死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言

犯罪が起こったとき、我々は、これにどう向き合うべきなのか。そして、どうすれば、人は罪を悔いて、再び罪を犯さないことができるのだろうか。
 
悲惨な犯罪被害者・遺族のための施策は、犯罪被害者・遺族が、被害を受けたときから、必要な支援を途切れることなく受けることができるようなものでなければならず、その支援は、社会全体の責務である。また、犯罪により命が奪われた場合、失われた命は二度と戻ってこない。このような犯罪は決して許されるものではなく、遺族が厳罰を望むことは、ごく自然なことである。
 
一方で、生まれながらの犯罪者はおらず、犯罪者となってしまった人の多くは、家庭、経済、教育、地域等における様々な環境や差別が一因となって犯罪に至っている。そして、人は、時に人間性を失い残酷な罪を犯すことがあっても、適切な働き掛けと本人の気付きにより、罪を悔い、変わり得る存在であることも、私たちの刑事弁護の実践において、日々痛感するところである。
 
このように考えたとき、刑罰制度は、犯罪への応報であることにとどまらず、罪を犯した人を人間として尊重することを基本とし、その人間性の回復と、自由な社会への社会復帰と社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の達成に資するものでなければならない。このような考え方は、再犯の防止に役立ち、社会全体の安全に資するものであって、2003年に行刑改革会議が打ち立て、政府の犯罪対策閣僚会議においても確認されている考え方である。
 
私たちは、2011年10月7日に第54回人権擁護大会で死刑のない社会が望ましいことを見据えて採択した「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑制度についての全社会的議論を呼びかける宣言」(以下「高松宣言」という。)も踏まえ、その後の当連合会の活動の成果と国内外の状況を考慮して、本宣言をするものである。
 
2015年に国際連合(以下「国連」という。)総会で改定された被拘禁者の処遇のための最低基準規則(以下「マンデラ・ルール」という。)は、文字どおり被拘禁者を人間として尊重し、真の改善更生を達成するために求められる最低基準であって、これに基づいて刑事拘禁制度を抜本的に改革することが求められている。また、国際人権(社会権)規約委員会(以下「社会権規約委員会」という。)は、2013年には、強制労働を科す懲役刑制度は国際人権(社会権)規約第6条に照らして見直すべきことも勧告している。
 
そして、刑罰制度全体の改革を考えるに当たっては、とりわけ、死刑制度が、基本的人権の核をなす生命に対する権利(国際人権(自由権)規約第6条)を国が剥奪する制度であり、国際人権(自由権)規約委員会(以下「自由権規約委員会」という。)や国連人権理事会から廃止を十分考慮するよう求められていることに留意しなければならない。
 
この間、死刑制度を廃止する国は増加の一途をたどっており、2014年12月18日、第69回国連総会において、「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議が、117か国の賛成により採択されているところである(日本を含む38か国が反対し、34か国が棄権したものの、過去4回行われた同決議の採択で最も多くの国が賛成した。)。このように国際社会の大勢が死刑の廃止を志向しているのは、死刑判決にも誤判のおそれがあり、刑罰としての死刑にその目的である重大犯罪を抑止する効果が乏しく、死刑制度を維持すべき理由のないことが次第に認識されるようになったためである。また、2020年に世界の刑事司法改革について議論される国連犯罪防止刑事司法会議が、日本において開催されることとなった。
 
しかも、日本では過去に4件の死刑確定事件について再審無罪が確定し、2014年3月には袴田事件の再審開始決定がなされ、袴田氏は約48年ぶりに釈放された。死刑制度を存続させれば、死刑判決を下すか否かを人が判断する以上、えん罪による処刑を避けることができない。さらに、我が国の刑事司法制度は、長期の身体拘束・取調べや証拠開示等に致命的欠陥を抱え、えん罪の危険性は重大である。えん罪で死刑となり、執行されてしまえば、二度と取り返しがつかない。
 
よって、当連合会は、以下のとおり、国に対し、刑罰制度全体を、罪を犯した人の真の改善更生と社会復帰を志向するものへと改革するよう求めるとともに、その実現のために全力を尽くすことを宣言する。
 
1 刑罰制度の改革について

(1) 刑法を改正して、懲役刑と禁錮刑を拘禁刑として一元化し、刑務所における強制労働を廃止して賃金制を採用し、拘禁刑の目的が罪を犯した人の人間性の回復と自由な社会への再統合・社会的包摂の達成にあることを明記すること。
 
