演説に起立 「言論の府」損なう懸念
 衆院本会議で自民党議員が安倍晋三首相に促され、一斉に立ち上がって拍手し続ける一幕があった。海上保安庁、警察、自衛隊に「心からの敬意を表そう」と、所信表明演説で呼び掛けられてのことである。

 首相が促したのも議員が応じたのも不適切だ。理由は二つある。

 第一に首相が呼び掛けたのは領土、領海、領空を守る活動に対する拍手である。こう言っている。

 「東シナ海、南シナ海、世界中のどこであろうとも、一方的な現状変更の試みは認められない。…現場では夜を徹して、今この瞬間も海保、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている」。その彼らに対して「今この場所から、心からの敬意を表そう」。

 領土、領海、領空を守るために、海保や警察、自衛隊が昼夜を分かたず働いているのは事実だろう。「お疲れさま」「ご苦労さま」といった気持ちを抱いている国民は少なくないはずだ。

 だからといって、国会議員が議場で一斉に起立し拍手するとなると話は違ってくる。

 海保、警察、自衛隊の活動は安倍政権が整備を進めてきた安保関連法や特定秘密保護法に関わっている。安保法、秘密法については、平和と民主主義をむしろ損なうとの見方が根強く残る。法律の廃止を目指し運動を続けている市民団体も少なくない。

 そうした中、国会で議員が活動をたたえることは反対論を封じる結果を招く危険をはらむ。

 国会は一切のタブーなく議論する場のはずである。憲法50条が議員の不逮捕特権、51条が院内での発言の免責を定めているのは、戦争の歴史の反省に立って自由な議論を保障するためだ。異論を唱えにくい空気がたとえ一時であっても生まれることには敏感でなければならない。

 理由の第二は首相が行政府の長であることだ。議員に対する拍手の呼び掛けは思い上がりと言われても仕方ない。

 野党からは批判の声が上がっている。「落ち着いて真摯(しんし)に議論する状況でなくなってしまう」との野党幹部の言葉にうなずく国民は多いだろう。民進、共産、日本維新の会の3党は「極めて異常な事態」と自民党に抗議した。

 首相の呼び掛けに唯々諾々従った自民議員も情けない。「首相1強」とも言われる自民党政治の劣化を見る思いがする。安保法制がこれから本格的に動きだす。国会が運用をチェックできるか、今後がますます心配になる。 

(9月29日)
信濃毎日新聞