『マスコミ市民5月号』から
◆ 教育政策を〝国〟でなく「生徒が主人公」に転換させよう
◆ 教育政策を〝国〟でなく「生徒が主人公」に転換させよう
永野 厚男(教育ライター)
卒業式等の〝君が代〟不起立教職員に出した、重い減給の懲戒処分を取り消す判決を最高裁に下された東京都教育委員会は、10年近くも遡さかのぼり改めて戒告にする〝再処分〟を強行。また、都教委が全都立高校の卒業式に派遣する管理職級の職員に読み上げさせる〝挨拶文〟は、政治色を濃くしている。「人権尊重」より「権力の命令への服従」を重視する都教委の施策を暴く。
都教委は2003年、当時の横山洋吉教育長が〝君が代〟強制を強化する10・23通達を発出後、卒業式等で校長から教職員に対し〝君が代〟起立・ピアノ伴奏等の職務命令を出させ、不起立や不伴奏の教職員を「地方公務員法違反」だとし、「1回目は戒告、2回目は減給(1か月間、10分の1に)、3回目は減給(6か月間、10分の1に)、4回目以降は停職(4回目は1か月間、5回目は3か月間、6回目以降は6か月間も出勤させず。この間、給与ゼロ)」と、機械的に累積加重処分してきた。
だが、被処分教職員らが処分取消しを求めた訴訟で、最高裁第一小法廷判決金築誠志(かねつきせいし)裁判長は12年1月16日、主文で減給以上を原則、「重きに失し社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱・濫用しており違法である」と断じ、取消しを命じた(ただ、戒告については「学校の規律や秩序保持」等の〝理由〟で、取消しを認めなかった)。
◆ 最高裁に減給処分取消しを命じられ、戒告の〝再処分〟を強行
都教委は13年12月17日、〝君が代〟処分取消2次訴訟で最高裁が減給処分を取り消した現職の都立高校教職員7人に対し、「減給がダメなら改めて戒告にしてやろう」という考えの下、10年近く前の不起立等を蒸し返し、新たに戒告処分を発令する〝再処分〟を強行した。
今年1月16日、〝君が代〟処分取消3次訴訟で東京地裁判決(佐々木宗啓裁判長)が最高裁判決を踏襲し、「裁量権の逸脱・濫用で違法」だとし、26人(31件)の減給・停職処分を取り消すと、都教委は5人に絞って控訴。21人に対しては控訴せず、処分取消が確定した。
だが都教委は、21人の内、現職の都立高校教職員9人(うち2人は再任用)に対し、飯島昌夫職員課長名で「給与等の是正措置に伴う必要書類」を送付し(弁護団宛)、戒告の再処分を企図。
都教委は3月26日の定例教育委員会で、今年3月の卒業式の〝君が代〟時、東京の公立学校でただ1人、不起立を貫いた都立特別支援学校の田中聡史教諭(注1参照)に対し「1か月間、10分の1」の減給処分を発令すると共に、前記9人の「減給処分を取り消された現職」のうち、「今年3月31日付定年退職」の女性教諭だけ〝再処分〟を決定した。他の8人には4月以降に発令できるけれど、女性教諭には4月に入ると処分が出せないからだ。
春季休業中の3月30日、在宅していた女性教諭の自宅に、都教委職員課管理主事と校長が来訪。女性教諭が「今日は年次有給休暇を取得しているから」と面会を断ると、管理主事らは郵便受に〝再処分〟の発令書を入れて行った。
戒告は減給より1ランク軽いとされるが、13年秋の賃金確定闘争で「戒告は昇給幅1号、減給・停職は昇給なし」と改悪され、現在の戒告は、かつての減給並みの給与減額になってしまう。〝再処分〟強行は、〝君が代〟不起立者に対し〝敵意〟むき出しで、かつ執拗に向かってくる都教委の体質を示している、と言える。「ストーカーもどきだ」と批判する人も少なくない。
◆ 不起立を〝事故〟〝妨害〟だと敵視する都教委
今年1月13日の都立高校の校長連絡会、1月15日の副校長連絡会では、都教委幹部が「事故(注2参照)があると(校長や副校長は)式典当日対応しなければならず、他の業務ができなくなるため、本来の仕事を妨害することになる」などと発言した、という情報もある。
だが前記・最高裁判決は、「君が代に対する敬意表明の要素を含む起立斉唱行為を求められる」ことは、「君が代が皇民化教育や侵略戦争遂行に一定の役割を果たした」とする歴史観・世界観を持つ人にとっては、「憲法第19条の保障する思想・良心の自由の間接的な制約となる」とも判示している。また最高裁判決で当時の宮川光治裁判官は、〝君が代〟起立等の職務命令は「憲法第19条に違反する可能性がある」という反対意見を示した。
このように正当な不起立行為を、都教委が〝事故〟〝妨害〟呼ばわりするのは、最高裁判決への敵対行為と言わざるを得ない。
◆ 都教委の卒業式挨拶、〝日本人としての誇り〟を2度強調
前記10・23通達発出後、都教委は〝祝意〟を表するためと称し、全都立高校の卒業式に管理職に当たる職員を派遣している。
今春、ある都立高校の卒業式で不起立した生徒や保護者に取材すると、派遣されてきた統括指導主事なる人物は、〝副校長=教頭〟級であるにもかかわらず、式場の体育館で校長より上座に座り、開始直後の〝国歌斉唱〟時、壇上正面の〝日の丸〟旗に向かって直立不動の姿勢を取り、大声で〝君が代〟を歌っていた。「その時の生徒に尻を向ける姿勢は不快だ。日の丸旗が式の主人公ではないのに・・・」と語る。
