調布科学談話会(2016/07/16)報告
 「パナマ文書」とタックスヘイブンについて
 高田太久吉 

1.パナマ文書とは何か?

 2016 年 4 月 3 日、世界中の新聞、メディアがパナマの法律事務所 Mossack Fonseca(チューリッヒ、ロンドン、香港その他に営業拠点を持っている)が作成した機密資料(1150 万点の文書、2.6 テラ(10バイト、1 億 6800 万ページ相当。因みに、2010 年に WikiLeaksを通じて流出した米国国家安全局による盗聴データは 1.7GB)が流出したと報道。資料は、1 年前に、匿名の人物から「南ドイツ新聞」に提供され、現在、世界の主要メディアから選ば れ た 約 400 人 の ジ ャ ー ナ リ ス ト グ ル ー プ (The International Consortium ofInvestigative Journalists)によって調査され、結果が逐次公表されている(ICIJ のウェッブサイト参照)。 

 (内容)MFが過去 45 年間に顧客のために 21 万 4000 社の shell cmpanies(ペーパーカンパニー)の設立を仲介。その内、90%はブリティッシュ・バージン諸島、パナマ、バーレーン、セイシェルの 4 つのタックスヘイブンに集中。同事務所の業務の 95%は、顧客にSC を販売(価格は 1 社 1000 ドル)することであった。併せて、追加料金引き換えで、必要な取締役などの名義を貸し付ける。因みに、パナマはタックスヘイブンの一つ。 
 同事務所は SC の開設、販売に際して、世界の 14000 社以上の銀行、法律事務所、企業開設専門会社、その他の仲介者と協力していた。顧客は世界の 200 か国にわたり、多数の企業が含まれていると予想されているが、大半は世界中の富裕層、政治家、俳優やスポーツ選手、その他。近年では、企業だけではなく、富裕層が個人勘定ではなく、SC を利用して、資産隠し、税金逃れ、賄賂など取引関係の隠ぺい、マネーロンダリングなどを行っている。

 2.タックスヘイブン(Tax Haven 租税忌避地)とは何か? 

 以下の要素を備えた「法域(jurisdiction)」、必ずしも独立国ではなく保護領などを含む。 
① 域内の企業・個人の所得に全くの無税か、単なる名目的な定率の税 
②域外の関係機関と情報交換を行わないか、非協力的 
③ 域内の個人、企業の資産、所得他に関する透明性が欠如 
④ 域内での実質的な経済活動がない 

パナマペーパーが証明しているように、現在では、以下の点に留意する必要がある。
 ① 個人が企業になりすまし、企業が個人に成りすますことが極めて容易
 ② 資産や企業の本当の所有者、資金や所得の流れや帰属を容易に隠ぺいできる
 ③ 域外の権力機関による強制や規制を受けない。現地法による機密、匿名性の保護。
 ④タックスヘイブンではオフショアセンター(規制を受けない国際金融市場)が成立する。タックスヘイブンは 20 世紀初頭から存在しているが、オフショアセンターは、1960 年代以降に広まった。その増加は、ロンドンベースのユーロダラー市場の発展と密接に関連している。すべてのタックスヘイブンがオフショアセンターではない。

企業・富裕層はタックスヘイブンをどのように利用しているのか 

 合田寛『タックスヘイブンに迫る』新日本出版社 72-76 ページ参照。 
 企業・富裕層は国内の税制の抜け穴を利用するだけではなく、海外数か所のタックスヘイブンにいくつかの SC を開設し、それらを組み合わせることで、最大限の「節税」「脱税」を実現する大手金融機関は、数百から千社以上の SC を運営するこれらの SC の多くが企業目的に「慈善活動」を掲げている。 

.タックスヘイブンの歴史と現況 

 タックスヘイブンの歴史
 (1)第一次大戦後、スイス、リヒテンシュタインがタックスヘイブンを目指す政策導入 アメリカでは、19 世紀末にデラウェア州、ニュー・ジャージー州が企業向けのタックスヘイブンに転換する動きを始めた(米国では企業は州法にもとづいて設立)。1920 年代にスイスがこれに倣った。1933 年の銀行法で、銀行の顧客機密を刑法で保護。スイスとリヒテンシュタインは連携。現在欧米の多くの企業がデラウェア法人である。

