大阪地裁所長オヤジ狩り事件
国家賠償請求裁判大阪高裁勝利判決確定
大阪地裁所長オヤジ狩り事件
2011年10月28日、大阪高裁第5民事部3係(坂本倫城裁判長)は、大阪地裁所長オヤジ狩り事件5人の原告の請求に対し、地裁判決に続き、再び原告勝訴の判決。
11/11の上告期限までに上告せず勝利判決が確定!
高裁判決は、5人の少年・青年の取調べで暴行・威圧を加えた警察の行為を大阪地裁同様に違法と認め、損害賠償を命じる判決で、11/11の上告期限までに上告せず勝利判決が確定しました。
原告たちが不服として訴えていた検察(国)、児童相談所(大阪市)の責任については改めて免罪しましたが、争点の中心となった捜査や取調べ時点の警察の行為を違法と認めたことは画期的で、今後、取調べの全面可視化をめざすたたかいや、警察や検察の違法行為追及の足がかりとするためにも、判決を確定させようと大阪府警を管轄する大阪府に対し、上告断念を求める電報・FAXを集中していました。
以下 ウィキペディア 転載記事
事件の経過 [編集]
大阪府警察の捜査は難航。補導歴や不登校など問題行動のある少年をしらみつぶしに調べた結果、当時13歳・14歳・16歳の少年3人が犯罪に関与したと断定して補導。厳密には2004年6月14日までに強盗致傷容疑で少年2人を逮捕、事件当時13歳だった少年1人を補導し、14日朝から事情聴取を始めその日のうちに「西成区の二十代の男ら二人におやじ狩りを指示された」「顔見知りの大人二人から指示され、二人も見張り役などで加わっていた。相手が裁判所の所長と知らなかった」などとあっさり口を割っているが(読売新聞より引用)、これが事実なら以降のニュースと矛盾する点ではある。そしてその後そのうちの1人(事件当時13歳の少年)が、「初めは、やっていないと言ったけど、言っても言っても聞いてくれなくて、脅されたりして……」と後に語るように(外部リンク参照)、刑事2人により3ヶ月間、長時間の取り調べを受け、早く帰りたい一心で顔見知りの2人の成人男性の名前を言って、自分たちが犯行をやったと自供する(ただし、読売新聞の記事通りであれば2004年6月14日の時点で最初から自供している筈)。
警察は少年らの供述から2人の成人男性を逮捕、少年3人の中で最年少だった13歳を児童自立支援施設に送致、残る2人の少年を大阪家庭裁判所へ送致。成人男性らの逮捕から4ヵ月後、大阪府警は担当刑事を本部長表彰。だが成人男性2人は警察署でも拘置所でも一貫して無罪を主張(拘置所では重要人物襲撃による重大事件の加害者として独居房に置かれた)。
やがて成人2人の弁護団が、犯人の写っている防犯カメラのビデオ映像を警察が押収していたが、科学鑑定を行っていなかった事実を突き止める。専門家に映像分析を依頼した結果、警察が成人男性の片方だと判断した映像内の男性と、本人の身長差が15センチ以上もあることが判明。そして鳥越に体当たりしたと警察に犯行を自供した当時13歳の少年が、犯行発生時に現場から遠く離れた自宅付近で携帯電話でメールのやりとりをしていたことが発覚。警察が防犯カメラの画像分析も、少年の携帯電話もチェックしておらず、警察が見込み捜査のみで供述の裏付け、アリバイつぶしも行っていなかったことが判明。
2005年2月、大阪地裁は強盗致傷の罪に問われている被告人2人を、全面否認のまま保釈するという異例の決定を行う。
2010年現在、事件の真犯人は捕まっていない。
裁判 [編集]
- 2人の成人男性は8年の懲役を求刑されたが、2006年3月20日、一審で無罪判決、2008年4月17日、二審も無罪判決がでて、無罪判決が確定。
- 当時13歳の少年は、大阪府警が児童相談所に通報して児童自立支援施設に入所。現在、施設から出所して、警察に自白を強要されたと訴え、民事訴訟にて提訴中。
- 当時14歳の少年は、2006年3月に大阪家裁より中等少年院送致の保護処分が決定。その後、少年側の抗告により、2007年5月、大阪高裁で第1回抗告審が行われ、差し戻し決定。同年12月、大阪家裁は不処分と決定。今度は検察側の抗告により、大阪高裁で第2回抗告審が行われ、2008年3月、差し戻し決定がだされ、少年側の再抗告により、7月、最高裁で大阪高裁の差し戻し決定が取消され、少年の不処分が確定。
- 当時16歳の少年は、2004年7月に大阪家裁より中等少年院送致と決定、2005年11月、少年院に入院中、少年院送致処分の取り消しを申し立てを行う。2006年2月、少年院を退院。2008年2月、大阪家裁より処分取り消しが決定。検察側がこの決定を不服として大阪高裁に抗告受理申立てをおこなったが、同年9月17日、大阪高裁は抗告を棄却する決定を行った(成人の再審無罪判決に相当する家裁の保護処分取消・不処分決定が確定)。これにより、少年審判・刑事手続に付されていた4人については全員無罪判決・非行事実なし不処分決定が確定した。
- 無罪判決が確定した男性ら5人が国などに賠償を求めた民事訴訟で、当時取り調べなどを担当した大阪府警の警察官らが「今でもクロだと思う」「無実じゃないでしょうしね」「裁判はたまたま無罪になっているだけ」「犯人の仲間だと思っている」などと証言、男性らの支援者や識者から「冤罪事件で苦しんだ人をさらに苦しめる発言だ」と批判された[1]。2011年1月20日、大阪地方裁判所は一定の暴行が認められ、取り調べは違法と認定し、5人全員に総額約1500万円の支払いを命じた。