元 外務官僚・駐米大使
1965年(昭和40年)に外務省入省。加藤は入省直後から4回の在米勤務経験
1995年(平成7年)総合外交政策局長、外務審議官(政治担当)
2001年(平成13年)10月、駐米大使。任期は駐米大使としては戦後最長の6年半。
【統一球問題】加藤コミッショナー猛省「大変な失態」も辞任否定
スポーツ報知 6月15日(土)
日本野球機構(NPB)が、今季から統一球を極秘裏に飛びやすく変更していた問題で14日、都内で12球団代表者会議が行われ、加藤良三コミッショナー(71)らが経緯を説明した。コミッショナーは「大変な失態」と認めあらためて謝罪したが、辞任についてはこれまで通り否定した。12球団は真相究明のため第三者委員会を設置し、7月10日のオーナー会議で調査結果を報告する予定。また、球団関係者からも、今回の騒動に責任があったとして反省の言葉が相次いだ。
神妙だった。予定を大幅に超え約2時間半にわたった12球団代表者会議の後、会見に臨んだ加藤コミッショナーは12日の会見とは別人のような表情だった。今回の隠蔽ともとれる行為について「不祥事ではないが、ファン、選手、関係者には迷惑をかけた。そのことについては、大変な失態であったと猛省いたしております」と、自らの責任を全面的に認める形で、謝罪の言葉を口にした。
11日に今回の問題が発覚して以来、NPBには約6000通を超えるメール、約400本にものぼる電話が殺到。「コミッショナー辞めろ」の大合唱が起こった。しかし、辞任は、あくまで否定した。「コミッショナーとしての期待に応え、職務に磨きをかけ、機構を強くするようにしたい」と、来年7月までの任期全うに、強い意欲を示した。ファンの厳しい声については「やはり野球人口は裾野が広い。野球は多くの方に大事なもの」とし、人気スポーツならではの反響と受け止め、まるで人ごと。自分に「コミッショナーの資質があるのか」と質問されたときだけ、「評価に何ら異議を唱えることはない」と、顔を紅潮させた。
近日中に第三者委員会を設置し、事実関係を調査する方針も決まった。今後、顧問弁護士や12球団でメンバーを選定する。「統一球の問題、情報開示の問題、NPBのガバナンス(統治)の問題が検討に含まれる」と、コミッショナーは説明した。調査結果は、7月10日の12球団オーナー会議で報告される予定で、内容次第では再びコミッショナーの任免問題が浮上する可能性がある。だが、パ・リーグの村山理事長(オリックス球団本部長)は「誰が責任を取るかより、世間のみなさんに事実を明らかにするようにしてもらう」と、個々の責任追及には消極的とも取れる発言を繰り返した。
コミッショナーは、ボール改良はあくまで下田事務局長ら一部の独断であり、自身は知らなかったとの主張を貫いたという。調査によって、コミッショナーの関与が発覚する可能性もあるが、との問いには「(今までの発言と)矛盾することは考えていない」と強気な姿勢。「第三者から(職務への適性がないとの)意見が出れば、当然、留意する」と話したコミッショナー。世間を騒がせている責任の重さを感じているのか、終始声は小さかった。
◆加藤 良三(かとう・りょうぞう)1941年9月13日、秋田県出身。71歳。東大法学部卒業後、65年に外務省入省。95年アジア局長。97年に総合外交政策局長、99年に外務審議官などを歴任。2001年10月から6年7か月、駐米大使を務め、08年7月からプロ野球コミッショナーに就任。
◆主なプロ野球関係の外部調査委員会
▽ダイエー・スパイ疑惑(98年) ダイエー(現ソフトバンク)のスパイ行為疑惑が浮上。球団のシロという調査結果が不十分として、パ理事会は元検事総長の筧栄一氏ら3人を委員とする特別調査委を発足。調査の結果、スコアラーによるベンチへの情報通達行為禁止が提案された。
▽高校野球・特待生問題(07年) 西武が裏金をアマ側に渡していた問題で、日本高野連が専大北上(岩手)の奨学制度問題発覚を理由に第三者機関「特待生問題有識者会議」を設立。委員は栗山英樹氏(現日本ハム監督)ら15人。09年度から調査を実施し、11年には各学年5人までとする特待生制度を決定。
