毎日新聞 2013年11月09日 東京朝刊

特集:福島原発4号機の核燃料 リスク高い回収作業

 東京電力福島第1原発4号機の使用済み核燃料プールから 核燃料(燃料集合体)を回収する作業が近く始まる。2011年末から始まった福島第1原発の廃炉作業の新たなステップとなるが、廃炉作業の障壁となっている汚染水問題は解決の見通しが立っていない。また1〜3号機の溶融燃料についても、将来の回収開始までには数多くの技術開発が課題だ。今後30〜40年に及ぶ廃炉作業で、東電が人、物、金を継続的に投入できるのかが問われそうだ。【鳥井真平、中西拓司】
 ◆1 手順

 ◇完了は来年末 1533体をクレーンで

 4号機の使用済み核燃料プールには、福島第1原発の全号機の中で最も多い1533体の燃料を収容する。燃料取り出しは4号機の廃炉に向け最も重要な作業の一つだが、課題も多い。
 「取り出しは極めてリスクが高い。慎重に注意してやってほしい」。原子力規制委員会の田中俊一委員長は10月28日の東電の広瀬直己社長との非公開の面談で伝えた。燃料を移す過程で落下して破損すれば、大量の放射性物質が再び飛散するからだ。
 2011年3月11日に発生した東日本大震災の時、4号機は定期検査中で、1533体の燃料は全てプールで保管されていた。3号機から水素が流れ込み、震災から4日後に水素爆発が発生。原子炉建屋は吹き飛び、プールに大量のがれきが入った。東電は今年10月28日までに、がれきの撤去やプール底部の補強、建屋カバーの設置などを完了し、燃料の搬出に備えた。
 搬出の工程はこうだ。作業員がクレーンを操作しプール内で円筒形の輸送容器「キャスク」(91トン、長さ5・5メートル、直径2・1メートル)に燃料集合体(全長約4・5メートル)を収納する。この間の作業員の被ばくは1日当たり0・8ミリシーベルトと見積もられている。その後、水中からキャスクをつり上げてトラックに載せ約100メートル離れた燃料保管施設「共用プール」に搬入する。キャスクには、放射線の外部漏れや核分裂が連続する「臨界」を防ぐ機能がある。
 
 共用プールに運び込まれた後、キャスクから出し、燃料の核分裂時に生じる「崩壊熱」で損傷しないよう再び水中で冷却する。共用プールはほぼ満杯なので、今年6月からすでに冷えていた別の使用済み核燃料をキャスクに入れ、数百メートル離れたコンクリート製の「仮保管設備」に移し始めている。昼間に3、4日かけてキャスク1基当たり燃料22体を収納し、14年末までに全ての燃料を運び出す。夜間には使用済み核燃料プール内に残る小さながれきを撤去する。
 懸念されるのは、地震と事故だ。東電は「建屋は大震災級の揺れに耐えられる」と評価した。キャスク1基が落下して破損すると、原発の敷地境界に1年間いた人は5・3マイクロシーベルト(1マイクロは1000分の1ミリ)被ばくすると試算し、「周辺に著しい被ばくリスクを与えない」と説明している。東電は、トラブルの発生低減に向け、移動中に異常な重さを検知した場合にクレーンを自動停止させる機器や、燃料の破損の有無を目視で確認するための水中カメラなどを設置した。
 大きなトラブルが発生した場合、現地対策拠点「オフサイトセンター」から、帰還困難区域に一時立ち入りしている住民には携帯しているトランシーバーで連絡する。
 ◆2 予定

 ◇難度高い1〜3号機 最難関は溶融燃料

 今後の廃炉作業の最大の難関となるのは1〜3号機の溶融燃料の取り出しだ。4号機使用済み核燃料プール内の核燃料は溶融を免れたため比較的回収しやすく、今後30〜40年に及ぶ廃炉工程全体でみれば、ほんの入り口でしかない。
 1〜4号機の廃炉工程表は、使用済み核燃料プール内の燃料取り出し開始までの期間に当たる「第1期」▽1〜3号機の溶融燃料の回収が開始されるまでの「第2期」▽溶融燃料の取り出しを終え、原子炉建屋を解体する「第3期」の3段階で構成。政府と東電は、今回プール内の燃料回収に着手することで「第2期」に入ると位置付けている。
 1〜3号機の原子炉圧力容器内には計1496体、1〜4号機の使用済み核燃料プール内には計3106体の核燃料がある。「第2期」では、来年末までに4号機プールの1533体を回収し、早ければ15年には3号機、17年には1、2号機の各プールでも取り出す。「4号機プールの経験を蓄積し、計画の前倒しを目指すべきだ」。元日本原子力学会長の田中知(さとる)・東京大教授は指摘する。
 
