テレビはTPPをどう伝えたか No2
2011年秋のニュース番組~
2012年3月 放送を語る会
 
 
(2)          参加することで日本はどう変化するのかを取材、分析しているか
(農漁業への影響など)
TPP参加で心配される国内の影響について、農業・漁業・中小企業などの現場取材が極端に少なく表面的な伝え方に終始し、調査報道は全く不十分だった。
また、当事者の賛否の声はそれなりに伝えていたが、その根拠や理由が十分明らかにされないことが多く、視聴者には心配される問題点が、実感を持って具体的に伝わってこなかった。
量的にも、TPP報道全体の中でこの分野のニュースが圧倒的に少なかったことを併せて指摘しなければならない。
 
ニュース7」
1012日、ユニクロ社長や経団連会長の賛成論と全国農業協同組合中央会(以下、JA全中会)会長や全漁連常務の反対論はあるが、農業や中小企業の現場を取材して、賛否を聞く姿勢が見られず、取材の浅さを感じた。
「ニュースウオッチ9」
1110日、デモ参加の岩手県の酪農家、東京大田区の加工装置製造販売会社社長、新潟県のコメ農家、などの声が紹介されたが、いずれも「なぜ反対か、賛成か」の「理由」の追求がない。
11911日、街頭インタビューでも内容面で声を聞くことが試みられていないため、野田首相の手法への批判が中心で、どこまで行っても「手続き問題」としてしかTPP問題がとらえられていない。
影響を受ける医療、福祉関係の現場、コメ作りの現場などの人々の声を「理由付き」で、きちんと伝える努力をすべきだった。
「報道ステーション」
118日、当事者の談話を紹介。反対の立場からJA全中会会長「日本農業が滅びる」、日本医師会「アメリカ的医療に近づく危険あり。混合診療解禁は国民皆保険を破滅させる」。一方、賛成の立場から経団連会長「日本経済を考えればデメリットよりメリットの方がはるかに大きい」、リコー社長「自由化によって企業は鍛えられ強くなる」、トヨタ自動車「関税撤廃で雇用機会が増える」など。時間の制約もあって賛成・反対の根拠が十分伝わらず、一般の市民にとっては参加の影響を即座に具体的にイメージしにくかったのではないか。
1020日、農産物の高関税(コメ778%、バター360%、小麦250%)を提示、安い農産物流入で食料自給率低下を心配する慎重派、補助金による農業大規模化や若者の農業呼び込み政策を主張する推進派など、この日は両者の理由や根拠を比較的丁寧に紹介していた。
「ニュース23クロス」
連日、他局と比べると国内への影響を比較的多く丁寧に伝えていた。
1012日、医療サービスについて、外国企業の参入で自由競争が激化し、日本の皆保険制度崩壊を危惧する神奈川県の産科医の声、併せて薬価がTPP導入で高騰する可能性も指摘した。
1024日からは延べ8日に亘って、最も影響が心配される安い農産物輸入による農業への打撃について、全農の東京・国会周辺での反対運動を中心に伝えた。しかし、日本農業の将来や食料の安全保障をどうするのかなどの構造的問題については殆ど触れなかった。
1124日、知的財産権に関連して、アメリカでは音楽産業の著作権収入が最大の輸出産業になっている現状を報告し、将来さらなる収益増を期待していることを暗示したリポートも着眼点がよかった。
「ニュースアンサー」
11月11日、医療分野の影響について、TPP参加反対の立場を明確にしている中野剛志氏(京大大学院助教)のVTRインタビュー、病院院長のインタビューを入れ、この日は、米韓FTA交渉の例もあげて国民皆保険の存続危機をきちんと伝えていた。
「スーパーニュース」
この分野のニュースが圧倒的に少なく、しかもTPP肯定・参加を促すスタンスが色濃いまとめ方が多かった
1110日 「エッ・・医療費が高くなる?保険がピンチで火花」、珍しく独自取材で医療現場に踏み込み患者の声をVTRリポート。しかし、結びは医療関係者「日本の医療制度は揺るがない。競争すれば料金が安くなる」、野田首相「公的医療制度を壊してまで進めるつもりない」。スタジオでもコメンテーターが「バランスをとるため紹介する。3年前、日本医療機構世論調査では『混合医療』賛成78.2%」とTPP参加肯定の立場を滲ませて締めくくった。
news every
 やはり交渉参加を促すニュアンスが随所に表れていた。
1026日「今週のお値段~TPP参加で賛否激論、私たちの生活はどう変わるか」、賛成・慎重双方の意見を取り上げてはいたが、推進派の東大教授伊藤元重氏の発言「交渉参加の先送りはわが国の衰退を招く」が印象に残る構成。インサートされたVTRの内容も日本や米国のスーパー、自動車販売店を取材して関税がなくなれば安くなる例を強調、デメリットのきめ細かい取材もほしい内容になっていた。
 
一連の報道の中で、「ニュース23クロス」の、日本の巨大組織・農協についての取り上げ方には違和感があったので触れておきたい。11月3日、キャスターがまず、「TPPに参加すれば農業に壊滅的な影響が出るという農協の主張は農家の声を代表したものか」と疑問を投げかけた。その上で、農産物国際市場に見切りをつけ中国でのコメ生産に切り替えた愛知県の農家、「農協は本気で農業に取り組む人にとっては弊害」という秋田県コメ農家の声を紹介、2人ともTPPに賛成していることを伝えた。保守政治への傾斜を強める全農組織の問題と、TPPが日本農業の今後に与える影響の重大さを混同したような伝え方は、問題の本質から逸れるものではないかという疑念がわいた。
 