(2) 拘禁刑は社会内処遇が不可能な場合の例外的なものと位置付け、社会内処遇を拡大し、社会奉仕活動命令や薬物依存者に対する薬物治療義務付け等の刑の代替措置を導入すること。
 
(3) 犯罪の実情に応じた柔軟な刑罰の選択を妨げている再度の執行猶予の要件を緩和し、保護観察中の再犯についても、再度の執行猶予の言渡しを可能にするため刑法第25条第2項を改正すること。累犯加重制度(刑法第57条)についても、犯罪の程度に応じた柔軟な刑罰の選択を可能にするよう刑法を改正すること。
 
2 死刑制度とその代替刑について

(1) 日本において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであること。
 
(2) 死刑を廃止するに際して、死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討すること。代替刑としては、刑の言渡し時には「仮釈放の可能性がない終身刑制度」、あるいは、現行の無期刑が仮釈放の開始時期を10年としている要件を加重し、仮釈放の開始期間を20年、25年等に延ばす「重無期刑制度」の導入を検討すること。ただし、終身刑を導入する場合も、時間の経過によって本人の更生が進んだときには、裁判所等の新たな判断による「無期刑への減刑」や恩赦等の適用による「刑の変更」を可能とする制度設計が検討されるべきであること。
 
3 受刑者の再犯防止・社会復帰のための法制度について

(1) 受刑者に対する仮釈放要件を客観化し、その判断を適正かつ公平に行うものとするため、地方更生保護委員会の独立性を強化して構成を見直すこと。また、規則ではなく刑法において具体的な仮釈放基準を明らかにするよう、刑法第28条を改正すること。併せて、無期刑受刑者に対する仮釈放審理が極めて困難となっている現状を改革するために、仮釈放の審理が定期的に必ずなされる仕組みを作るなど、必要な措置を講ずること。
 
(2) 罪を犯した人の円滑な社会復帰を支援するため、政府の矯正・保護部門と福祉部門との連携を拡大強化し、かつ、罪を犯した人の再就職、定住と生活保障等につながる福祉的措置の内容の充実を求めるとともに、当連合会も、出口支援(刑務所出所後の支援)・入口支援(刑務所に入れずに直接福祉につなぐ支援)に積極的に取り組むこと。
 
(3) 施設内生活が更生の妨げとならないよう、刑事施設内の規律秩序の維持のための規則及び刑事施設内における被拘禁者の生活全般を一般社会に近付け、医療を独立させ、可能な限り独居拘禁を回避し、また、拘禁開始から釈放まで、罪を犯した人と家族・社会との連携を図るなど、新たに改正されたマンデラ・ルールに基づいて刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事被収容者処遇法」という。)を全面的に再改正すること。
 
(4) 刑の言渡しを受けた人に対する資格制限その他刑を終えた者の社会復帰を阻害する刑法第34条の2「刑の消滅制度」と諸法に定められた資格制限規定について、その必要性を一つずつ検討し、不必要な資格制限を撤廃すること。
 
2016年(平成28年)10月7日
日本弁護士連合会
 

提案理由

第1 犯罪とその被害にどのように向き合うのか

犯罪が起こったとき、我々は、これにどう向き合うべきなのか。人は、なぜ罪を犯すのだろうか。そして、どうすれば、人は罪を悔いて、再び罪を犯さないことができるのだろうか。この問いは、人類の文明の始まりの時から問い続けられ、確たる答えの見つからない難問である。
 
「生まれながらの犯罪者」という人間がいるのだろうか。私たち弁護士は、刑事弁護とりわけ情状弁護の過程で、多くの事件で、罪を犯してしまう要因には、貧困、障がい、虐待、家庭の機能不全、教育からのドロップアウト等の様々な社会的疎外の影響を受けたこと等、複雑な過程が関わっていることを学んできた。
 
一方で、犯罪の多くは被害者を生み出す。悲惨な被害を受けた犯罪被害者・遺族について、犯罪被害者等基本法は、「すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する。」、「犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられるものとする。」と定めており(同法第3条)、犯罪被害者・遺族に対する支援は、当連合会を含め社会全体の重要な責務である。
 
また、犯罪により命が奪われた場合、被害者の失われた命はかけがえのないものであり、これを取り戻すことはできない。このような犯罪は許されるものではなく、遺族が厳罰を望むことは自然なことで十分理解し得るものである。私たちは、犯罪被害者・遺族の支援に取り組むとともに、遺族の被害感情にも常に配慮する必要がある。そして、犯罪により命が奪われるようなことを未然に防ぐことは刑事司法だけではなく、教育や福祉を含めた社会全体の重大な課題である。
 
