12.54
川内原発 薩摩川内市 413.0 186.2 0.16
伊方原発 伊方町 586.0 2,043.0 1.906
高浜原発 高浜町 574.8 1,355.8 1.754
大飯原発 おおい町 768.0 1,954.3 194.17
沸騰水型
島根原発 松江市 4.3 N.D. 0.16
柏崎刈羽原発柏崎市刈羽村 6.9 N.D. 47.4
女川原発 女川町 0.2 5,820.0 28,000.0
東通原発 東通村 0.7 N.D. 0.88
また、ハンガリー、Paks 原発のドナウ川への温水排水口周辺の調査(Janovics R, et al.JEnviron Radioact. 2014)、複数の原発の排水が流入する英国南部、セバ-ン川河口とブリストル海峡(湾)での調査(McCubbin D, et al. Mar Pollut Bull. 2001)では水生生物からトリチウムが検出され、トリチウムの生物濃縮も確認されている。
カナダでの大気中のトリチウム濃度の測定では、原発に近いところほどその濃度も高い(Fairlie I. Environ Health.2009)。
さらに、トリチウムは動物実験では白血病を誘発する傾向がある(Daher,et al.Carcinogenesis. 1998)ことから、トリチウムと白血病の関連が示唆された。
図 4) トリチウムはマウスの白血病を誘発する傾向がある
出典:Daher A,et al.:Effect of pre-conceptional external or internal irradiation of N5 male mice andthe risk of leukemia in their offspring. Carcinogenesis. 1998.19:1553-8. (一部改変)
また、同じ原発立地自治体でもトリチウム高放出原発と低放出原発の住民とでは白血病による死亡率に統計学的有意差があった。
【成人T細胞白血病(ATL)の影響を考慮しても玄海町の白血病は多い】
高齢化の影響に関しては玄海町の高齢化率上昇の傾向自体は全国と変わらず、白血病死増加の要因とは考え難い。また、九州南西部がその原因ウイルス(HTLV-Ⅰ)の高浸淫地域である成人T細胞白血病(ATL)の影響を、唐津・東松浦地区の HTLV-Ⅰ抗体調査(諸藤美樹,他:感染症誌,1990)、HTLV-Ⅰ キャリアの ATL 発症率の推定(田島和雄, 伊藤新一郎:ウイルス,1992)、HTLV の夫婦間感染の調査(Roucoux , et al. J Infect Dis. 2005)、白血病発症者の死亡率(白血病罹患数は国立がん研究センター「がん統計」、白血病死亡数は「人口動態統計」の推定によった)などにより推定した。結果は、玄海町の ATL による死亡数は全体の 1/4 程度であり、大勢に影響はなかった。
【玄海町とその周辺の白血病の多発の要因は、玄海原発から放出されるトリチウム以外には考えられない】
以上、検討したように玄海町における白血病死亡率の上昇は、高齢化や ATL(成人 T 細胞白血病)の影響だけでは説明できない。玄海原発が全国一トリチウムの放出量が多いこと、トリチウムは原発周辺の海水、大気、水産物を汚染すること、動物実験ではトリチウムは白血病を誘発する傾向があること、同じ原発立地自治体でもトリチウム高放出と低放出原発立地自治体の住民の間には白血病死亡率に統計学的有意差があることなどから、玄海町における白血病死亡率の上昇は玄海原発から放出されるトリチウムの関与が強く示唆される。