◆12日の会見 加藤コミッショナーは都内のNPBで会見を開き、統一球の変更を「昨日(11日)まで全く知らなかった。説明は(下田事務局長から)なかった。知っていたら公表したであろう」と主張。選手、ファンには謝罪したが、責任を問う声には「これは別に不祥事じゃない」と開き直った。一方、下田事務局長は11日に「(変更は)コミッショナーに相談して進めていた」と説明していたが、撤回。「昨日は混乱していた」とし、隠蔽は自らの独断と強調した。
神妙だった。予定を大幅に超え約2時間半にわたった12球団代表者会議の後、会見に臨んだ加藤コミッショナーは12日の会見とは別人のような表情だった。今回の隠蔽ともとれる行為について「不祥事ではないが、ファン、選手、関係者には迷惑をかけた。そのことについては、大変な失態であったと猛省いたしております」と、自らの責任を全面的に認める形で、謝罪の言葉を口にした。
11日に今回の問題が発覚して以来、NPBには約6000通を超えるメール、約400本にものぼる電話が殺到。「コミッショナー辞めろ」の大合唱が起こった。しかし、辞任は、あくまで否定した。「コミッショナーとしての期待に応え、職務に磨きをかけ、機構を強くするようにしたい」と、来年7月までの任期全うに、強い意欲を示した。ファンの厳しい声については「やはり野球人口は裾野が広い。野球は多くの方に大事なもの」とし、人気スポーツならではの反響と受け止め、まるで人ごと。自分に「コミッショナーの資質があるのか」と質問されたときだけ、「評価に何ら異議を唱えることはない」と、顔を紅潮させた。
近日中に第三者委員会を設置し、事実関係を調査する方針も決まった。今後、顧問弁護士や12球団でメンバーを選定する。「統一球の問題、情報開示の問題、NPBのガバナンス(統治)の問題が検討に含まれる」と、コミッショナーは説明した。調査結果は、7月10日の12球団オーナー会議で報告される予定で、内容次第では再びコミッショナーの任免問題が浮上する可能性がある。だが、パ・リーグの村山理事長(オリックス球団本部長)は「誰が責任を取るかより、世間のみなさんに事実を明らかにするようにしてもらう」と、個々の責任追及には消極的とも取れる発言を繰り返した。
コミッショナーは、ボール改良はあくまで下田事務局長ら一部の独断であり、自身は知らなかったとの主張を貫いたという。調査によって、コミッショナーの関与が発覚する可能性もあるが、との問いには「(今までの発言と)矛盾することは考えていない」と強気な姿勢。「第三者から(職務への適性がないとの)意見が出れば、当然、留意する」と話したコミッショナー。世間を騒がせている責任の重さを感じているのか、終始声は小さかった。
◆加藤 良三(かとう・りょうぞう)1941年9月13日、秋田県出身。71歳。東大法学部卒業後、65年に外務省入省。95年アジア局長。97年に総合外交政策局長、99年に外務審議官などを歴任。2001年10月から6年7か月、駐米大使を務め、08年7月からプロ野球コミッショナーに就任。
◆主なプロ野球関係の外部調査委員会
▽ダイエー・スパイ疑惑(98年) ダイエー(現ソフトバンク)のスパイ行為疑惑が浮上。球団のシロという調査結果が不十分として、パ理事会は元検事総長の筧栄一氏ら3人を委員とする特別調査委を発足。調査の結果、スコアラーによるベンチへの情報通達行為禁止が提案された。
▽高校野球・特待生問題(07年) 西武が裏金をアマ側に渡していた問題で、日本高野連が専大北上(岩手)の奨学制度問題発覚を理由に第三者機関「特待生問題有識者会議」を設立。委員は栗山英樹氏(現日本ハム監督)ら15人。09年度から調査を実施し、11年には各学年5人までとする特待生制度を決定。
◆12日の会見 加藤コミッショナーは都内のNPBで会見を開き、統一球の変更を「昨日(11日)まで全く知らなかった。説明は(下田事務局長から)なかった。知っていたら公表したであろう」と主張。選手、ファンには謝罪したが、責任を問う声には「これは別に不祥事じゃない」と開き直った。一方、下田事務局長は11日に「(変更は)コミッショナーに相談して進めていた」と説明していたが、撤回。「昨日は混乱していた」とし、隠蔽は自らの独断と強調した。