〝君が代〟が終了し、卒業証書授与や校長式辞の後、その都教委職員が読み上げた〝挨拶文〟は、「式の主人公であるはずの生徒へのお祝い」とは言いがたい。「東京都教育委員会を代表し、一言、ご挨拶申し上げます」で始まるが、「一言」ではなく、冗長だ。情報公開請求に取り組んでいる都民らの入手した〝挨拶文〟の雛型によると、最初の方に「各校の特色ある教育活動を、校長らに70字~120字で記述させる部分」がある。
しかしこの「各校の特色ある教育活動」さえも、都教委の方を向いて書いた高校がある。反対の声が多い中、13年7月、自衛隊朝霞駐屯地でラグビー部などの男子生徒34人を対象に、更に14年2月にも、江東区の都の施設で2年生全員対象に(参加率は82%との報道がある)、「都教委の事業で経費は全額税金負担の、2泊3日の自衛隊連携宿泊防災訓練」を実施した都立田無工業高校だ。
都教委の防災教育担当の統括指導主事から13年4月、同校校長になった池上信幸氏(15年4月から都教委の中部学校支援センター担当課長に出世)にとって、同校での最後の〝大仕事〟となった3月7日の卒業式で、都教委職員が読み上げた〝挨拶文〟の「特色ある教育活動」に当たる箇所は、以下の通りだ。
「本校は、社会の有為な形成者としての必要な資質を培い、実践力を身に付けた技術者を育成することを教育目標とし、デュアルシステムを活用した長期就業訓練を行うとともに、防衛省と連携した宿泊防災訓練を体験し、自助・共助の精神を養うなど、企業が求める専門的知識及び実践的な技能・技術や社会性を身に付けていく教育を行っています」。
この「各校の特色ある教育活動」の直後から全校統一型に戻り、「皆さんは、このような特色のある教育活動のもとで、学業やスポーツ・文化活動、教科『奉仕』における様々な社会貢献活動などを通して、《略》自ら学び、考え、行動する力、《略》健康や体力、豊かな心を養ってきました」とある。学校教育法のもと、教育課程編成権は各学校にあるのに、都教委が全都立高に設置を強制した教科『奉仕』をバッチリ宣伝。
〝挨拶文〟はこの後、「日本の科学者3名のノーベル物理学賞受賞」「日本の伝統・文化である手すき和紙のユネスコ無形文化遺産登録」という昨年の「日本人」の業績2例を記述後、「私たちに、誇りと自信を与えてくれました」と主張。
続けて「二〇二〇年には東京オリンピック・パラリンピックが開催される中、皆さんには、日本人としての誇りと自信をもち《略》力を発揮し、国際社会の一員として、大きな役割を果たすことを期待しています」と記述し、五輪の宣伝と共に、再度〝日本人としての誇り〟を強調。
外国籍生徒の保護者は「〝誇り〟という主観的な語を2度も用い、愛国心を押し付けており、都教委は外国人生徒への配慮を欠いている」と指摘する。
◆ 生徒にまで「怖いと感じ」させる、都教委の〝君が代〟起立強制
ところで、通達直後の04年3月の卒業式での〝君が代〟不起立で、定年退職後の再雇用を〝雇い止め〟にされた都立高校元教諭10人が、その撤回を求めた訴訟の証人尋問(08年12月17日、東京高裁・宗宮英俊(そうみやひでとし)裁判長で、都立工芸高校を当該04年3月に卒業した女性は、式直前のHRの時、担任の教員が「上からの圧力があって言わされている感じ」で「立って歌う」よう強く言ったため、「おかしい」「怖いと感じた」と証言した。
続いて、式そのものについて「前の(女性が在校生として参列していた03年3月の2年生当時の)卒業式は、卒業生を祝う雰囲気があった。しかし(04年3月は)立って歌っているか監視され、卒業式の雰囲気が変わり、暗く緊張した」「今までは君が代を起立して歌っていたが、私たちの式なのに、なぜ歌っているかどうかを監視されなければならないのかと感じ、不起立(着席)した」と述べた。
このように晴れの卒業式で、生徒にまで「怖いと感じ」させる、即ち「一人ひとりの人権」より「権力の命令への服従」の方を重視する、都教委の異常な〝君が代〟施策を改めさせるには、立憲主義に反し改憲に走る安倍政権の教育政策を一つ一つ変えるのと連動し、粘り強く監視し正していく取り組みが必要ではないか。
【注1】 11年4月の入学式から今春の卒業式までの時点で連続8回不起立を貫いている田中さんに対し、都教委は3回目まで戒告、13年3月の4回目以降は最高裁判決に反し「1か月間、10分の1」の減給処分を出し続けている。
【注2】 都教委は不起立を〝服務事故〟と称し、詳述した懲戒処分を出した上に、都教職員研修センターで〝服務事故再発防止研修〟と称する懲罰研修(思想転向研修と言う人も多い)を強行している。13年8月16日の〝再発防止研修〟では、受講報告書に「精神的に苦痛だった」と記述した教諭に対し、伊東哲さとる・研修センター研修部長(当時。現都教委指導部長)が「こういう研修は当たり前のことをやっているのだから、あなたの考えを変えてもらわなければならない」などと発言した(詳しくは『週刊金曜日』13 年8月23日号アンテナ欄の拙稿参照)。
『マスコミ市民』(2015年5月号)
パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2