《第4回「日の丸・君が代」問題等全国学習・交流集会から》
◆ 「おかしいこと」には黙っていないで一人でも闘うことで仲間ができる!!
◆ 「おかしいこと」には黙っていないで一人でも闘うことで仲間ができる!!
「日の丸・君が代」の強制に反対する阪神連絡会 共同代表 石川 豊子
1999年の「国旗・国歌」法成立に伴い『戦争は教室から始まる』(北村小夜著現代書館)危機感を一層募らせた私たちは「日の丸・君が代」の強制に反対する阪神連絡会を西宮、宝塚、伊丹の教育労働者や部落解放運動や市民運動をしている人たちと立ち上げ14年になりました。
『日の丸・君が代の戦後史』(田中伸尚著)の読書会から始め、勤務校や地域の情報交換をしていたのがついこの間のようです。当時は職員会議でも「日の丸・君が代」反対の意見が大半を占め、活発な論議がなされていました。ところが今ではその「反対」の声すら挙げにくく、言うと白い目で見られ、周りを意識して言うようになっています。恐ろしい時代になったと思います。このような厳しい現実の中で「戦争はいやや!戦争はあかん!」と言い続けていると、一人ぼっちだと思っていたのに、仲間があちこちに現れて心強く嬉しく思えることがあります。
私は市立特別支援学校の介助員として16年間働いています。現在は再任用3年目です。「君が代」導入の時、「組合宣言」をして不起立をしてきました。
今年度は市の「日の丸」条例に後押しされて、入学式でも卒業式でもない体育祭にまで「日の丸・君が代」を入れようとしてきました。驚くと共に怒りがこみ上げ、予行練習の日の朝に「反対します!」とのビラを撒きました。
すると「日の丸」は開会式前から会場の体育館の壇上にありましたが、「君が代」はありませんでした。私のビラを見た教員から声をかけられ、「反対!」と思っていても言えない職場の人と繋がっていく機会が出来てよかったと思いました。黙っていたら「君が代」も流されるところをなんとか阻止できました。
地域の学校に通えず離れた特別支援学校に通っている子どもたちにとって「日の丸・君が代」とは、そしてその強制する反教育的意味を障害者権利条約や「インクルーシブ教育」推進に基づき改めて根本的に考えなくてはと思います。
ところで、私は職場で孤立していると思っていましたが、自分の意見を表明し行動することで声をかけてくれるなどの仲間が出来ていくことが実感出来、一緒に職場で闘っていこうと思えました。不起立で闘っている田中聡史さんたち東京の仲間や奥野さんたち大阪の仲間、全国の仲間の闘いに励まされて「一人」でも闘う厳しさを感じながらも闘うことによって職場での仲間ができていくんだと嬉しく思いました。
今年度の教員の人事異動は特別多く、十数人にもなりました。このような大異動を子どもたちはどう感じたことでしょう。更に、その中には退職勧奨が本人の意に反して強行されるということもありました。物言えぬ職場になり、5月1日のメーデーの日に遠足があり参加できませんでした。毎日が忙しくて休むこともできません。
私は一年ごとの契約の嘱託なので労働者としての権利を守るためにも地域の合同労組に入り、賃金や待遇について定期的に団体交渉をしています。少しずつですが改善してきました。宿泊を伴う行事に学校で日常関わっている介助員が参加しないのはおかしいと参加出来るように要求し、今は参加できるようになりました。
また、今年の夏期一時金は5000円UPしました。私は大喜びです。
一方、有給休暇の取り扱いに不適切なことがあったので指摘をすると、不当にも団交を拒否され、現在抗議中です。
また、「同性介助」が当たり前になっていなくて、25人の介助員の内、男性介助員はたった2人しかいません。「同性介助」は特に思春期の子どもたちにとって大切なことなので、増やすように要求しましたが反対されました。
しかし、トイレでの「異性介助」の子どもたちの様子を見るにつけ、子どもの成長を思うと放置することが出来ず、周りは問題視していない中、孤立してしまいましたが「同性介助」の要求を言い続けました。そうすると私の言っていることに共感してくれる人も出てきて、共闘する人が少しずつ増えてきました。物言えぬ職場が少しずつ働きやすくなってきました。このことは子どもたちにとってもいいことだと思います。
一人でなく労働組合として職場の労働条件・環境改善の要求に取り組んできたからです。
福島の子どもたちとの「保養キャンプ」も3・11の翌年春から始め、この夏で4回目を終えました。
私はスタッフとして全部参加してきました。福島と広島、長崎を結びつけて原発をなくす方向で関わってきています。
反戦の取り組みを「君が代」不起立することと共に、更に広めていくために色々出かけて行って人と出会い共感し共に闘う仲間を増やしていっています。この集会もそうです。
今回の「保養キャンプ」に参加した4才の男の子が「お家のお米は放射能で食べられないの。原発に反対しているの」と話してくれました。このように4才の子どもたちも心を痛めて、このキャンプに参加しています。「私は将来お医者さんになるの」と語ってくれる女の子もいます。
福島原発事故は未だ収束しておらず、汚染は拡がり続けています。事故の内容も未だ明らかにされぬ中、原発の再稼働や輸出すら企まれています。その上、憲法まで破壊しようとしています。「命よりカネ」のブラック企業そのものです。子どもたちを守り、命を守るために今後も職場、地域で闘っていきます。そのためにも、いろいろな矛盾に対して、しっかり正しく反論し、信念を持って生きていきたいです。
硬山を仰ぐときやはり坑夫らの歴史は坑夫が変えねばと思ふ
山本詞(1930~1962 坑内炭車にて轢死)
パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2