他方で、心理学や人間行動科学、脳科学の進歩により、犯罪と考えられてきた行動の相当数が疾病的要素を持つこと、適切な支援により改善が可能であることが分かってきている。人は、時に人間性を失い残酷な罪を犯すことがあっても、適切な働き掛けと本人の気付きにより、罪を悔い、変わり得る存在である。
 
このように考えたとき、刑罰制度は、犯罪への応報であることにとどまらず、罪を犯した人を人間として尊重することを基本とし、その人間性の回復と、自由な社会への社会復帰と社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の達成に資するものでなければならない。この考え方は、再犯の防止に役立ち、社会全体の安全に資するものであって、2003年に行刑改革会議が打ち立て、政府の犯罪対策閣僚会議においても確認されている考え方である。
 
人権を尊重する民主主義社会であろうとする我々の社会においては、犯罪被害者・遺族に対する十分な支援を行うとともに、死刑制度を含む刑罰制度全体を見直す必要があるのである。
 
第2 刑罰の在り方が問われている

1 罪を犯した人が社会に復帰し、地域と共生し得る刑罰制度を

刑法が制定された明治時代以来、我が国においては、応報を主たる理念とする刑罰制度が続いてきた。
 
しかし、2002年に発覚した名古屋刑務所における拷問・虐待事件を機として、法務大臣の諮問機関として設置された行刑改革会議が2003年12月22日付けで公表した提言では、「受刑者が、単に刑務所に戻りたくないという思いから罪を犯すことを思いとどまるのではなく、人間としての誇りや自信を取り戻し、自発的、自律的に改善更生及び社会復帰の意欲を持つことが大切であり」(同提言10ページ)、「これまでの受刑者処遇において、受刑者を管理の対象としてのみとらえ、受刑者の人間性を軽視した処遇がなされてきたことがなかったかを常に省みながら、現在の受刑者処遇の在り方を根底から見直していくことが必要」(同提言11ページ)とされた。
 
そして、2011年10月7日、当連合会は、高松宣言を採択した。この宣言は、監獄法改正に深く関わってきた当連合会が国際的な動向を踏まえて第2次刑罰制度改革に取り組む際の基本となる提言であって、以下の内容を盛り込んでいた。
 
「犯罪とは何か、刑罰とは何かについて、市民の間に必ずしも十分な議論がなされてはいない。『すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である』(世界人権宣言第1条)にもかかわらず、現実の社会には様々な差別があり、数多くの人々が貧困を強いられ、不合理な制約の下で自由、尊厳、権利を奪われている。そして、ごく軽微な犯罪から、死刑が言い渡されるような重大な犯罪に至るまで、犯罪の背景にはこうした問題が少なからず存在している。犯罪には、様々な原因がある。応報として刑罰を科すだけでは、犯罪を生み出す諸問題の解決には全く不十分であるばかりか、真に安全な社会を実現することもできない。確かに、罪を犯した人にその罪責に応じた制裁を科すことは刑罰の重要な目的である。しかし、今日我が国では、刑罰の目的が応報のみにあるかのように受け止められ、犯罪の背後にある様々な問題から目をそむけ、罪を犯した個人にすべての責任を負わせるべく刑罰を科そうとする風潮が強い。のみならず、近時の犯罪統計によれば、凶悪犯罪が増えておらず、犯罪数自体も減少傾向にあるという客観的な事実が存するにもかかわらず、近年、立法による法定刑の引上げ、刑事裁判における重罰化等の刑事司法全般において厳罰化が進み、その一方では、刑事施設において十分な更生のための処遇がなされず、罪を犯した人が更生し社会に復帰する機会が与えられていない。」。
 
今、犯罪そのものは減少しているにもかかわらず、再犯率が高い状況が続いている。この事実は、罪を犯した者に対する処遇が成功していないことを示している。
 
犯罪対策閣僚会議は、2012年7月20日付けで公表した「再犯防止に向けた総合対策」において、再犯防止を重要な施策として掲げ、具体的な数値目標を掲げた。そして、「広く国民に理解され、支えられた社会復帰を実現する」ための方策の一つとして、弁護士及び当連合会等との連携を挙げている。
 
