=子どもの権利条約批准20周年=
◆ 臨床の現場から子どもの権利を考える
◆ 臨床の現場から子どもの権利を考える
明橋 大二(NPO法人子どもの権利支援センターぱれっと理事長
真生会富山病院心療内科部長)
真生会富山病院心療内科部長)
筆者はかつて、不登校支援団体全国大会の分科会で、「不登校を減らすために、学校ではどういう取り組みが必要か」という質問を受けたことがあります。私は即座に、「それは、学校の中で、子どもの権利条約の精神が尊重されることです」と答えました。
「子どもについての理解を深める」とか「いじめをなくす」などの答えを予想していた質問者は、「意表を突かれた」と言っていましたが、「よくよく考えてみるととても納得した」とも語ってくれました。
学校だけではありません、家庭でも、地域でも、子どもの権利条約に書かれていることが真に理解され、実践されたならば、子どもにとってずっと生きやすい世の中になるに違いありません。
それはそのまま、大人にとっても、生きやすい世の中であることを意味します。どうして私がそのように感ずるに至ったのか、そのいきさつを少し書いてみたいと思います。
◆ キレる子どもたち
私が精神科医、あるいはスクールカウンセラーとして、子どもたちに関わるようになった2000年頃、世間では「キレる子ども」が大きな話題となっていました。ちょっと注意されると、逆上し、暴れる。そんな時は目つきも違っている。
友達としょっちゅうトラブルを起こす。物を壊す。かと思うと、「自分なんか死んだ方がいい」と頭を打ち付けたり、自傷行為を行う。時には養護教諭などに、べったり甘えてきたりする。ある調査では、日本の保育園の子どもの3%にこのような行動がみられたといいます。
確かに、発達障害など脳機能の問題もあるでしょうが、筆者の経験では、やはり養育環境の影響が少なくないと思われました。
そこで私は、自ら関わった「キレる子」28ケースを分析し、どのような養育環境が影響を及ぼしているかを調べてみました。
その結果、身体的虐待を受けた:8名(29%)、心理的虐待を受けた:6名(21%)双方併せて、虐待経験がある:14名(50%)、家庭で厳しいしつけを受けた:9名(32%)、家庭で過剰な叱責を受け続けた:25名(89%)、家庭で体罰を受けた:9名(32%)、放任、あるいは関係が希薄であった:11名(39%)、過保護あった:2名(7%)、DVがあった:7名(25%)、教師からの体罰を受けた:3名(11%)、いじめを受けた:4名(14%)という結果でした。
ここから分かることは、キレる子の養育環境として特徴的なのは、虐待、あるいは厳しいしつけ、叱責、体罰が繰り返されていることで、いわゆる過保護や過干渉は、一般にに思われているほどには決して多くありませんでした。
一方で、放任あるいは親子関係が希薄であったケースも多くありました。
すなわち、普段の関わりが希薄である上に、しつけ等について、体罰を含め厳しく叱られ過ぎると、子どもの自己肯定感は極端に低下し、最終的に、「窮鼠猫を噛む」、追い詰められた者の必死の反撃として、「キレる」行動に至るのではないかと考えられました。
ですから、このような行動を予防するためには、単に「しっかりしつけを!」と、しつけの必要性を強調するだけでは逆効果で、むしろ親の心の中にある「しつけをしっかりしなければ」というプレッシャーを解除し、まず自己肯定感を育むことの重要性が強調されねばならないということが分かりました。
◆ 自己肯定感の大切さ
「俺はダメ人間、ゴミ人間」と泣き叫びながら、家庭内暴力を振るい続けた引きこもりの子どもがありました。「私はいらない人間なんです」とリストカットを繰り返す拒食症の女の子がありました。
「キレる子」に限らず、引きこもり、心身症、摂食障害、非行、リストカットなど、子どもをめぐる問題の根っこには、共通して自己肯定感の低さがあります。自己肯定感とは、英語では self-esteem と言いますが、自分は生きている価値がある、大切な存在だ、自分は自分でいいんだ、という気持ちです。
この気持ちが、周囲の虐待や暴力、否定や無視(ネグレクト)、支配や過剰な干渉により育てられなかった時、あるいは傷つけられた時、子どもは、さまざまな心のSOSを出してきます。それが、不登校や非行、心身症などの症状です。
逆に言えば、この自己肯定感がしっかり育てられれば、子どもは自分と他人を信頼し、前向きに生きていくことができます。
自分を大切にしてもらった子どもは、また人を大切にすることができます。
自分の気持ちを尊重してもらった子どもは、また人の気持ちを尊重することができるからです。
◆ 子どもの権利条約は4つの権利保障
この子どもの自己肯定感をいかに育むか、その一点を目標に、世界の英知を集めて作られたのが、子どもの権利条約です。
私が子どもの権利条約をはじめて知った時、自分が、さまざまな傷ついた子どもたちを診療する中で、大切だと思っていたことすべてが、この条約に書かれてあったと知った時の驚きと感動は今も忘れることができません。
子どもの権利条約は、子どもに主に4つの権利を保障しています。「元気に生きる権利」「自分らしく育つ権利」「安心が守られる権利」そして「参加する権利」です。
「子どもの権利条約の精神を子ども施策に生かしてほしい」と、地域の行政の会議で発言すると、よく、「児童憲章でいいじゃないか」「青少年健全育成条例があるじゃないか」と言われます。
しかし児童憲章は、条文がすべて「子どもは○○される」と受け身の形で書かれているように、子どもを保護の対象として見ています。
健全育成の根本にあるのは、「子どもは放っておくと何をしでかすか分からないからしっかり規範意識を植えつけなければならない」という考え方です。
いずれも根底にあるのは、子どもへの不信感です。これでは子どもの自己肯定感は十分育つことができません。
子どもを権利の主体としてみなし、参加の権利を保障し、これからの社会をともに作っていくパートナーと考える、子どもの権利条約でなければならない理由がここにあります。
◆ 今こそ、子ども支援の根本には子どもの権利条約を
私が代表を務める「親と子のリレーションシップほくりく」という、北陸三県の子どもに関わる団体のゆるやかなネットワークがありますが、そこで共通の基盤にしているのは、子どもの権利条約です。
平成26年6月、発刊された「何が非行に追い立て、何が立ち直る力となるか」(NPO法人非行克服支援センター刊)という本には、結論として、「非行に走った子どもたちに共通することは、幼い時期から思春期・青年期の成長期を通して、個人の尊厳を蹂躙されたり、暖かい配慮を受けてこなかったために、自己肯定感を育てられなかった」ことであると書かれています。
そしてその対策として、子どもの権利条約に書かれた、子どもの意見表明権(子どもは、自分に関わるすべてについて自由に意見を表明する権利を有する)が尊重され、「子どもの最善の利益」が、学校・家庭・地域のあらゆる場所で考慮される必要があること、さらに子どもの育つ家庭もさまざまな困難を抱えており、家庭もまた支援を受ける必要があることが書かれています。
これからの子ども支援の根本には、必ず子どもの権利条約がなければならないし、子どもの権利条約を知らずして、教育や子育てを語ることがあってはならないと私は思います。
一人でも多くの子どもたちが、この精神のもとで健やかに育つ日が来ることを願ってやみません。(あけはしだいじ)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース』98号(2014.10)
パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2