《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
 ◆ 学校復帰を目的としない町営フリースペースの“奇跡”
   ~栃木県高根沢町の事例から学校外の多様な学びを考える

喜多明人(早稲田大学教授)

 ◆ 子どもの権利の視点があってこそ
 「子どもにとって大切なことは、どこで学ぶかではなく、何を学ぶかである」
 おとなにとっては、「どこで学ぶか」が最大の関心事であるが、子どもにとっては「何を学ぶか」が最善の利益(子どもの権利条約3条)となる。
 この“名言”は、子どもの権利に立脚し、「不登校新聞」を購読してきた高根沢町長の言葉である。
 町長は、毎年開催される新任職員の辞令式で、着任した教員に対して「もし不登校の子どもが出たら、抱え込まず、町営フリースペース『ひよこの家』を紹介してください」と述べていたという。


 全国津々浦々の学校、教育委員会の中で、不登校の子どもや保護者に対して、学校以外の、学校復帰を目的としないフリースペースを紹介するところがどれだけあるのだろうか。しかも町営である。
 高根沢町では、2005年4月、田んぼの中にある農家を改造して、「田舎のおばあさんの家」のような居場所、学校復帰を目的としない町営フリースペース「ひよこの家」(利用した子どもたちが命名)を開設した。
 *詳細は、高根沢町教育委員会『高根沢町フリースペース「ひよこの家」開設10周年記念誌〈ひよこ10年の歩み〉』(2015年3月)など参照。

 ◆ 町営フリースペース「ひよこの家」設立10年を経て
 町長によるトップダウン的な町運営があったにせよ、教育界に長く実施されてきた不登校対策の慣例はそう簡単に打ち破れるものではない。
 10年前に、「適応指導教室」がほとんど機能していない現実を直視した町長が、上記のような提案をして、町営フリースペースを立ち上げたとしても、教育界がそうたやすく町長の意向に従ったわけではなかった。
 当時は、学校長をはじめとして学校現場は猛反発。それが10年を経て、教育長や学校現場経験のある指導主事、教育委員などがこれを促進している、学校も教育委員会も全国に誇れる不登校施策として報告しているのである。
 それはなぜだろうか。

 ◆ 普通教育機会確保法の成立
 2016年12月7日に、普通教育機会確保法(義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)が成立した。
 この法律については、いろいろ評価はあろうが、年齢や国籍を問わず、本人の意思の尊重の下で、すべての者に普通教育を受ける権利を保障することを確認した法律であり・不登校の子ども・若者、戦争や経済的困窮・あるいは外国籍であることを理由として十分に普通教育を受けてこられなかった人々に門戸を開放したという意味において歴史的な意義を有すると考えられる。
 とりわけ不登校の子ども・若者にとっては・学校外の多様な学びについて公的な支援を法認した法律であり、子どもの意思の尊重の下で、学校以外の普通教育としての多様な学びの場を公認した意昧はとても大きい。

 いま話題になっている前川喜平・前文科省事務次官は、事務次官であった当時(2016年12月24日の講演、記録は今年7月東京シューレ出版より刊行予定)、この法律の成立について、憲法26条の普通教育を受ける権利保障として、学校教育法に基づく学校(1条校)以外の学びを認めたものであり、戦時立法であった国民学校令(1941年)を踏襲した学校教育法の枠組みをようやく超えることができた、と述べていた。
 わたしは、子どもの権利条約研究者として、子どもが学ぶ権利を行使することを前提とすれば、子どもが学校以外の学びを選択することは当然あり得るし、その意味では、学校外の学びの場として注目されてきたフリースクールやオルターナティブスクールが日本の公教育法制から除外されることの不自然さを常々感じてきた者の一人であった。
 今回の法律の成立は、そのような学校外の普通教育の学びの場を公教育に参入させるべき制度改革を行なったところに特徴があると考えている。

 ◆ 制度を支える人びとの“意識改革”が先決
 ところで、この法律自体は、今後の制度を方向付ける理念法にとどまるものであり、現実的な問題として制度改革が進展するかどうか危ぶまれる声も多い。
 とくに懸念されたことは、国や地方公共団体は、この法律に基づいて学校外の多様な学び場に関する情報を提供し、支援するとある(13条)が、今まで学校復帰一辺倒であった学校や教育委員会が、ほんとうに制度が変わったからといって、学校外の多様な学びの支援に取り組めるかどうか。

 冒頭で町長が述べているように、不登校の子どもが出たときには、往々にして学級担任は、教師として指導力・指導責任が問われるものとして、その子を丸ごと抱え込んでしまうことが多かった。教師の指導責任をかけて学校復帰に持ち込みたい、という学校現場、教育委員会の執着はとても深く、大きいものがあった。
 だから当然、学校や教育委員会がこの法律が制定されてから本当にそのような意識の転換があり得るのだろうか、ということについて考えておく必要がある。

 ◆ 学校、教育委員会の意識転換はなぜ
 さて、再び、栃木県高根沢町の町営フリースペース「ひよこの家」にもどる。
 この10年の間で、なぜ学校や教育委員会の意識が転換していったのか。
 もちろん町長以下、町役場全体の総合的な子ども支援体制にもよるが、決め手は以下の3点にあったと考えられる。
 第一には、学校復帰を目的とした「適応指導教室」のやり方が破たんしていたことである。全国的にみても、国による学校復帰を目的とした「適応指導教室」補助政策は、功を奏さず、むしろ不登校は増加傾向にある(とくに中学校)。
 第二は、不登校問題を教員個人が抱え込まずに、校内の教育相談部などの組織的対応に委ねて進めてきたことである。全国的にみても、いじめ問題がそうであるように、生徒指導上の問題を教員個人で対処する限界が指摘されてきており、不登校問題も、スクールソーシャルワーカーなどとも連携して組織的な対応を進めることが必要になっている。
 第三には、学校復帰を目的としないフリースペースで安心でき、自分を取り戻した子どもたちが、自らの力と学びへの気づきを通して、“結果として学校に戻る”という〈子どもの動き〉のダイナミズムがあり、これを学校現場が肌で感じ取っていったことが大きかったといえる。

 ◆ おわりに
 今回の法律制定にかかわってきて痛感したのは、「まず教育ありき」の伝統的な教育学の根強さであった。
 子ども自身の意思が尊重されて学びの場が選択されること、子どもの生命力、自己形成力を土台として多様な学びの支援を追求していくこと、そのためには、教育(学)界の意識転換が不可欠である。
 子どもの学ぶ権利の行使、という軸を教育学に据えることの難しさ、それは教育(学)側が長い間受けとめることを拒んできた「教育におけるイニシァティブの転換」に踏み込む勇気が求められているのではないか。

「子どもと教科書全国ネット21ニュース」114号(2017.6)