 難航が予想されるのは圧力容器内にある溶融燃料の回収だ。1〜3号機は核燃料の一部が格納容器の底部に溶け落ちているとみられる。その場所や形状は把握されておらず、取り出しには高度な技術が求められる。
 まず「第2期」中に、水素爆発で損傷した原子炉を修復し、全体を水で満たす「冠水(水棺)」を実施したうえで、早ければ20年から最初の号機で回収に着手する。ちょうど東京五輪が開催される年に当たる。
 「冠水」は水で放射線を遮蔽(しゃへい)して作業エリアを確保するためで、米スリーマイルアイランド原発事故(1979年)でも同じ方法が採用された。しかし、2号機原子炉内では最大毎時70シーベルトが検出されている。一瞬で全身に浴びてしまえば死に至るほどだ。作業員が立ち入るためには大規模な除染が前提になる。
 核燃料は1体当たり約300キロ。そのうちウランは約170キロ含まれており、原子炉内だけでも単純計算で254トン(ドラム缶換算で約1270本)の高レベル放射性廃棄物を回収しなければならない。これだけ大量の「核のごみ」を原発から回収した事例は世界でもない。
 「第3期」に入る20年ごろからは、全溶融燃料を回収するとともに、建屋の解体作業に入る。終了は51年ごろの想定だ。しかし、汚染水問題は解決のめどが立っていないうえ、政府が廃炉を求めている5、6号機(冷温停止中)の処理も加わればさらに期間は延長する可能性がある。
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 ◇作業員の士気回復急務

 東電は4号機の使用済み核燃料プールからの燃料の取り出しとともに、汚染水への対処も継続しなければならない。汚染水の管理では人為ミスが相次ぎ、作業員の「士気の低下」が課題の一つとして浮かんだ。東電はミスが許されない作業に臨むが、複数のリスクに同時に対処できるかが焦点になる。
 汚染水は壊れた原子炉建屋に地下水が1日400トン流れ込み、溶けた核燃料に触れて汚染され増加している。今年4月には、地上タンクと並ぶ主要な貯蔵場所だった地下貯水槽(7基で計5万8000トン)で汚染水漏れが発覚。7月には2号機東側の護岸から汚染地下水が海へ流出していることが分かった。量は推定1日300トン。8月には貯蔵タンクから高濃度汚染水約300トンが漏れ、港湾外の海へ流出した。
 
 10月になると人為ミスによるトラブルが相次いだ。汚染水の移送ホースの設置ミスで汚染水約5トンの漏れ(1日)▽傾斜地に設置した貯蔵タンクに水を入れすぎて汚染水約0・43トンの漏れ(2日)▽淡水化装置の配管の交換ミスで水しぶきを浴びた作業員6人が被ばく(9日)−−と連続した。汚染水処理の切り札となる、試運転中の多核種除去装置「ALPS(アルプス)」もミスが原因で停止を繰り返している。
 こうした人為ミスは、燃料を取り出す作業でも懸念される。原子力規制委員会の田中俊一委員長は「現場の士気がかなり落ちており、不注意によるトラブルを起こす原因になっている」と指摘。東電は「現状の問題・悩み」として「作業員の執務環境・処遇とモチベーション」などを挙げている。
 福島第1原発の小野明所長は「我々現場の人間が決められたことをきちっとやっていくことが信頼につながる」と話す。ただし、クレーンは手動操作で、プール内の核燃料を目視で確認して作業を進めるため、技術力だけでなく集中力も要する。東電の相沢善吾副社長は10月28日の汚染水・タンク対策本部の記者会見で「(作業員の)士気向上が今後の廃炉推進に向けた最も大事なファクター(要素)だと思っている」と述べ、作業環境の改善を実現することを強調した。
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 ■ことば

 ◇福島第1原発事故

 国際事故評価尺度で、チェルノブイリ原発事故(1986年)と並ぶ「レベル7」とされた最悪の原発事故。運転中の1〜3号機は、東日本大震災で停止したが、津波で全交流電源を失い炉心が冷却不能になった。1号機は2011年3月12日、3号機は14日、4号機は15日に水素爆発した。4〜6号機は定期検査のため運転停止中だったが、4号機は3号機から水素が流入しプール付近で爆発した。政府は同年12月、1〜3号機を「冷温停止状態」とした。