 (2)1920 年代末に、イギリスの裁判所が、イギリスで登録してもイギリス国内で実際的な活動をしていない(植民地ベースの)企業を免税する措置を認めた。これは、イギリス国内(ロンドン)で営業していても、他国で登記している企業は免税する措置につながった。これによって、海外の企業にとってロンドンはタックスヘイブンになった。さらに、イギリスの多くの旧植民地、保護領、国王家の領地などが、税逃れをめざす企業の登記地、ブッキングセンターとして利用されるようになった。

 (3)1920 年代末に、ルクセンブルクが持ち株会社を免税する法律を制定。のちに、オランダ、ベルギー、さらに近年ではアイルランドが欧州の代表的タックスヘイブンに。この結果、スイスに続いて、これらの諸国がドイツ、フランスなど欧州諸国のの富裕層、企業の主要なタックスヘイブンになった。 

(4)米国の連邦法、州法には企業税制に関して非居住者を優遇するループホール(非居住者が米国内で得た利子は不課税など)、銀行顧客情報の保護などがあった。これは、その後もウォール街の圧力で、修正されなかった。背景に、スイスとの「悪しき税」競争、ヴェトナム戦争、経常収支赤字、海外資本の導入政策など。1981 年にニューヨーク・オフショア市場創設。銀行の海外取引が規制から外される。他方で米国は他国政府に対して公正で透明な課税制度の導入を要求している。 

 東京オフショア市場開設(1986 年)

 世界のタックスヘイブンの分布(別紙参照) 

 国際金融取引におけるタックスヘイブンの重要性

(1) 1990 年代にはすでに世界で 60〜100 か所のタックスヘイブンが存在。 
(2) 世界の直接投資(FDI)の 30%がタックスヘイブンを経由している。 
(3) 旧イギリス帝国関連のタックスヘイブンはロンドンを中心にネットワークを形成し、世界の銀行預金の 30%、銀行債務の 36%を保有。
(4)ロンドン証券取引所上場企業上位100社の内 98社が合わせて8492社の子会社をタックスヘイブンに所有している。とくに多国籍金融機関。 
(5) 世界のタックスヘイブンに隠されている資産の総額は 21〜32 兆ドル(2012)と推定されている。世界で、年間 9000 億ドル以上の税収が失われている。 
(6) 世界の家計金融資産の 8%がタックスヘイブンにおかれ、その内の 75%は名義不明。
(7) ただし、家計がタックスヘイブンに保有している金融資産の総額については、研究者間で 6〜12 億ドルの評価額の差がある。
(8) アメリカの大企業上位 100 社のうち 82 社が合わせて 2686 の子会社をタックスヘイブンで運営している。 
(9) アメリカの全企業(130 万社)のうち約 3 分の 2 は 1998-2005 の期間米国内で税金を払っていない。
 (10) 米国で営業している外国企業のうち 70%が米国内で税金を払っていない。
 (11) タックスヘイブンを利用する企業・富裕層の脱税、節税の経済的、政治的、社会的悪影響は、多くの途上国ではさらに深刻である。資本流出、税収減、金権・政治腐敗など。
 (12) タックスヘイブンは当該地域に総額 550 億ドル/年の利益(登録料、口座管理料、手数料、弁護士費用他)をもたらしている。 

4.タックスヘイブンをどうするのか 

(1)世界中の資産と所得の個人的帰属(所有名義)を突き止めることのできるデータの整備。
(2)世界のすべての多国籍企業の財務・取引情報を国単位で透明化する。 
(3)企業の利潤(所得)移転の主要な手段である移転価格の利用を禁止する。
(4)マネー洗浄を禁止する法制度を国際的に整備・整合を図る。 
(5)企業と富裕層を優遇する税制度の改正。公正・透明・累進的課税制度の回復。
(6)国際業務に従事する銀行の資金取り扱い情報を電子情報として世界で交換し、共有する。