(2)          TPPについて米国の主張や戦略はどこまで伝えられているか
ニュース番組という限られた時間枠のなかでは、各局とも一応基本的なことを伝えては
いた。しかしアメリカの政府・議会・シンクタンクなどへの取材でアメリカの戦略的意図を意識的に掘り下げようとする独自の調査報道は一部を除いて少なかった。そのため、TPPがアメリカの参加で協定の性格を大きく変えたことやアメリカのTPP参加のねらいは掘り下げては伝えられなかった。また、重要な内容を伝える場合にもスタジオからの解説者・記者コメントが多く、かつ伝える側の問題意識が希薄なため視聴者にはインパクトが弱い。  
その中で、「ニュース23クロス」が貿易現場で何が起こっているかも交えながらアメリカの意図を的確に伝えた。
 
「ニュース7」
アメリカの場合、事前協議が必要で、米議会がどう動くかが問題だが、その取材がなかった。
「ニュースウオッチ9
限られた放送時間の中では、基本的なところは伝えられていたという印象である。117日の放送では、アメリカの意図について大越キャスターが次のようにコメントしていた。「・・・アメリカ主導のTPPのバスに乗るのか見送るのか、が問われている。中国はASEANプラス中国、韓国、日本、の自由貿易圏を打ち出しており、アメリカは当然警戒感をもつ。アメリカは輸出で経済の建て直しをはかりたい。ブルネイ シンガポール、ニュージーランド、チリの4カ国が結んでいた協定がTPPの原型だが、アメリカはこの4カ国にベトナム、マレーシア、オーストラリア、ペルー を加えてTPPの協定を目指している。」
しかし、アメリカが自国の利益を中心にTPPを考えているとすれば、重大なことである。キャスターコメントだけでなく、もっとアメリカの事情の調査報道に力を入れるべきだといえる。
「スーパーニュース」
118日 「TPP問題で真っ二つ」、スタジオコメンテーター「アメリカは来てほしいでしょう。日本が加わることで効果がずいぶん大きくなるから」とアメリカの意図を解説。
1112日 「野田首相in APEC 日米経済連携の重要性強調」、カーク米通商代表発言「日本はTPPの高い基準をみたすとともに、非関税障壁などアメリカが懸念する問題に具体的に対処しなければならない」を現地記者コメントで伝えた。
1113日 「野田首相、米大統領にTPP交渉参加表明」、オバマ大統領が「すべての参加国はTPPの高い基準に合うよう準備しなければならない」と日本に関税以外の輸入制限撤廃も求めていることをコメントで伝えた。
アメリカ側の声は伝えているが、背後にあるTPP戦略を深く分析した報道はなかった。
「報道ステーション」
119日、三浦朝日新聞論説委員「アメリカが考えるTPPとは、アメリカが得をするようにできている」との一言のみ。どう「得をする」のかは触れられず。
1111日、外交評論家 岡本行夫氏「クリントン国務長官は論文の中で、これからはアジアに全力投球すると言明。ただ、その交渉相手は中国、インドであって日本に触れられていないのが気にかかる」。
1114日、APECでのオバマ大統領発言「米国の長期にわたる経済立て直しを支えるにあたってアジア太平洋ほど最適なところはない」。カーク米通商代表の「牛肉の輸入規制の撤廃」「郵貯・簡保の政府保証の見直し」「自動車市場の規制緩和」の3つの点を事前協議で持ち出すとの言明を伝えた。
「ニュースアンサー」
1111日、アメリカは「日本の農産物、医療での障壁撤廃を求めている」「日本をTPPに呼び込むことで対中国包囲網の強化をねらっている」と伝えた。
TPP交渉がアメリカ主導であることは伝えていたが、日本の参加によってアメリカがどの様な利益を得るのかは触れられていない。
news every
 118日、スタジオの解説主幹が推進派と慎重派の意見を整理。「食品の残留農薬基準の緩和要求に反対できない。食品の安全にかかわる問題が残る。また遺伝子組み換え作物などの表示をなくす要求のおそれ」などアメリカの要求を危惧する慎重派の声もきちんと紹介している。気になったのは「TPP交渉が日米同盟の再構築・中国に対する改革要求につながる」との解説。これでは、アメリカの戦略的意図を肯定し、TPP交渉をアメリカの言いなりに進めることを容認する方向に世論が誘導されないか懸念が残る。
「ニュース23クロス」
1031日、協定参加国のオーストラリアとアメリカの砂糖の輸出入交渉で、2004年締結の米・豪FTAの運用を巡って、アメリカが関税ゼロの原則を一方的に無視し、オーストラリアからの対米輸出の砂糖に、例外項目として関税をかける方針であることを伝えた。
112日、これとは反対に低薬価を維持するオーストラリアの姿勢に対し、薬の特許期間を延長してでも高薬価を維持しようとするアメリカのご都合主義的な姿勢を現地取材で伝えた。
同じく112日、民主党幹部との極秘会談の「これは“ガイアツ”ではない」というルースアメリカ大使発言、ハワイ日米首脳会談のオバマ大統領発言「日本がTPP交渉参加に関心を示したのは喜ばしい」などを紹介、表向きは日本の交渉参加を歓迎しながら、交渉の場では難題を持ち出しかねない巧妙なオバマの戦略にも触れた。
1114日、ハワイから記者リポートで、「翌年に大統領選を控えたオバマがTPPを自国の雇用創出や輸出増大に結びつけて、自分の実績としようとする」魂胆を伝え、「さらなる市場開放を求める米企業トップへの公約もあり、選挙へ向けてオバマが通商圧力を強めるのは間違いない」と的確に指摘した。
 
(続く)