《東京「君が代」1次訴訟 最高裁弁論要旨(3/4)》
 
◎ 第3 本件通達・職務命令及び懲戒処分による教育環境の悪化
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「報告集会」 《撮影:平田 泉》

 1 公務員の懲戒処分は,公務員秩序維持のためになされる制裁である。ここでいう「公務員秩序」とは,一律に,行政機関や上司の命令に一糸の乱れもなく従う,ということを指すものであってはならない。
 公務員はあくまでも国家権力の利益ではなく,国民全体の利益に奉仕する存在である。従って,それぞれの公務職場において求められる国民の利益に資するため,どのような公務員秩序が要求されるのかが考慮されなけばならない。
 公教育において,直接に利益を受けるのは児童・生徒であり,公教育に携わる教職員の「公務員秩序」も,あくまでも児童・生徒の学ぶ権利を中心に据えて考えられなければならない。
 教師の教育活動であれ,教育委員会の指導・命令,懲戒処分であれ,児童・生徒の権利侵害,教育環境の悪化につながることは厳に慎まなければならないことはいうまでもない。
 仮に教職員に対する懲戒処分が*教育環境に悪化をもたらすものであるならば,もはや児童・生徒のための「公務員秩序の維持」という懲戒制度の目的に反しており裁量権の濫用によって違法となると判断されなければならない。


 2 上告人は,本件通達と職務命令について,「学習指導要領に基づき,国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ,それらを尊重する態度を育てる」ためのものであると主張する。すなわち,児童・生徒に対し,「国旗に向かって起立し国歌を斉唱する」ことのみが「正しい認識」であると教え,そのような「正しい態度」を身につけさせることが目的である,というのである。
 国旗・国歌に対する起立斉唱は*「敬意の表明」を含む行為である。日本社会の中では,自らの思想信条等から起立斉唱できない人が一定数存在することはまぎれもない事実であり,生徒の中にも同様に,自分の思想,信仰や民族的ルーツなどから,どうしても起立斉唱したくない,と切実に考え,悩んでいる生徒が少なからず存在する

 自身の卒業式での国歌斉唱には出席せず遅れて会場に入ってきて,卒業証書授与の時にも校長の後ろに国旗があったために礼をできなかった在日の生徒。
 「『君が代』を聞くと苦しくなる」と教師に訴えてきた生徒。
 卒業式の前日に生徒と保護者が校長に会いに来て「明日の卒業式には欠席することにしました。宗教的理由で国歌斉唱時に立つことが出来ません。不起立の生徒がいると担任が処分されるなどということを聞いています。担任に迷惑をかけたくないので家族で相談して決めました。」と伝えてきた例。

 被上告人らの陳述書から明らかになる例だけとっても,国歌斉唱を忌避する生徒が存在していることは枚挙にいとまがない。
 上告人が本件通達と職務命令によって教職員に義務づけたことは,このような生徒に対し,また場合によってはその生徒の思いを育んできた保護者に対して「国旗に対して起立し国歌を斉唱するのが正しい認識で,起立斉唱したくないというあなたの考えは間違っているから,正しい態度を取りなさい」と教えなければならないということである。
 そしてその「お手本」として教師全員が起立斉唱をしなければならず,それをしない教職員は一人の例外もなく,懲戒処分にするということなのである。

 3 上告人は,本件通達の発出とともに,生徒への「内心の自由の説明」ですら禁じている。
 原審の弁論でも紹介した例であるが,被上告人のうちの一人の体験を挙げる。
 2006年の入学式の前に,新入生の中に信仰上の理由で国歌や校歌を歌えない生徒がいる,ということが分かった。以前にも宗教上の理由で生徒がいじめを受けたという報告がされたこともあり,新入生担任団で話し合い,その生徒への配慮のため,入学式の前のホームルームで各担任が生徒に話をしようということになった。
 この教員は,生徒が国旗・国歌のことで不利益を受けることはないということ,自分と異なる考えに対してもお互いに尊重し合うことが大切であること,という趣旨の話をした。
 ところが,この話の内容を捉えられ,後にこの教員を含む5名の担任が,「生徒への不適切な指導」という理由で「指導部長厳重注意」を受けたのである。
 生徒の信仰・思想の多様性に配慮し,生徒同士がお互いの気持ち,お互いの意見を尊重しあうという教育すら許されないというのが,現在の東京の教育現場の実情なのである。

 4 生徒に「正しい認識」を教えるために,教師全員が起立斉唱する。起立できない教職員は一人残らず懲戒処分を受ける。生徒への「内心の自由の説明」すら許されず,また,多数の生徒が起立しない学校の教師は注意や指導等を受ける。
 このような教育現場で,生徒が,「先生は公務員だから命令に従わなければならないけれど,生徒が不起立でも不利益が課されることはないと考え,判断し,自分の意思で行動できるであろうか。生徒達が,自分の頭で考えて自律的に行動することの大切さや,お互いの価値観や信仰を尊重しあうことの大切さを,学ぶことが出来るであろうか。

 本件通達と職務命令,そしてそれに反した教師に対する大量の懲戒処分が,いかに児童・生徒の教育環境に暗い影を落としているか。これらの児童・生徒に対する影響を含め懲戒処分の是非が判断されなければならない。
 このような児童・生徒への悪影響をもたらす処分が,公務員関係の秩序維持の名の下に許されるものでないことは明らかであろう。
 したがって,本件懲戒処分はいずれもその裁量権を逸脱濫用したものであり,原判決の結論は適切妥当な判断であって,上告は棄却されるべきである。

 (代理人 雪竹奈緒)