罪を犯した人が社会に復帰し、地域と共生し得る刑罰制度とはどのようなものなのかを市民と共に考え、実現していくことが、私たち弁護士会に求められている。
 
罪を犯した人の人間性の回復は、気付きと精神的成長によって初めて達成することができる。人間性の回復は、本人の準備ができていなければ、上からの押し付けで実現することはできない。犯罪を行わない生き方を選ぶという選択肢を見失っている人に対して、機会を与え、その選択肢を選びやすくするために支援することが、刑罰の第一の目的である。それが、全ての人が生きやすい社会、新たな被害者を生まない、真に安全・安心な社会を実現することにつながるのである。
 
2 罪を犯した人を社会から排除しない

前記の犯罪対策閣僚会議は、「再犯防止に向けた総合対策」において、「再犯防止は、一たび犯罪に陥った人を異質な存在として排除したり、社会的に孤立させたりすることなく、長期にわたり見守り、支えていくことが必要であること、また、社会の多様な分野において、相互に協力しながら一体的に取り組むことが必要であることから、広く国民に理解され、支えられた社会復帰を実現する。」としている。
 
このような考えを、これまで死刑の対象とされていたような深刻な犯罪を含め、徹底していく改革が求められている。
 
3 更生と社会復帰を刑罰制度の核に

我が国の刑罰制度は、1907年に定められた刑法により、死刑、懲役刑・禁錮刑、罰金刑という刑罰体系が定められ、今日までこれが維持されてきた。
 
更生とは、罪を犯した人が刑の執行後に普通の市民としての人生を過ごせるようになることである。人権を尊重する民主主義社会にとって、犯罪被害者・遺族を支援することと罪を犯した人に対して社会復帰のために支援することは、互いに矛盾するものではなく、どちらも重要な課題である。
 
罪を犯した人の尊厳と基本的人権が尊重され、社会内で地域の人々と共生できる環境が保障されることが、罪を犯した本人の更生を支え、ひいては犯罪の減少にもつながる。刑務所は、「治安の最後の砦」と言われ、罪を犯した人が逮捕され裁判を経て最後にたどり着く場所であるとされるが、重罰を科すことによって、罪を犯した人をいたずらに長期間社会から隔離することは、その期間中の犯罪の防止にはつながるものの、一度社会から「犯罪者」というらく印を押されてしまった後には、社会復帰を困難にさせるという側面がある。罪を犯した人の多くは生活困窮状況にあり、高齢者の再入者については窃盗と詐欺(無銭飲食)の割合が高率であることが指摘されている。このような人たちに対しては、住居、就労、医療等の生活全般を見据えた総合的な社会的援助策を講じることが必要なのであり、応報だけを目的とする刑罰は、再犯防止の上で意味を持たない。
 
当連合会が行った海外調査において、スペインの重罪犯を対象とするマドリッド第7刑務所で取り組まれていた「尊重のユニット」を見学した。互いの人格を尊重することを誓約した受刑者たちに大幅な自由と自治を保障し、労働と余暇と仲間同士の話合いを通じて人間性の回復を目指す素晴らしい取組であった。
 
罪を犯した人が犯罪被害者の心の痛みを知り、自らの行為のもたらした結果の重大さを認識することは、自らが尊重される体験を通じて培うよりほかないのである。
 
また、更生するためには、自らの罪を自覚し反省するだけでは不十分であり、社会復帰のために、社会の受皿と支援が必要である。現代における矯正実務においては、本人の同意を得ることが大前提であるが、再犯防止には、本人の社会適応能力を向上させるような先進的な治療と処遇プログラムが有効である。
 
このような理念は、刑事被収容者処遇法には明記されたが、刑法には刑罰の目的が規定されていない。刑法にも、このような刑罰の目的を明記するべきである。
 
4 刑務所における強制労働を廃止し、賃金制を採るべき

現行刑法では、原則的刑罰とされる懲役刑においては所定の作業を科すとされ、禁錮刑はごく一部の犯罪についてのみ選択できる制度とされている。
 
しかし、世界的な刑罰の流れを見ると、ドイツ、フランス、スペイン、オーストリア、カナダ、キルギスタン、ポーランド、ウルグアイ等多くの国々では、受刑者に強制労働を科しておらず、賃金制を採用している。
 
懲役刑が原則的な刑罰とされている日本の刑罰制度は、国際人権基準に反するものと指摘されている。すなわち、社会権規約委員会による第3回日本政府報告書審査の総括所見(2013年5月17日)では、「パラグラフ14.委員会は、締約国の刑法典が、本規約の強制労働の禁止に違反して、刑の一つとして刑務作業を伴う懲役を規定していることに懸念をもって留意する。(第6条)」、「委員会は、締約国に対して、矯正の手段又は刑としての強制労働を廃止し、本規約第6条の義務に沿った形で関係規定を修正又は破棄することを要求する。また、委員会は、強制労働の廃止に関するILO条約第105号の締結を検討することを締約国に慫慂する。」と述べられている。
 
刑務所で教育や労働を実施することは、受刑者の社会復帰のためにも有益なことである。しかし、月額4000円程度という低額な作業報奨金で労働を強制するようなやり方は、国際水準から大きく隔たるものとなっている。現状の懲役刑制度下では、有益な労働が提供できない場合にも、単純作業を含め、無理にでも労働しなければならず、しかも、ほとんどの場合、作業が社会復帰した際に役立つスキルとはなっていない。
 
懲役刑は廃止し、労働は、労働の機会が与えられ、これを希望した者が行うようにすべきであり、また、労働との対価性を認める賃金制(賃金として支払われるのは通常の賃金額から食費と住居費を控除した程度の金額として、月数万円程度を想定する。)を導入すべきである。そして、賃金制を採用した一部の国々で採用されている制度を参考に、このように増額された賃金の中から、一定額を犯罪被害者のための基金として積み立て、犯罪被害者に対する支援施策のために支出する制度を導入するべきである。
 
以上の見地から、刑法を改正して、懲役刑と禁錮刑を拘禁刑として一元化し、刑務所における強制労働を廃止し、拘禁刑の目的が罪を犯した人の人間性の回復と自由な社会への再統合・社会的包摂の達成にあることを刑法に明記するよう求める。
 
5 社会への再統合のための刑事拘禁以外の多様な刑罰メニューの提案

世界各国における進んだ刑事司法制度の実情を踏まえ、社会奉仕活動を命ずることや薬物依存からの治療・回復を目指すプログラムを刑罰制度に全面的に取り入れていくことが必要である。また、刑の執行停止の制度が十分機能せず、受刑能力のない病者、障がい者や高齢者が多数収容され、その処遇が矯正当局の大きな負担となっている。これらの者の多くは、福祉政策の枠内で処遇することが望ましい。
 
知的障がい者等については、検察庁もこのような方向での施策を強く進めており、当連合会もこれに全面的に協力してきた。刑事訴訟法第482条を改正し、受刑能力のない病者、障がい者や高齢者を収容しないことを、裁量ではなく義務的に保障するよう法制度上明確にすることが求められている。
 
また、個別事件の実情に照らして、苛酷な量刑の原因となっている累犯加重制度の見直しや再度の執行猶予の要件の緩和をし、犯罪の実情に即した科刑が可能となる法制度に改める必要がある。
 
社会内処遇措置のための国連最低基準規則(東京ルール)は、「加盟各国は、他の選択肢を用意して拘禁処分を減少させ、かつ、人権の遵守、社会正義の要求及び犯罪者の社会復帰上の必要を考慮して刑事司法政策を合理的なものとするために、自国の法制度において社会内処遇措置を発展させるものとする。」として、刑事司法領域における拘禁の使用自体が、最小限にとどまるべきものであることを明らかにしている。
 
以上のような見地に立って、社会内処遇を原則とし、拘禁刑は社会内処遇が不可能な場合の例外的なものと位置付け、社会奉仕命令や薬物依存者に対して条件反射制御法等の有効な治療やダルクやAA(アルコホーリックス・アノニマス)等の自助グループへの参加等の義務付けという刑の代替措置を導入するなどの制度改革に取り組むことが必要である。
 
また、再度の執行猶予の要件を緩和し、例えば、懲役3年以下の刑の言渡しを受けたときは、再度、刑の全部の執行猶予を可能とするよう、刑法第25条第2項を改正すべきである。保護観察中の再犯についても、再度の執行猶予の言渡しを可能にするよう、刑法第25条第2項を改正すべきである。累犯加重制度についても、犯罪の程度に応じた柔軟な刑罰の選択を可能にするよう刑法を改正すべきである。
 
6 犯罪被害者・遺族の支援

冒頭においても指摘したが、刑罰制度の改革と犯罪被害者・遺族の支援とは別個の課題であるが、いずれも重要な課題である。全ての犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するのであり、犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられるものでなければならず、国は、犯罪被害者等のための施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する(犯罪被害者等基本法)。
 
したがって、犯罪被害者等に対する支援は、犯罪被害者等を取り巻く状況を踏まえ、福祉の協力を得て、精神的な支援を含めた総合的な支援が必要である。さらに、犯罪被害者等給付金については、支給対象者の範囲の拡大及び給付金の増額を期すべきである。
 

日弁連HP